イットリウム(Y)-イッテルビーの採石場から発見された元素

スウェーデンの小村イッテルビー(Ytterby)は,ガドリン石(Gadolinite)が発見されたことで知られます。ガドリン石から分離された元素は,イッテルビーの地名に因んで名付けられたイットリウム(39Y),テルビウム(65Tb),エルビウム(68Er),イッテルビウム(70Yb)のほかに,ガドリニウム(64Gd),ホルミウム(67Ho),ツリウム(69Tm)があります。今回は,稀土類元素発見の端緒となったイットリウムをご紹介します。

イッテルビーという北欧の村

スウェーデン南部のバルト海に散在するストックホルム群島には,大小2万を超える島々があります。スウェーデンの首都の市域はストックホルム群島の複数の島に広がっています。その名前はストック(丸太)とホルム(小島)が由来とされ,〝丸太の小島〟という意味で,周りを海と湖に囲まれているので,昔は島に丸太を積んで敵の攻撃を防いだと伝えられます。
イッテルビー村は,ストックホルム群島の中のヴァクスホルム(Vaxholm)島から3㎞ほど北にあるレサルエー(Resarö)島にあります。ヴァクスホルム島付近は19世紀までストックホルム市街を防衛する軍事拠点でもありました。

イッテルビーという地名のyttreイトレはスウェーデン語で「外の」の意味で,英語のoutと語源を同じくするとも考えられています。また,バイキングが住んだ地方には -byビーが付いた地名があり,byは「村落,住む所」の意味です。例えばイギリスのダービー(Derby)は〝鹿(deer)が住む所〟の意味,ラグビー(Rugby)は〝ライ麦(rye)の村〟の意味とされます。(他説もあります)
イッテルビーは〝町外れの村〟というありふれた意味で,日本でも,例えば中村は地域の中心を表す地名で各地にあるように,イッテルビーという地名はスウェーデン国内に複数あります。

 

 

 

イッテルビー駅
出典: Jensensによる”Ytterby train station, Kungälv, Sweden.”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

イットリウムの発見に関わった二人の化学者

イッテルビーには18世紀後半に採石場が開かれました。ここではペグマタイト層から石英,黒雲母のほかに灰白色のそう長石(Albite,ナトリウム長石),赤色の微斜びしゃ長石(Microcline,カリウム長石)を産し,陶器原料として使われていました。
事の発端は,スウェーデンの陸軍中尉アレニウス(Carl Axel Arrhenius;1757~1824)が,この採石場で黒色の重い石を発見したことです。この人は,電離説の創唱などで知られるアレニウス(Svante August Arrhenius;1859~1927)とは別人です。
砲兵士官であったC.アレニウスは砲術や火薬の研究を命じられ,化学者のP.イェルムらと交流する中で化学と鉱物学の教育を受け,イッテルビーの採石場に派遣されました。
アレニウスは,この黒くて重い石をイッテルビー石(Ytterbite)と名付け,当時発見されて間もなかったタングステン(74W)が含まれているかもしれないと考えました。そこで1789年,フィンランドの化学者J.ガドリンに分析を依頼しました。(⇒タングステンについてはココをクリック)

 

 

 

 

 

 

C.アレニウスの肖像画(リトグラフ)
出典:”A lithograph portrait of Carl Axel Arrhenius, dressed in uniform.”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

フィンランドは,12世紀半ばにスウェーデン王が北方十字軍の名のもとに同地を征服して以来スウェーデン王国が宗主国で,いわゆるスウェーデン=フィンランドの時代が長く続きましたが,ナポレオン戦争でスウェーデンは敗北し,フィンランドは1809年に建国されました。イットリウムの発見はその時代のことでした。
イッテルビー石の分析を依頼されたガドリンは,1794年に分析結果を,シリカ31%,アルミナ19%,酸化鉄12%,未知土類38%と報告しました。1797年に報告されたA.エーケベリによる追試の結果は,シリカ25%,アルミナ4.5%,酸化鉄18%,新規酸化物47.5%でした。エーケベリは1802年にタンタル(73Ta)を発見したスウェーデンの分析化学者です。両者の分析値が異なるのは,エーケベリがアレニウスから提供された試料に長石が少なかったことによります。

続いてフランス,ドイツの化学者も,イッテルビー石に未知元素の酸化物の存在を確認しました。ガドリンは,その酸化物をイッテルビアと呼んでいましたが,エーケベリはイットリアという名前を提唱しました。結果として,新たな酸化物はイットリア(Yttria),新元素はイットリウム(Yttrium)と名付けられました。元素記号は1920年代初頭までYtでしたが,後にYに改められました。また,イッテルビー産の黒い石の名前は「ガドリン石」と改められました。
ここに,以後100年余にわたる稀土類元素発見の長い歴史が始まったのです。

次の写真はガドリン生誕200年の初日カバーです。初日カバーとは,封筒に切手を貼り,発行日の消印を押したもののことです。切手に描かれているのは19歳の若きガドリンで,消印は彼の生地であるトゥルク(Turku)の郵便局,消印の図案は試験管,というように趣向がこらされています。

