非常に高い融点をもつ金属モリブデン

元素記号Mo、原子番号42の遷移元素、モリブデン。モリブデンは約2600℃の高い融点を持ち、機械的強度や剛性に優れる金属元素である。スウェーデンの薬学者シェーレ(Karl Scheele)によって1778年に発見されたとされる。

モリブデンは現在、ステンレス鋼(SUS316)、建設用鋼材、特殊合金の材料(添加剤)としての需要が最も多く、身近な包丁や医療用メスにもモリブデン鋼が使用されている。モリブデンを鋼に添加すると強度を増すだけでなく、剛性、電気伝導度、熱伝導率、高温での展性や延性が向上することが知られている。合金の成分としてはステンレスの他、ハステロイ合金にもモリブデンは多く添加されている。ハステロイ合金は航空機のジェットエンジンの燃焼室や超臨界水反応装置など耐熱性が求められるものに利用されている。モリブデンは照明器具、石油精製あるいは石油化学用の触媒、金属ターゲットとしても利用されている。二硫化モリブデンMoS2は黒鉛と同じような層状の構造を持ち、摩擦係数が低いことから、減摩材として工業用の潤滑油やエンジンオイルの添加剤に用いられている。

 

輝水鉛鉱MoS2(Molybdenite)、オーストラリアディンブラ産         写真提供:鉱物たちの庭HP管理人 https://lapisps.sakura.ne.jp/index.html

 

モリブデン鉛鉱PbMoO4 アメリカアリゾナ産
写真提供:鉱物たちの庭HP管理人 https://lapisps.sakura.ne.jp/index.html

 

代表的な天然のモリブデンの鉱物は輝水鉛鉱(主成分はMoS2)であり、銅鉱床の副産物として産出されることが多い。日本ではかつて輝水鉛鉱を含む石英脈鉱床が島根県や岐阜県にあったが、現在は全て休山状態で採掘されていない。主に焼成鉱(MoO3)を海外より輸入して各種モリブデン製品が作られている。

また、モリブデンは人体にとって必須元素であり、尿酸の生成や造血作用などに関わっている。

 

 

実験1 リンモリブデン酸液を使った薄層クロマトグラフィー(TLC)

 

複数の物質が溶液中に混じっている場合、その混合物をそれぞれの物質に分離する方法のひとつにクロマトグラフィーがある。液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどの大がかりな分析をする前に、予備的に短時間にシンプルに行えるのが薄層クロマトグラフィー(Thin Layer Chromatography, 略してTLC)である。例えば合成反応の途中で、反応進行度や副生成物の割合などをチェックするのに、経時的に迅速に実施できるので、大変便利な手法である。薄層クロマトグラフィー用の固定相がすでに塗布されたガラス板(TLC板)が市販されているので簡単に入手できる。

図 薄層クロマトグラフィー(TLC)の原理

 

まずはTLC板を適切な大きさにダイヤモンドカッターでカットする。鉛筆で固定相の下にスタートラインを引いておいてもよい。調べたい溶液を細いガラスのストロー状のもの(キャピラリーガラスという)で吸い上げておき、スタートラインに塗り付ける(これをスポットという)。そのスポットした部分の溶液が乾燥してから、図のようにガラス容器に入った展開液(ヘキサン―酢酸エチルなど)にTLC板を浸す。固定相が展開液を吸い上げるため、TLC板の上を展開液が上昇していく。同時にスポットされた混合物中の各物質も上昇するが、展開液と固定相の親和性の違いに従ってばらばらに上昇していく。この上昇する高さの割合から、成分の種類を見分けられ、各成分の示す丸の大きさから、どの成分がたくさん存在するかを大雑把に見分けることができる。

ただし各成分に色がついていない限り、いくら成分が違う高さに分離したといっても、目視では見わけられないことが多い。多くの場合は展開後に検出液に浸してその変化から各物質の上昇した軌跡を見ることができる。紫外線を当てて検出することができる化合物は芳香環などの共役化合物だけであり、その他の化合物は基本的に検出薬に頼ることになる。リンモリブデン酸はTLCの万能検出試薬と言われ、多様な有機化合物を検出することができる。特に水酸基を有する化合物は強く検出される。その他の検出試薬には、バニリン、アニスアルデヒド、ヨウ素などがある。リンモリブデン酸溶液は、リンモリブデン酸(モリブド(IV)りん酸)12MoO3・H3PO4 粉末5gに対してエタノール100 mLの割合でよく混合して溶液にして調整できる。使い方は、TLC板にサンプルをスポットして展開溶媒で展開したあと、リンモリブデン酸液に浸し、軽くキムワイプ等で余分な液を拭き取り、ホットプレートまたはヒートガンで加熱すると写真のように物質が下から上に上昇した軌跡を見ることができる。リンモリブデン酸は強い酸化剤であるため、ヒートガンなどで有機物が加熱によって酸化されると同時に、リンモリブデン酸が還元されてモリブデンブルー(青色)になり、有機物の上昇の軌跡を見ることができる。スポット部以外(背景)では有機物が無いのでリンモリブデン酸のまま黄色い色が残る。

モリブデンブルー法によって食品中のリンを定量する方法についてはリンの実験の記事を参考にされたい。

 

写真:TLC板に展開された有機物をリンモリブデン酸液で検出した様子

L26 による、 TLC detected by PMA(リンモリブデン酸によりスポットが検出されたTLCプレート)、 ライセンスはCC BY-SA 4.0

 

 

実験2 モリブデンに関するその他の実験

 

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(以下「KEK」)は、平成22年に超伝導加速器を用いることで、ラジオアイソトープの一つであるモリブデン99の製造に国内で初めて成功した。モリブデン99は、医療用放射性同位体テクネチウム99の原料となる。テクネチウム99は、がんや脳、心筋、その他の疾患に関して非破壊イメージング画像診断(シンチグラム)や機能研究に用いられている。実際にモリブデン99は、カナダやヨーロッパにおける少数の原子炉で高濃縮ウランから製造されてきたが、原子炉の老朽化など供給不足への対応が世界規模で課題となっている。

また、モリブデン合金がいくら強靭であってもウォータージェットにはかなわないこの技術によってモリブデン合金を簡単に切削することができる。ウォータージェットとは専用の高圧ポンプで数百MPaまで加圧した水を小さな径のノズルから噴射して、その水流で切断や切削する加工技術である。材料の加工部分に熱が加わらないので、熱に弱い物質でも加工できる。次の動画では、モリブデン合金(ハステロイ)が切断されていく事例が紹介されている。

 

動画提供ご協力:佳秀工業株式会社 HP:https://kasyu-kogyo.com/

 

 

参考文献

タングステン・モリブデン工業会のHP
http://www.jtmia.com/

 

松本和子・酒井健、「モリブデン・ブルーの発色とリン定量への応用(化学への招待) 」化学と教育、35 巻 (1987) 5 号p. 420-423

 

石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、鉱物資源マテリアルフロー 2019 17.モリブデン(Mo)
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2020/05/material_flow2019_Mo.pdf

 

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)ニュースルーム、超伝導加速器による医療用RI製造実験開始 -モリブデン99の国内供給体制の確立を目指して-https://www.kek.jp/ja/newsroom/2019/10/18/1400/

 

佳秀工業株式会社のホームページ https://kasyu-kogyo.com/2019/05/29/molybdenum/

素材を選ばないウォータージェット 切れないものはあるのか

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。