レオナルド・ダ・ビンチの絵画を最新の手法で分析

「モナ・リザ」といえば、世界中で最も有名な絵画といっても過言ではありません[1]。これは16世紀の初頭(日本では戦国時代)にレオナルド・ダ・ビンチ(1452-1519)によって描かれました。木の板の上に油絵として描かれています。その謎めいた微笑は世界中の人々を魅了し続けてきました。レオナルドは世界最高峰の画家の一人ではありますが、現在まで残された絵画作品は十数作品しかありません。彼はきわめて多才で、絵画以外にあらゆる分野で才能を発揮しました。
さてレオナルドの時代、多くの画家たちは木板の上に絵を描く際、下地を整えるためにgessoと呼ばれる石膏(CaSO4・2H2O)と水溶性の糊を混ぜたものを塗り、さらにその上に鉛の炭酸塩(二種類の鉛の炭酸塩、炭酸鉛PbCO3と塩基性炭酸鉛Pb3(CO3)2(OH)2 (2Pb(CO3)・Pb(OH)2とも書かれる)の混合物)を含む下地材を塗ってその上に絵を描いていました。レオナルドも例えば「聖アンナと聖母子」(図1)という作品においては、当時の手法にのっとって上記の下地材を塗った木の板に絵を描いたのでした。しかし、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」では鉛の化合物ではあるものの、異なった下地が使われていることはこれまでの研究で分かっていました。今回フランスの研究者たちを中心とするグループは、「モナ・リザ」の絵の細片を新しい手法で分析し、どのような鉛の化合物が含まれているかを詳しく調べたのです。その結果レオナルドが新しい手法を試しながらこの絵が生まれたことを結論づけました[2]

図1 レオナルド・ダ・ビンチの「聖アンナと聖母子」(1508年頃 168×112 cm)
と「モナ・リザ」(1503-1519年頃 77×53 cm)。今回分析したサンプルの位置は矢印で示した。いずれもWikipediaより(Public domain)。

「モナ・リザ」などの著名な絵は、現物の細片をとることができるはずがありません。しかし修復の際にとれた現物の一部が保存してあり、研究用に使うことができるようになっているそうです。今回「モナ・リザ」の右上部分、普段は額縁に隠れている部分のごく小さなかけら(長さ0.3 mmほど、2007年に採取されたとのこと)を用いて最新の分析が行われました。まずその細片の白い下地部分について、フランスのグルノーブルにある大規模な研究所において研究が行われました。この研究所では、シンクロトロン放射光高角散乱X線粉末回折装置という最新の分析装置を使うと、2μm四方というごく微少な部位ごとに非破壊で成分を分析できるのです。その結果多く検出された化合物は上述の炭酸鉛と塩基性炭酸鉛でしたが、予想外の化合物である鉛ナクル石Pb5(CO3)3O(OH)2 (plumbonacrite、PbO・3Pb(CO3)・Pb(OH)2とも書かれる)が検出されました。レオナルドの他のいくつかの作品を含むルネサンス期の絵画にはこの鉛ナクル石は全く検出されなかったのです。後の時代の、例えばレンブラント(1606-1669)の塗り重ねの手法を使った油絵ではこの鉛ナクル石が検出されます。
さらに下地ではなく着色部分も含めて、X線を使って得られたデータや、顕微フーリエ変換赤外吸収分光法という分析手法を用いた研究から、酸化鉛PbO(二種類の構造があり、それぞれ赤もしくは黄色の顔料として古くから用いられてきた)を、油絵の具や下地を乾燥・硬化させるための薬剤として油に混ぜて使っていたと推察されたのです。鉛ナクル石 は油絵の具が硬化していく過程で、塩基である酸化鉛と油分の反応によって生成したと考えられます。
本研究では、レオナルドの有名な「最後の晩餐」[3]から得たサンプルの研究も行っています。17カ所のサンプルのうち酸化鉛が12カ所から検出されました。また大変興味深いことに、酸化鉛の微少な粒の周りに、シャノン石Pb2OCO3(shannonite、PbO・PbCO3とも書かれる )が層状に覆っている構造が見つかりました。鉛ナクル石も7カ所から発見されました。

図2 鉛化合物が油と反応して変化していく様子

 これらの分析結果と化学的な洞察により、本論文では絵の下地や絵の具の中で、酸化鉛が油と反応して、シャノン石になり、さらに鉛ナクル石、最終的には炭酸水酸化鉛になると推定しています(図2)。残念ながらレオナルド自身の記述には見つけられていませんが、酸化鉛が油を乾燥・硬化させることをレオナルドが見つけて、顔料としてよりもそのための薬剤として酸化鉛を利用していたのではないかと論文の著者らは推察しているのです。
レオナルドは、科学者としての能力も非常に高く、これらの絵画の分析からもまさに実験家としての顔も持っていたことが分かると指摘されています[4]。私は以前、レオナルド自身の様々な手稿の展覧会を見に行ったことがありますが、細かい字で(しかも左右逆の鏡文字!)びっしりとなにやらいろいろ書いてあり、レオナルドのすごさを実感しました。ではまた次回。

 

[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/モナ・リザ
[2] V. Gonzalez, G. Wallez, E. Ravaud, M. Eveno, I. Fazlic, T. Fabris, A. Nevin, T. Calligaro, M. Menu, V. Delieuvin and M. Cotte, J. Am. Chem. Soc., 2023, 145, 23205–23213.
[3] 最後の晩餐は建物の壁に描かれた大きな絵です。当時建物の壁に絵を描く場合、フレスコ画という手法が用いられました。これは漆喰に顔料を乗せて描いていく手法ですが、レオナルドは壁に下塗りをしてその上に油絵を書く技法で制作しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/最後の晩餐 (レオナルド)
[4] Chem. & Eng. News, 2023, October 18, https://cen.acs.org/analytical-chemistry/art-&-artifacts/chemistry-behind-Leonardo-da-Vincis/101/i35

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。