ガリウム(Ga)-メンデレーエフの予言後,最初に発見された元素

 エカ(eka)はサンスクリット語で「1」の意味。未発見元素の仮の名称で,既に発見された元素の名称に接頭辞として付けられ,周期表において〝一つ下〟の元素を表しました。今回は,エカアルミニウムとされたガリウム(31Ga)についてご紹介します。

ガリウムの予言から発見まで

1869年,ロシアのD.メンデレーエフは,当時知られていた60余種の元素をもとに周期表を作成し,表中の空所には元素発見の可能性があると考えました。次いで1871年には複数の元素の存在を予言し,それらのうちエカホウ素(Eb=44),エカアルミニウム(Ea=68),エカケイ素(Es=72)に予期されるそれぞれの性質(括弧内の数値は予期された原子量)を示しました。メンデレーエフが存在を予言したエカホウ素,エカアルミニウム,エカケイ素には,いずれも発見者の母国に因む名前が付けられました。

エカアルミニウム …1875年,P.ボアボードランがガリウムを発見
エカホウ素    …1879年,L.ニルソンがスカンジウム(21Sc)を発見
          (⇒スカンジウムについてはココをクリック)
エカケイ素    …1886年,C.ヴィンクラーがゲルマニウム(32Ge)を発見
          (⇒ゲルマニウムについてはココをクリック)

 フランスのコニャックで酒造家に生まれたP.ボアボードランは,当時黎明期にあった分光学を研究していました。ボアボードランは,同族の金属が発するスペクトル線の配列が似ていることを発見しました。13族の既知元素についてもこのことを確認した彼は,第4周期でアルミニウム(13Al)とインジウム(49In)の間の位置に新元素があると見当をつけました。
1874年,ボアボードランは,その数年前に入手したせん亜鉛鉱52㎏(ピレネー山脈・ピエールフィット鉱山産)を試験分析した際に得ていた少量の未知物質を分光分析し,特徴的な2本の紫色の線(波長417㎚と404㎚)を観測しました。

1876年,ボアボードランは,亜鉛鉱業協会から寄贈された閃亜鉛鉱を使い,フランス学士院にガリウムの単体を取り出す実験を示しました。先ず,閃亜鉛鉱を王水に溶かし,濾過後の反応溶液に亜鉛板を入れて析出した銅や鉛などの金属を除き,次に亜鉛を更に加えて,ガリウムなどの水酸化物,及びガリウムと亜鉛の塩基性塩を得ました。次にこれを酸に溶かしてから硫化物に導いて精製し,アルカリに溶かして水酸化ガリウム(Ga(OH))としてから電気分解によって単体を得ました。
ガリウムの性質はエカアルミニウムとして予言された性質とよく一致し,原子番号30の亜鉛の隣の空所は実在の元素によって埋められたのです。以下には,メンデレーエフによって予言されたエカアルミニウムの性質と,ボアボードランが見出したガリウムの性質を挙げておきます。

上表で,原子容は1モルの単体(固体)が占める体積[㎤/mol]のことで,(原子量)÷(密度)で求められ,原子体積とも呼ばれます。各元素の原子容には周期的な変化が見られます。この周期性は1868年にドイツのJ.マイヤーによって指摘され,周期律を支持する事象の一つとなりました。
次のグラフは,原子番号(横軸)に対して原子容(縦軸)をプロットしてつないだものです。アルカリ金属で極大があり,極小の付近には高融点の金属(炭素,タングステンなど)があり,極小の左側の元素は金属性,右側の元素は非金属性であることなどが分かります。

原子容の値の周期的な変化
 ・原子容の算出には4桁の原子量表(2022年,日本化学会原子量専門委員会)を用いた。
  (同表の「安定同位体がなく,天然で特定の同位体組成を示さない元素」は青色で表示)

 

周期表で隣り合う元素と欧州の隣国

ローマ帝国の最盛期の版図は,東西は小アジア(アナトリア)からイベリア半島,南北はアフリカ大陸地中海沿岸からイギリスに及びました。共和政期のカエサルは『ガリア戦記』で,BC58年からBC51年にかけて行ったガリア・ゲルマニア・ブリタンニアへの遠征を記しています。その第一巻(BC58年)の冒頭には,ガリア人が領有する地域について次のように記されています。(括弧内は本稿の筆者による追記)
-“ロダヌス川(ローヌ川)から始まり、ガルンナ川(ガロンヌ川)、大西洋、ベルガエ人の領土(ベルギー)によって囲まれるとともに、セークアニー族の領地(レマン湖の北)とヘルウェーティイー族の領地(レマン湖の東)の部分ではレーヌス川(ライン川)に接し、全体が北方に開けている。”
そして,ガリアの東側にあるゲルマーニア人の領土とレーヌス川(ライン川)で隣り合っているとも書かれています。


17世紀半ばに描かれたガリアの地図
(左端はイベリア半島,右端は小アジア)
出典:Briet, Philippe (1601-1668). Cartographeによる”Gallia Lugdunensis”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

