金(Au)・銀(Ag)・銅(Cu)~メダルと元素

ギリシアのオリンピア市にあるヘラ神殿で3月12日に採火された聖火は、日本に届けられ、燃え続けています。今回は、紀元前の古代オリンピックと近代オリンピック第1回大会が行われたギリシアに敬意を表して、メダルについてと、ギリシア語が語源になっている元素名について、それぞれ取り上げます。

勝者が手にするメダル

オリンピックに現在のようなメダルが初めて導入されたのは、近代オリンピックの第1回アテネ大会(ギリシア,1896年)からでした。この年は、ギリシアがオスマン帝国からの独立を果たしたギリシア独立戦争(1821~1829年)の開始から75年目で、ギリシアは伝統の重みと歓喜に包まれたことでしょう。

しかし同大会では、競技場を総大理石造りにしたことなどで財政難になって金製メダルは作られず、競技の優勝者には銀製メダルとオリーブの輪、準優勝者には銅製メダルと月桂樹(ローレル)の枝が与えられました。第3位の選手は賞状だけでした。メダルの表面にはギリシア神話の全能神ゼウス(Ζευς)と勝利の女神ニケ(Νικη)が図案化され、裏面にはアクロポリス神殿が描かれています。

第1回アテネ大会のメダル(左:表面,右:裏面)
左:Yoho2001による”Olympic first place medal from the Athens Games of 1896 (obverse), from the collection of the Olympic Museum (IOC).“ライセンスはCC BY-SA 3.0
右:Yoho2001による”Olympic second place medal from the Athens Games of 1896 (reverse), from the collection of the Olympic Museum (IOC).”ライセンスはCC BY 3.0

因みに、第2回パリ大会(フランス,1900年)のメダルは四角形で、後にも先にも唯一の形状です。パリ大会は同年に開催された万国博覧会に合わせて開かれましたが、メダルの製作が間に合わず、選手に渡されたのは大会の2年後で、金メダルが授与されたのは陸上競技の優勝者だけでした。

全ての競技で金・銀・銅3種類のメダルが揃ったのは第3回セントルイス大会(アメリカ,1904年)からでした。金・銀・銅という金属が選ばれた理由は、金属そのものの価値によるというのが一般的ですが、他説では、ギリシア神話で人類史が黄金時代・白銀時代・青銅時代に区分されたことに由来する、という考え方もあるようです。

第2回パリ大会のメダル(左:表面,右:裏面)
左:Yoho2001による”Gold medal of the 1900 world exposition (obverse), from the collection of the Olympic Museum (IOC). Often mistaken for an Olympic gold medal.”ライセンスはCC BY-SA 3.0
右:Yoho2001による”Olympic silver medal from the Paris Games of 1900 (reverse), from the collection of the Olympic Museum (IOC).”ライセンスはCC BY-SA 3.0

オリンピックメダルの仕様について、2003年のオリンピック憲章では、優勝者には銀台金張り(または鍍金めっき)のメダルと賞状、第2位には銀メダルと賞状、第3位には銅メダルと賞状が授与されること、メダルは少なくとも直径60 ㎜、厚さ3㎜、1位と2位のメダルは銀製で、少なくとも純度925/1000であること、1位のメダルは少なくとも6 g の純金で金張り(または鍍金)が施されていること、などと規定されています。

歴史をさかのぼって、古代オリンピックでは,勝者は何を与えられたのでしょう。
古代オリンピックはヘレニズム文化圏(ギリシアを中心にトルコ,イタリアなどに及ぶ)の宗教的な行事で、ゼウスをはじめとする神々をあがめるための体育や芸術の競技的祭典でした。競技は5日間の日程で行われ、優勝者は、最終日に行われる表彰式で審判からオリーブの若枝で編んだ冠を頂くのでした。このオリーブは、ゼウス神殿にある神木から、両親存命の少年が黄金の鎌を用いて刈り取ったといいます。

1964年東京大会 5円記念切手と100円記念貨幣

ギリシア語が語源の元素名

ギリシア語が語源になった元素は、元素全体の約三分の一に及び、ラテン語由来の名前と共に数が多いです。いくつかに分類して話を進めましょう。(数字は原子番号,ギリシア文字はアルファベットで表記)

