マンガン(Mn)~何万年も前から使われていた元素。海底からの贈り物に期待!?~

マンガンは自然界から軟マンガン鉱(主成分は二酸化マンガンMnO2)や菱マンガン鉱として採掘されている。元素としての発見は1774年シェーレによるが、3万年以上も前に人類はフランスのラスコー洞窟などで、壁画を描くための黒色顔料として二酸化マンガンを使っていた。また古代ローマのガラス職人も無色のガラスを得るために、二酸化マンガンを利用していた。軟マンガン鉱は、ギリシャ語で浄化を意味するmanganizoにちなんでマンガナスと呼ばれており、そこからManganese(ドイツ語Mangan)という元素名がつけられたそうである。

菱マンガン鉱(コロラドのスイートホーム鉱山産)

出典:WIKIMEDIA COMMONS  Tony Hisgett氏による”Rhodochrosite, Sweet Home mine, Alma, Colorado” ライセンスはCC BY 2.0による

ラスコー洞窟の壁画

出典:WIKIMEDIA COMMONS  Prof saxx氏による”Photography of Lascaux animal painting” ライセンスはCC BY-SA 3.0による

現在、毎年約2,500万トンの軟マンガン鉱が世界で採掘され、マンガンは合金や触媒の成分、電池の正極材料、磁性材料などに使われている。図に示すマンガン乾電池は歴史も古く、世界で最も多く使われている電池である。マンガン乾電池は小さな電力で動く機器類、例えば掛け時計や置時計、テレビなどのリモコンに向いている。

引用および図面提供協力:ネオマグ株式会社および電池工業会

また、鉄にマンガンを加えると、強度、加工特性、耐摩性などが飛躍的に向上するために、マンガン鋼は鉄道のレール、土木機械、金庫、軍用ヘルメット、刑務所の鉄格子などに用いられている。

19世紀後半イギリスの海洋調査船チャレンジャーが世界で初めて、海底に数多くのマンガンノジュール(マンガン団塊)を発見した。この球状のマンガンノジュールは海中に落ちたサメの歯や、生物由来の微化石などをコアとすることが多く、その周りに同心円状に水酸化鉄と水酸化マンガンが層状に凝結しながら数百~数千万年をかけて、成長すると考えられている。将来、人類が地上の軟マンガン鉱を採掘しきってしまえば、海底のマンガンノジュールに頼らざるを得ない日が来るだろう。

2016年、JAMSTECを中心とする研究グループが、新たに南鳥島沖などの深海底でマンガンノジュール密集域を発見した。マンガンノジュールの主成分はマンガンと鉄であるが、そのほかニッケル、コバルト、銅、モリブデン、テルルなどの有用な成分も多種含まれている。今回の探索の結果から、レアアースを豊富に含むレアアース泥とマンガンノジュールの関連性が深いことが示唆された。日本の深海底に希少価値の高いレアアース資源がたくさん眠っていることから、今後はその掘削技術と回収方法の発達による利用促進が期待される。

マンガンノジュール密集域の様子(提供:海洋研究開発機構)
有人潜水調査船「しんかい6500」により2016年に発見された南鳥島沖深海底のマンガンノジュール

実験 粉末試薬による環境水の簡易COD測定

米国では過マンガン酸カリウムが、その強い酸化力から、浄水および下水処理に用いられている。浄水では、雑味や臭気、発ガン性が指摘されているトリハロメタンの生成抑制の目的で、塩素系酸化剤の代替品として使われる。下水処理では硫化水素やメルカプタン等の臭気成分の除去に用いられる。このように過マンガン酸カリウムは無機物も有機物も酸化分解でき、自身は二酸化マンガンとして沈殿池に沈降するので簡単に除去することができる。

我が国では、過マンガン酸カリウムを使って測定されるCODすなわち化学的酸素要求量が、水質の排水基準や海域・湖沼の環境基準に用いられている。CODの値は、試料水中の被酸化性物質の量を、一定の条件下で酸化剤(過マンガン酸カリウム)によって酸化した際、消費された酸化剤の量を酸化に必要な酸素量(単位はmg/L)に換算して表される。

一般的なCODの測定では、試料水に過マンガン酸カリウム水溶液を過剰に加え加熱して完全に酸化し、残った過マンガン酸カリウムの量を既知濃度のシュウ酸水溶液で滴定し、消費された過マンガン酸カリウムの量から値た求められる。

ここでは、佐賀大学教育学部、黒河伸二名誉教授の研究室で開発されたものを紹介する。この方法は上記の滴定法ほどの正確性はないが、市販のパックテストと同様の精度で使え、また測定用試薬を自作できるため、小・中学生の環境教育などに役立っている。

1)COD測定用セライト試薬の調整

  1. セライト545を10 g測りとり、水酸化ナトリウム8.0 gとともに乳鉢に入れ、水酸化ナトリウムの粒が小さくなるまでよくすりつぶす。ゴーグルを着用し飛び散らないよう注意する。
  2. 同じ乳鉢にセライト545を40 g追加 し、さらにすりつぶしながらよく混ぜ合わせる。
  3. 空の洗浄・乾燥した試薬瓶に2.と過マンガン酸カリウム0.047 gを一緒に入れ、均一になるまでよく振り混ぜる。

2)COD測定用標準液の調整

  1. 9.31 × 10 -3 mol/L のブドウ糖水溶液を COD 1000 の基準液とする。
  2. この基準液を適宜希釈してCOD が 各々1、5、10、20、50、100となる6種類の標準液を調整する(例:COD100ならば10倍に希釈)

3)COD用標準色の調整

  1. 2)-2.で調整した標準液を予め20 ℃ にしておく。
  2. 試験管6本それぞれに、1)のセライト試薬0.5 gずつ入れる。
  3. 2.の試験管に標準液を5 mLに加え、よく振って混ぜ合わせ5分間放置してセライトを沈ませる。
  4. 各水相の色をデジタルカメラ等で記録して標準色とする。

図 COD測定用セライト試薬による色の変化

4)試料水のCODテスト

  1. 採取した試料水を20 ℃にしておく。
  2. 試験管にセライト試薬0.5 gを測りとる。
  3. 2.に試料水5 mLを加えたあとよく混ぜ、5分間放置する。
  4. 変化した水溶液の色を標準色と比較してCODを決定する。

 

参考文献:
桜井弘著、「元素111の新知識―引いて重宝、読んでおもしろい (ブルーバックス)」、講談社、1997
John Emsley, “Manganese the protector”, NatureChemistry volume5, p.978 (2013)https://www.nature.com/articles/nchem.1783
阿部 康弘、「過マンガン酸カリウムの環境分野への適用」、CREATIVE No.3 2002, p35-43
https://www.nippon-chem.co.jp/dcms_media/other/cre2002-6.pdf
プレスリリース 国立研究開発法人海洋研究開発機構、“南鳥島沖の排他的経済水域内の深海底に広大なマンガンノジュール密集域を発見”~三種の酸化物海底資源の包括的な成因解明のための手掛かり~https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20160826/
身近な自然環境調査、鹿児島県総合教育センター教科教育研修課 中学校理科 Q&A
http://www.edu.pref.kagoshima.jp/curriculum/rika/chuu/tyuugaku/qanda/02page/page08.htm
黒河伸二他、「環 境学習の た めの COD 簡易測定法 の 開発」、化学と教育、48巻11 号、p.764-767(2000年)

写真、画像提供協力:
電池工業会、佐賀大学黒河伸二名誉教授
ネオマグ株式会社、黒河伸二氏
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。