ゲルマニウムを発見したC.ヴィンクラーは,元素名を祖国ドイツの旧名から付けました。「ゲルマニア」の語源には諸説があるようですが,西に隣接するガリア(フランス)に住む人々が使うケルト語で「隣人」を意味するgairゲールから派生したとされます。現在も隣り合う仏独両国。周期表においても原子番号31のガリウムと32のゲルマニウムが隣り合っていることは奇縁です。

 

医療で活躍するガリウム

ガリウムの単体は融点が低く(30℃),沸点は2400℃付近なので,水銀では測定ができない高温用の温度計として使われ,水銀の規制後,感温液にガリウム合金を用いた「水銀フリー温度計」ができました。写真の体温計に使われているのは「ガリンスタン」(Galinstan,独ゲーラテルム・メディカル㈱(Geratherm Medical AG)の登録商標)と呼ばれる共晶合金(組成はガリウム69%,インジウム21%,錫10%)です。


水銀フリー体温計の市販品例
出典:Gelegenheitsautorによる”Galinstan-Basalthermometer”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

次はガリウムシンチグラフィです。種類が多いガリウムの同位体の中で67Gaは放射性で,比較的長い半減期(3.3日)を有します。ガリウム(Ⅲ)イオン(Ga3+)の生体内での作用は鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+)と似ており,鉄(Ⅲ)イオンが関与する生体反応に作用して体内の特定の場所に集まる性質があります。この性質を利用して,67Ga3+を含むクエン酸ガリウム(CHO67Ga)を投与し,体内からの放射線の分布で画像診断を行います。
アメリカの生理学者R.ルーイソンは,輸血中に血液が凝固して針や管が詰まるのを防ぐのにクエン酸ナトリウムが有効なことを見出し,これによって供血者の血液を保存することもできるようになりました。クエン酸塩は血液と縁があるようで,クエン酸ガリウムの局所集積機構には未解明な点が多いとされますが,体内に入ると大部分が血清蛋白と結合するとされます。クエン酸ガリウムは投与後の1週間で約3分の1が排泄され,残りは肝臓,脾臓,腎臓,骨髄を含む骨,軟部組織(主に涙腺,唾液腺,乳腺などの分泌腺)に分布します。

 

青色LEDから次世代半導体へ

窒化ガリウム(GaN)は,これまで高輝度青色発光ダイオード(LED)の材料として注目を集めてきましたが,近年ではパワー半導体(電力用半導体)素子の基板としての利用が期待されています。
窒化ガリウムが用いられるようになるまで,青色系LED用の材料はセレン化亜鉛(ZnSe)が中心でしたが,1990年代に窒化ガリウムの良質な結晶ができるようになると高輝度青色LEDが開発され,2014(平成26)年には赤﨑 勇,天野 浩,中村修二の三氏がノーベル物理学賞を受賞しました。

電力制御用の素子は「パワーデバイス」とも呼ばれ,この半導体は,家電製品,自動車や鉄道などの車両,変電制御などで電圧や周波数を変えたり,直流の交流化,交流の直流化などの電力変換に使われます。
例えば,直流の交流化では,図のような回路でスイッチング素子のON/OFF(⦿と○)を繰り返すと,太線で示した部分に流れる電流の方向を反転させることができ,直流電源によって交流を得ることができるのです。ON/OFF切り替えの速さを変えると周波数を調整することができます。

パワーデバイスには高電圧や大電流でも壊れない耐久性・高絶縁性に加えて高速応答性が求められます。例えば,直流を周波数50ヘルツの交流にするには,毎秒50回のスイッチングが必要です。また,大電力を扱うと発熱が起き,高電圧を扱うと電磁ノイズが発生しますが,そうした条件下でも安定した動作が必要です。窒化ガリウムを基板とする半導体は,これまで主流だったケイ素を基板とする半導体に代わり,このような要求にかなう次世代半導体です。こうした半導体によってモーターを低速から高速まで精度良く作動させることや送電が効率化されると,様々な電気器具が改良され,省エネも実現されることが期待されます。

 

参考文献
「周期系の歴史 上巻:その前史・発見・発展」「周期系の歴史 下巻:個々の問題とその解決」J.スプロンセン著,島原健三訳(三共出版,1988年)
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「怒りのブレイクスルー 常識に背を向けたとき「青い光」が見えてきた」中村修二著(集英社,2001年)
「血液の歴史」D.スター著,山下篤子訳(河出書房新社,2009年)
窒化ガリウム基板の開発,元木健作,SEIテクニカルレビュー・第175号,10~17(2009年)
「青い光に魅せられて 青色LED開発物語」赤﨑 勇著(日本経済新聞出版社,2014年)
「天野先生の「青色LEDの世界」 光る原理から最先端応用技術まで」天野 浩・福田大展著(講談社,2015年)
「カエサル戦記集 ガリア戦記」高橋宏幸訳(岩波書店,2015年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。