先ずは、命名にあたり元素単離の経緯や元素の性質に関わるギリシア語が充てられたものです。

〔名詞〕
2He:太陽(helios)          3Li:石(lithos)               4Be:緑柱石(beryllion)
13Al:明礬(alumen)    24Cr:色(chroma)         34Se:月(selene)
35Br:悪臭(bromos) 42Mo:鉛(molybdaina) 45Rh:バラ(rhodon)
76Os:臭気(osme)        81Tl:若枝(thallos)      89Ac:光線(aktis)〔形容詞〕
10Ne:新しい(neos)          15P:光をもたらす(phosphoros)
17Cl:黄緑色の(chloros)  33As:劇しい(arsen)                  36Kr:隠れた(kryptos)
43Tc:人工の(technetos) 53I:すみれ色の(iodes)         54Xe:異国の(xenos)
56Ba:重い(barys)             57La:隠れている(lanthano)   66Dy:近付き難い(dysprositos)

二つの語を組み合わせて合成されたり,接頭辞を付けたりしてできた名前もあります。これらも元素の性質を表しています。

1H:水(hydro)+生む(gennao)                     7N:硝石(nitron)+生む(gennao)
8O:酸っぱい(oxys)+生む(gennao)           18Ar:否定の接頭辞(a)+活力(ergon)
59Pr:淡緑色の(prasios)+双の(didymos) 60Nd:新しい(neos)+双の(didymos)
85At:否定の接頭辞(a)+止まっている(statos)

国名・地名・人名に因む元素名は多数ありますが、ギリシアに関連するものはマグネシウムの一つだけです。マグネシアはギリシア中央部のテッサリア地方南東部の地名です。ここには滑石かつせきの鉱山があり、滑石からつくられた白色の粉は「マグネシア」と呼ばれていました。

12Mg:マグネシア地方(Magnes)

次はギリシア神話に登場する神の名前に因むものです。

22Ti:タイタン(Titan)                       41Nb:タンタロスの娘ニオベ(Niobe)
61Pm:プロメテウス(Prometeus) 73Ta:タンタロス(Tantalos)
77Ir:イーリス(Iris)

タイタン(ティーターン)は、オリンポスの神々に先行するいにしえの神々で、巨体をもつとされ、ゼウスと戦って地下に落ちました。タンタロスはゼウスの子で、神々に愛されましたが、冒瀆ぼうとくしたことにより冥界で罰を受けました。
プロメテウスは、天上の火を人間に与えてゼウスの怒りをかいましたが、ヘラクレスに助けられました。イーリスは、天と地を結ぶ虹の女神で、疾速で知られ,遠地や海底でも瞬時に移動することができるとされます。

誇り高きギリシアの人々

紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスによる『歴史』には、アケメネス朝ペルシアがギリシアに遠征したギリシア・ペルシア戦争(BC499~449年)の経緯が記されています。

ペルシア軍が北部から侵攻してギリシア諸国と衝突したBC480年は、第75回オリンピック大会の開催年で、ギリシア人たちは当然の如く大会を挙行していました。『歴史』の巻8(ウラニアの巻)・26章には、食糧に事欠いてペルシア陣営に脱走してきた少数のアルカディア人を尋問する場面が描かれています。

クセルクセス王の面前に引き出され、ギリシア軍の行動を尋ねられた脱走者は、ギリシア人は今オリンピア祭を祝っているところで、競技を観覧している、と答えました。競技の賞品を尋ねられると、オリーブの枝の冠だと言います。それを聞いた満座の中の一人は、思わずこう言い放ちました。「ああマルドニオスよ、そなたはわれらをよりにもよって、何たる人間と戦わせようとしてくれたことか。金品ならぬ栄誉を賭けて競技を行う人間とは」(*:マルドニオスはペルシアの将軍)

ペルシア軍は、ギリシア人がオリーブの冠を頂く栄誉のためだけに競うことを知って、他国との戦にも優先する行事をもつとは真に恐るべき相手だと驚嘆したのです。『歴史』はギリシア人の側から描かれたものではありますが、オリンピックに対する彼らの自負心も物語っています。

 

参考文献:
「世界古典文学全集・第10巻 ヘロドトス」松平千秋訳(筑摩書房,1967年)
「ギリシア・ローマ神話辞典」高津春繁著(岩波書店,1996年)
「科学用語 独-日-英語源辞典・ギリシア語篇」大槻真一郎著(同学社,1997年)
「元素検定」桜井 弘著(化学同人,2011年)
「学問としてのオリンピック」橋場 弦・村田奈々子編著(山川出版社,2016年)
「オリンピックの真実 それはクーベルタンの発案ではなかった」佐山和夫著(潮出版社,2017年)
公益財団法人・日本オリンピック委員会のホームページ(www.joc.or.jp)
笹川スポーツ財団のホームページ(www.ssf.or.jp)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。