元素名の漢字は、部首が意味を、つくりが音を表す

日本では、化学元素はたとえばMagnesiumであれば「マグネシウム」とカタカナで書く。当たり前のことのようだが、漢字しか使わない中国では、

という漢字で書く。左側は金偏なのだが、中国で1950年代に採用された簡体字ではこう書くのが正しいとされている。これを台湾や香港などでは、

と、略さずに繁体字で書く。この字は、美しい金、あるいは金が美しい、と読み取れそうだ。日本人が作った「躾」のような造字にも感じられる。確かに状態によっては美しく見える元素なのだが、どうしてこう書くようになったのか、そこに至る経緯やこう書くことになった本当の理由については、一般にほとんど知られていない。

元素の音訳

中国では歯磨きの包装に、よく

という見慣れない漢字が印刷してある。香港や台湾では、

と偏が日本と同じ金偏となっている。
右側の旁の部分が「丐」(カイ)なので、この字もカイと読む。正確にはgai(カイ)の第4声というアクセントなので音程が高いところから急に下がる。これは元素のカルシウムを表し、中国語圏の人たちはこの字を見るとたいていすぐに意味も理解できるそうだ。
先に挙げたマグネシウムも、「マ」という発音に近い「美」という字を当てたものであった。昨年、ノーベル化学賞受賞で話題となったリチウムイオン電池のリチウムは、繁体字では

と書くので、日本人にもわかりやすい。
つまり、外来語に対する造字であることを除けば、元素の
銅(同はドウなので、おなじ発音のドウをそのまま表す)
銀(艮はゴンなので、それに近いギンという発音を示す)
などと同じ作り方をしているのだ。
中国から来た留学生たちに聞くと、小学校の理科の時間にCaという元素記号と一緒にこの漢字を習うそうだ。ただ、この元素記号が何を略したものなのかは知らないそうだ。英語を習ってからやっと、Calciumというのが国際的な名称であると気付くことになる。それほど、中国では元素の名前と漢字が結びついているのである。
アルミニウムは、繁体字では

で、大陸では「铝」と書く。AluminumのAは頭音としてありふれており、特徴的な「lu」の部分に着目し、それと発音が近い「呂」という字を選び、旁にあてがって作られた字だ。これは日本でも「アルミ」と略されるほどよく使われており、中国の街中の看板でこの漢字をよく目にする。
中国では、テレビのニュースで、より珍しい元素の漢字も字幕に登場する。小中学校や高校では、理科の時間にこうした字を原子番号1番の「氢」(水素)から30番の「锌」(亜鉛)くらいまで学習するのだそうで、国語の時間以外でも新しい漢字を学ぶ必要があるという。
ナトリウムは、


と書く。もうお分かりのとおり、「内」を「Na」という部分の発音に当てた字だ。カタカナでは5文字になるような元素名がたった1文字の漢字に納められて、きちんとその元素を特定して表現できてしまうところに、漢字の凝縮力を上手に活かした先人の知恵が感じられる。

化合物の命名

これらの元素専用の字は化合物の表記にも利用される。たとえば水酸化ナトリウムNaOHは、
氫氧化鈉(氢氧化钠)
となる。
二酸化炭素CO2(2は下付)は、
二氧化碳(二氧化碳)
である。
日本語の名称と構造が似ているので、なんとなく伝わるだろう。金偏以外の字も出てきた。常温で気体の元素には「气」構え、石のような状態を示す元素には「石」偏が加えられている。2017年に中国と台湾で定められた最新のニホニウム(Nh)、モスコビウム(Mc) 、テネシン(Ts)、オガネソン(Og)にも、その原則が適用された。ほかに常温で液体の水銀は古来の「汞」が採用されており、それに準じて臭素には「臭」(大の部分は犬)に、「氵」(さんずい)が加えられている。
酸素が「气」に「羊」というのは、実は漢字の意味に基づくものであり、古くは「羊」の下に「食」を付けた「養」という字であった。
国の名前の当て字は、現代の中国式だと「美英徳法」、日本式では「米英独仏」のような羅列があっても、大概は文脈から国名と分かって意味の読み取りが可能だが、化合物となると一般的な字のままで頭文字を取って連ねれば「二養化炭」のようになってしまう。一般のことばとの区別がやや付きにくくなるようだ。
このように中国では、元素周期表にもこれらの漢字が列挙されていて壮観である。日本人から見ても何だか一つ一つも意味ありげだし、読みまで頭に浮かぶものがあって面白いため、あちこちで人気を博しているそうだ。

 

元素の漢字表記の謎

私も小学生の頃に、漢和辞典でこうした漢字を知り、中国の辞典の付録などで元素周期表を見つけて感激したものだ。あたかも日本の湯飲みに書かれた魚偏の漢字の面白さに匹敵しそうだ。魚偏の「鰯」や「鱈」などは日本製で、字面から意味が彷彿としてくるが、元素の漢字はどうだろうか。
元素の漢字は、上述のとおり部首におおまかな性質が表示されている一方で、旁には表意性があるとは限らない。実はむしろ意味を示すケースは少なく、発音だけを示すものが圧倒的に多いのである。また、魚偏の国字と違って、味もおいしくなさそうだが、より体系性をもってほとんどが短期間のうちに造られた。「金」「銀」「銅」「鉛」「水銀」「硫黄」など中国で古来知られてきた元素は別として、西洋で近代以降発見された元素を表す字にはそれほど歴史がないはずだ。それでも、実はほとんどが百年を超す歴史をもっている。
多くの漢字を、まとまりを持たせながら造ったケースには、メートル法を表すミリメートルの「粍」、センチメートルの「糎」、キロリットルの「竏」のようなものがあり、体系性の極致と見られるが、これらは日本の気象台が明治期に造り出したものであった。それに対して今行われている元素漢字は、中国で独自に生み出されたものである。
一字一字に意外性のある歴史があるので、これから11回にわたってそのエッセンスを日本語と比較しながら紹介していきたい。

 

主要参照文献
笹原宏之『国字の位相と展開』 三省堂 2007
沈 国威「西方新概念的容受与造新字为译词— 以日本兰学家与来华传教士为例」『浙江大学学报(人文社会科学版)』40 2010
成 明珍『日中韓三国の専門用語における語彙・文字に関する研究 -医学・化学分野の漢字・漢語を中心に-』 早稲田大学博士学位論文 2015

The following two tabs change content below.
笹原 宏之

笹原 宏之

早稲田大学社会科学部教授。漢字圏の言語と文字の変遷と変容を研究し、文献探索、実地調査に明け暮れる日々。かわいい兎を飼っている。