有機蓄光材料のさらなる進歩

図1 非常口指示マーク
出典:交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部による”避難口誘導灯”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

蓄光材料は、避難誘導指示板(図1)や電気のスイッチ、時計の文字盤や針などに広く使われています。蓄光材料としては、現在アルミン酸ストロンチウム(SrAl2O4)を主材料とする無機物質が主に使われていますが、環境にやさしく、エネルギーの低い可視光でも光を蓄えられる有機物の蓄光材料の研究も進んでいます。以前も一度有機蓄光材料のことを紹介しました1が、今回はさらにパワーアップした有機蓄光材料についての研究成果をお伝えしたいと思います。
通常の有機蛍光材料(例えば蛍光ペンのインクのようなもの)は、有機物の色素が光を吸収して、高いエネルギー状態となり、それがエネルギーを放出するときに発光するものです。ただ、高いエネルギー状態となっている時間は非常に短く(通常10−8 s程度以下)、あっという間に光を放出して光らなくなってしまいます。

図2 通常の有機蛍光分子と従来型二成分有機蓄光材料の発光機構
 通常の蛍光分子(上)では、分子が光を吸収して高エネルギー状態(励起状態)になり、それがもとの状態に戻る際に光としてエネルギーを放出する。
 下の例の2成分蓄光材料では、電子を受け取りやすい電子受容体Aと電子を放出しやすい電子供与体Dを用いる。通常の状態①に光を当てると、Aが高エネルギー状態②となり、DからAに電子が移動し+と-が分離した状態③となる。電子が②と同じ状態④に戻り、そこから発光して元の状態⑤に戻る。③の状態がある程度長く続くため蓄光材料となる。

2成分系の有機蓄光材料は、電子受容体(電子を受け取りやすい物質)Aと電子供与体(電子を放出しやすい物質)Dを組み合わせることで作成が可能とされました。例えば図2に示す構成の場合は、高エネルギーとなった物質へ電子供与体から電子が放出されます。そうすることで、発光分子がすぐにエネルギーを放出して元に戻ることができなくなり、蓄光が可能になります。しかし、有機蓄光材料では、蓄光時間が一時間程度とまだ短く、特に酸素が存在すると全く蓄光ができないことが欠点とされてきました。
そこで九州大学の安達先生らのグループは、材料に工夫を加えることにしました2。図3が今回用いた材料の構造です。今回のポイントの1つは、発光体であり、電子を受容する物質(A)として陽イオンをもちいたことです。従来はAとDは共に中性の分子としていましたが、その場合はDからAに電子が移動するとDが陰イオン、Aが陽イオンとなり、両者が引き合って、電子が元に戻りやすくなり、エネルギーを長時間貯められなくなってしまいます。今回Aが陽イオンであるため電子を1つ受容すると中性の分子となり、そのような欠点がなくなると考えられました。もう一つの工夫はトラップと呼ばれる分子(T)を加えたことです。電子供与体DがAに電子を供与した結果、正の電荷がDに残りますが、その正電荷にTが電子を供与し、Tが正電荷を一時的に蓄える(穴の中[トラップ]に玉を蓄えるように)状態となります。この状態は長く保たれ、少しずつTから正電荷がDに戻り、じわじわと発光が起こるという仕組みです。分子中の電子のエネルギーを精密に設計した結果、これらの分子が選ばれました。これらの材料を用いた蓄光材料の仕組みを図4にまとめました。

図3 今回の有機蓄光材料で用いた物質
 今回電子受容体である発光物質Aと電子供与体Dのほかに、トラップと呼ばれる正電荷を一時的に蓄える物質Tを1:99:1の割で混合したものが蓄光体となることが見いだされた。

図4 今回開発された蓄光材料の発光機構
 通常の蛍光分子では、分子が光を吸収して高エネルギー状態(励起状態)になり、それがもとの状態に戻る際に光としてエネルギーを放出する。
 今回の蓄光材料では、AとDに加えてトラップ材料Tも用いる。通常の状態①が光を吸収して、Aが高いエネルギー状態の②となり、DからAに電子が移動し、+と-が分離した状態③になる。さらに電子がトラップからDに移動することでトラップに正電荷が移り④、この状態がしばらく保たれる。そこから電子が一段階戻り③と同じ⑤の状態となる。さらにAからDに電子が移動し、⑥の状態となり、そこから発光して元の状態⑦に戻る。

このようにして3種類の有機材料から作られた材料は、最大4時間の間発光を続けることが確認されました。これは酸素のない条件での値ですが、特筆すべきは空気中でも約30分発光が見られたということです。これは同じAとDを用いた2成分系における脱酸素条件の時の値と同じだということです。さらに水分があっても発光には影響がないことも分かりました。これらのことは、実用的な材料として重要なことです。また、無機材料の場合は、紫外線のようなエネルギーの大きな光を当てなければ蓄光が観測されないのに、今回の物質は600 nm というかなり長い波長の光(エネルギーの小さい光)をあてることでも蓄光ができることも大きな特徴です。さまざまな新しい材料が日本で生まれていることは楽しみですね。ではまた次回。

 

1)「世界初の有機蓄光材料」https://www.kojundo.blog/news/1344/
2)Z. Lin, R. Kabe, N. Nishimura, K. Jinnai and C. Adachi, Advanced Materials, 2018, 30, 1803713.

The following two tabs change content below.

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。