2023年度ノーベル化学賞 量子ドット

本年のノーベル化学賞は、ナノサイエンス・ナノテクノロジーの一大潮流となった量子ドットの研究業績によって、3名の科学者 Moungi G. Bawendi、Louis E. Brus、Alexei I. Ekimovに贈られることが決まりました[1]。量子ドット(Quantum Dots)とは、半導体などの固体の粒子の大きさが小さくなり、20 nm (1 nmは1×10-9 m)程度以下になったものを指します。このようなサイズの固体は、通常の固体半導体とは異なり、その大きさによって色などの性質が大幅に変化することが知られており、これは量子サイズ効果と呼ばれています。

図1 量子ドットのイメージ図。通常の固体(右端)に比べて、少数の原子の集団となるとその大きさによって色が変わってくる。

 このような量子サイズ効果を最初に見いだしたのがロシアのEkimov(1945-、現在は米国在住)でした。彼はもともと金属を微量添加したガラスが様々な色に着色する現象の原因を調べていました。特に塩化銅(I)CuClを添加したガラスについて詳しく研究を行い、ガラス中の塩化銅の粒径がnm のオーダーで小さくなるほど、ガラスが吸収する光の波長が短くなることを見いだしました。このような現象、すなわち量子サイズ効果は、すでに物理の分野では予想されていたことなのですが、実際にナノサイズの結晶で彼が初めて確かめ、1981年に発表しました。
このような量子サイズ効果は、固体の中の電子の振る舞いから考えることができます。概略の説明は以下の通りです(図2)。絶縁体や半導体の固体においては、多数の電子は価電子帯と呼ばれるところに存在しています。さらに高いエネルギー状態にある伝導帯には電子は分布していませんが、電子がエネルギーを受け取ると価電子帯から伝導帯に移ることができます。伝導帯から価電子帯に戻るときは、その分のエネルギーを外に放出します。伝導帯と価電子帯のエネルギー差のことをバンドギャップといい、これが半導体の性質を大きく左右するのです。
同じ種類の半導体でも、粒子径がきわめて小さくなると、価電子帯と伝導帯の隙間が大きくなって、価電子帯の少し上、そして伝導帯の少し下に電子が入ることができる場所(それぞれ図2の①と②で示しています)ができます。電子のうち最もエネルギーの大きなものは、通常①の場所にいるのですが、エネルギーを与えてあげると、②の場所に移ることができます。①と②の間隔は粒子の大きさが小さくなるにつれて広くなることが理論的にも示されています。①から②に電子を持ち上げるには光のエネルギーを使います。可視光の中で大きなエネルギーの光は青色、小さなエネルギーの光は赤色なので、量子ドットは粒子が小さいと青い光を吸収し、粒子が大きいと赤い光を吸収することになります。

図2 通常の固体半導体と量子ドットの場合の電子のエネルギー分布図。通常半導体では、電子は価電子帯と呼ばれる部分に分布しており、伝導帯には分布していない。電子はエネルギーを受け取ると伝導帯に上がることができる。粒子サイズが小さくなると、価電子帯のエネルギーが下がり、電子はそのすぐ上の場所(①)にも分布するようになり、また伝導帯のすぐ下に電子が入る部分(②)もできる。エネルギーを受け取ることで電子は①から②に移ることができる。量子ドットの大きさが小さくなると①から②にあげるためのエネルギーは大きくなっていく。

 L. Brus(1943-、米国)は1983年に硫化カドミウムCdS半導体粒子を合成高分子を用いて細かく分散させたコロイド溶液を使って量子ドットを作ることに成功しました。彼らが合成した半導体粒子は溶液中で時間が経つと次第に粒子が大きくなっていきます。そのことを利用し、実際に粒子の大きさと吸収する光の波長の関係を調べることに成功しました。しかし望みの大きさの粒子を作り分け、またその粒子を安定に保つことは困難でありました。
その困難に打ち勝ったのがM. Bawendi(1961-、フランス出身。米国へ移住)でした。彼は1993年に有機金属化合物を使い、溶液の温度を様々に制御することで、CdSeなどの半導体で望みの粒径の粒子を作る方法を1993年に発表しました。この方法によって大規模に精度良く量子ドットを製造することができるようになったのです。
その後多くの研究者によって、さらに様々な量子ドットの合成法が開拓されました。その中で重要なのはコアシェル構造と呼ばれる量子ドットです。バンドギャップの狭い半導体の量子ドット(コア)の周りをバンドギャップの広い半導体(シェル)で包み込む構造によって光学的な特性が一段と向上しました。
これらの量子ドットのよく知られている応用としては、テレビなどの発光体があります。同じ組成の材料でも量子ドットの大きさを変えるだけで様々な色に発光することが知られており、既に市販もされています。発光が見られる量子ドットでは、図2において、②から①に電子が戻るときは電子がもっていたエネルギーを光として放出するのです。発光性の量子ドットは粒子が小さいと青く光り、粒子が大きいと赤く発光します。

図3 様々な色で発光する量子ドット。溶液中に含まれている半導体の大きさが異なることで様々な色で発光する。(図はWikipedia「量子ドット」[2]よりCC BY-SA 3.0 DEED

 現在量子ドットは、太陽電池や光検知素子などの様々なデバイスへの応用例が開発されています。また、水溶性の量子ドットは生物の働きを解明する目的にも使うことができるとして研究が行われています。これらの膨大な応用の可能性のある物質の礎を、今回の3人の受賞者は築いたのです。素晴らしいですね。それではまた次回。

 

[1] 本稿は、ノーベル財団の発表文書“Scientific background: Quantum dots – seeds of nanoscience”に基づいています。
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2023/advanced-information/
[2] https://ja.wikipedia.org/wiki/量子ドット中の図を引用。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Quantum_Dots_with_emission_maxima_in_a_10-nm_step_are_being_produced_at_PlasmaChem_in_a_kg_scale.jpg

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。