ガドリン生誕200年記念切手(フィンランド,1960年発行)の初日カバー
出典:”A private First Day Cover by Jakobstads filatelister Commemorating the 200th Birthday of Johan Gadolin.”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

イットリウムの用途-セラミックスと蛍光体

次の写真はイッテルビーにある銘板です。銘板には,イットリウム,テルビウム,エルビウム,イッテルビウムの四元素がここで採掘された黒い石ガドリン石から分離され,イッテルビーの名前が元素名になったことが記されています。(ASMインターナショナルはオランダの半導体メーカー)

 

 

 

イッテルビーでの元素発見を示す銘板
出典:Bengt Obergerによる”Ytterby mine ASM sign”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

イットリウムが発見されたのは陶器原料の採石場でした。イットリウムの用途はやはりセラミックス(よう業材料)に始まるようです。
酸化アルミニウム(アルミナ,AlO)の焼結体はもろいですが,酸化ジルコニウム(ジルコニア,ZrO)を添加すると強度を増します。これと同じように,酸化イットリウム(Ⅲ)(イットリア,YO)を添加した酸化ジルコニウムの焼結体は高い強度をもちます。これが「イットリア安定化ジルコニア」(YSZ)です。酸化ジルコニウムは高温で相転移を起こしますが,酸化イットリウムを数%程度加えると,室温でも安定な正方晶系の準安定状態となり,亀裂きれつなどに対して強固になるのです。安定化剤として酸化カルシウム(CaO)を加えた「酸化カルシウム安定化ジルコニア」よりも安定なことが特長です。
YSZは,ジェットエンジンなどの耐火物,硬さと不活性さから歯冠材料などに使われています。なお,キュービックジルコニア(CZ)は酸化ジルコニウムで,硬度が大きく(モース硬度7.5~8.5),屈折率はダイヤモンド(2.42)に迫る2.15~2.18で,人工宝石として知られています。(⇒ジルコニウムについてはココをクリック)

1987年,液体窒素の沸点(77K,-196℃)を超える転移温度をもつ初の超伝導体として,Y-Ba-Cu-O系酸化物(組成はYBaCuO,転移温度は90K以上)がつくられました。それまでに知られていた超伝導体はLa-Ba-Cu-O系(転移温度は30K)であり,新たな超伝導体の性質は転移温度の高さから「高温超伝導」と呼ばれました。イットリウム系超伝導体以後も高温超伝導の記録は更新され続けていますが,高温超伝導の扉を開いたのはイットリウム系酸化物なのです。

イットリウム・鉄・ガーネット(YIG,組成はYFeO12)やイットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAG,組成はYAlO12)などの複合酸化物に他元素を添加(ドープ)して結晶内の原子の一部を置き換えたものは,主に固体レーザーの発振用媒質として用いられています。
このうちYAG蛍光体は,YAlO12のイットリウムとアルミニウムの一部をガドリニウム,ガリウムでそれぞれ置換したものです。YAG蛍光体は,酸化イットリウム(Ⅲ)と酸化アルミニウムの粉末に,酸化ガドリニウム(Ⅲ)(GdO),酸化ガリウム(Ⅲ)(GaO)の粉末を混合して約1400℃で焼成してつくられ,ガーネット(ザクロ石)構造の安定な酸化物です。
YAGレーザーは,YAGに微量の元素を添加した結晶体に強い励起光を照射することで得られるレーザー光で,その長所は,金属に対する光エネルギーの吸収性が二酸化炭素レーザーよりも優れていることや,光ファイバーでエネルギーを伝送できることなどです。工業や医療で多く使われるのはネオジム(Nd)をドープした波長1064㎚のレーザーで,このほかに,エルビウムドープトYAGレーザーや,クロム(Cr)・ツリウム・ホルミウムをドープしたCTHドープトYAGレーザーなどがあります。

次に,発光ダイオード(LED)で白色光をつくる主な方式は次の①~③の三つです。
① 赤色LED + 緑色LED + 青色LED
② 近紫外線または紫色LED + 赤色・緑色・青色(RGB)発光蛍光体
③ 青色LED + 黄色発光蛍光体
①は光の三原色を組み合わせる方法です。見た目には白色ですが,放射エネルギーの無い波長領域があるために色の見え方が不自然になることもあり,一般には,物を照らす照明よりも光を直接見せるディスプレイや映像装置などに向きます。
②は,近紫外線もしくは紫色光のLEDによってRGB蛍光体を励起して光らせる方法で,三波長形蛍光ランプと同じ方式です。短波長のLED光でRGB蛍光体を励起させるので,きれいな白色光が得られるものの,発光効率の向上が課題とされます。
③は三つのうちで発光効率が最も高い方式で,青色LEDに,その光で励起されるYAGなどの黄色発光蛍光体を組み合わせ,青色にその補色の黄色を加えて白色光にしています。この方式ではLEDを一つしか使わないので,三つのLEDを使う①のように各色LEDの電流調整を要しないことが長所です。

 

参考文献
「ポピュラー・サイエンス 希土類のはなし」鈴木康雄著(裳華房,1998年)
「元素118の新知識」桜井 弘編(講談社,2017年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。非常勤講師として2019年に名古屋工業大学「科学史」(工学部二部),2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」(全学部共通)を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。