最高性能の「単分子磁石」

今回は磁石の話です。鉄のくぎは磁石にくっつきますよね。どうしてくっつくかというと、磁石のそばでは磁場が発生していて、鉄に磁場がかかると鉄が「磁化」され、鉄くぎ自身が磁石としてふるまうからです。このような材料は「強磁性体」と呼ばれます。強磁性体、例えば鉄では鉄の原子1つ1つが小さな磁石としてふるまいます。それぞれの磁石の強さはきわめて弱く、それぞれは弱い力しか発生しません。しかし、鉄のかたまりに磁場がかかると、鉄の原子の小さな磁石同士が同じ向きに磁化されることで全体として強く磁化され、大きな力で引かれるようになるのです。つまり、通常は多くの原子やイオンが相互に作用し合うことで初めて石としての性質が表れるのです。

図1 磁石として振る舞う強磁性体。
(左図)磁場がかかっていないときは、強磁性体の中の各原子の磁気の向きはばらばらだが、(中図)磁場中では各原子の磁気の向きがそろうことで磁石として振る舞うようになる。(右図)その後は磁場をなくしても磁気の向きがそろったままで磁化が残る。

 強磁性体でなくても磁場中で磁化される材料はあります。そのようなものは磁場中で磁化され、磁石に引かれます。しかし磁場中から外に出すと、磁化はなくなり、磁石としての性質はなくなります。しかし強磁性体は、強い磁場中に置いたあと、磁場から出しても磁化が残ります。つまり磁石になるのです。言い換えると磁石となる物質とは、周りの磁場がなくなっても磁化が残るものということになります(図1)。
近年単分子磁石と言って、分子一つでも磁石としてふるまう、つまり磁場中で磁化され、磁場がなくなっても磁化が残る物質の研究が行われています。本来強磁性体は、先の説明のように、構成する原子やイオンが多数相互作用することによって磁石としての性質を発揮するものなので、単分子では磁石になるはずがありません。しかし、全く違う仕組みによって、磁化が長時間残るような分子があり、それを単分子磁石と呼んでいます[1]。最初に発見された単分子磁石はマンガンの化合物で、その後希土類の化合物が精力的に研究されています。なお現状では、すべての単分子磁石は、残念ながら極低温でしか磁石としての性質は示しません。ごく最近[2]、単分子磁石として画期的な性能を持つものが発見されました。これはディスプロシウム(Dy)と呼ばれる元素を含む化合物で図2のような構造をしています。ディスプロシウムはEV等のモーター用磁性材料に欠かせない元素です。テルビウム(Tb)やガドリニウム(Gd)と呼ばれる元素[3]をディスプロシウムの代わりに使っても同じ構造の化合物ができるとのことです。

図2 ディスプロシウム(Dy)を含む新しい単分子磁石の分子構造(水素原子は省略してある)。5角形をしたシクロペンタジエニル基という有機物の部分が含まれていることが構造の特徴である。動画でも、緑色がディスプロシウム、紫がヨウ素、黒が炭素原子を表している。

 今回発見された化合物は磁場をかけると磁化され、磁場を取り除いても磁化が続くこと、また磁化を取り除くためにきわめて強い逆向きの磁場を掛けても磁化が消えないという、磁石としてきわめて性能が高いことが分かりました。しかも60K程度という比較的高温でこの性質を示し、その温度で数十分磁化を保持するということも判明しました。これは単分子磁石としては画期的な性能とのことで、米国化学会の機関誌[4]でも大きく取り上げられました。
この化合物の特徴は希土類原子の価数にあります。希土類元素はいずれも通常+3の価数を持ちます。しかし、この化合物中では希土類元素2つで+5の価数を持っているのです。つまり片方が+3、もう片方が+2の価数を持っていると考えることができます。この変わった価数を持つおかげで2つの希土類原子間には引力が働き、それがこの磁石の特性に深く関わっていることも示されました。
単分子磁石1つ1つの磁化の向きを制御することができれば、現在の記憶素子の密度を飛躍的に向上させることができるとして、多くの研究者が新たな材料を探しています。実用となるには、常温での磁化の保持が望ましく、そのような材料が見つかるにはまだまだ時間がかかるでしょうが、今回の研究はその研究で大きな1歩となるものです。楽しみですね。ではまた次回。

 

[1] 西条純一ホームページ内「単分子磁石」https://www.molecularscience.jp/research/index.html 2022年3月1日閲覧
[2] C. A. Gould, K. R. McClain, D. Reta, J. G. C. Kragskow, D. A. Marchiori, E. Lachman, E.-S. Choi, J. G. Analytis, R. D. Britt, N. F. Chilton, B. G. Harvey and J. R. Long, Science, 2022, 375, 198-202. 10.1126/science.abl5470.
[3] テルビウムは発光材料等に、またガドリニウムは病院で使われるMRI診断の際に造影剤として用いられる元素である。
[4] M. Peplow, Chem. Eng. News, 2022 Jan. 13. https://cen.acs.org/physical-chemistry/Record-breaking-molecular-magnet/100/web/2022/01

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。