色名を含む元素の漢字

ここまで、概説から始まり、個々の元素として、ウラン、マグネシウム、フッ素、酸素に焦点を当てて、それぞれの元素の漢字の成り立ちを追ってきた。試作品のような字を含めて、たくさんの漢字を眺めてきた。

歴史的な変遷のパターンは、ここまでで大体出たので、今回は視点と記述の方法を変えてみたい。ちょっと力試しをしてみよう。

 

「鎄」の意味は?

 

「鑀」の意味は?

 

いかがであろうか。

答えは、上は、アインスタイニウムである。かつてはイリジウムを表したことがあった。

下も、かつてアインスタイニウムを表したもので、台湾では今もこちらをアインスタイニウムとして使っている。

「哀」や「愛」がアイという発音だけを示している。しかし、それらの字を見たら、何か感情を多少は動かさないだろうか? どうしたって悲しみや愛情を字面から連想してしまうのが多くの日本人に共通する特徴なのである。

金に愛、金に哀。どうしてもアイという音以上に、意味を感じ取ってしまいがちなのだが、中国では例によってこれらの旁には音読みを表す働きしか与えられていなかった。

中国の留学生たちに、これらの字を見せると、見たことはないようだが、類推を働かせるのだろうか、何かの元素の名前だろう、と声を揃えて答えてくれた。

日本人学生たちにそういう回答は稀で、字の構成から当て読みを始める。「愛」は、ゆびわ、結婚、みつぐ、金の亡者など、「哀」のほうは金でなくて哀しいことから銅(表彰の時に慰めで言う、「銅は字のとおり金に同じだ」という話から)などと、たいてい旁にも意味を見いだし、想像を膨らませる。金に「美」は、きっとプラチナだなどと推測して言うのと同じなのだ。

 

そうした中で、中国産の元素漢字の中には、確かに旁が意味を表すものがあった。

とくに元素の見た目の特色の一つである「色」を表すものが多かった。すでにいくつか触れたが、ここにまとめておこう。なお、古い資料では字の読み方が示されていないが、そういう場合は旁をそのまま読めばまず間違いなかった。

京師同文館での教科書とするために編まれたビリカン(Billequin)訳『化学指南』(同治12年刊 1872)は、巻9,10に「化学用語の漢訳名」について説明されている。「もし西音(西洋語の発音)に基づいて命名すれば、中国各省の土音(方言音)にも違いがあるので、物の形状と性質に基づいて命名した」ということを述べている。

当時は、官話は各地で数種類成立していたものの、ラジオのような音声メディアがないために互いの文法や語彙はもちろん、同じ字であっても読み方(発音)の相違が大きかった。まだ標準語は制定されていない時代である。旁に音訳字を入れたところで、違う地方の人には発音しても欧米の言語とのつながりが感じ取れない字になってしまう。そこで、視覚情報を重視した表意性の高い字を作り出す方法を選ぶという論理だ。

新しく知られたばかりの元素に対して、中国ではその語の意味や語源、元素の持つ色や性質などの情報に基づいて、既存の漢字を複数選んで、くっつけて1字に仕立てた。そうした造字では、部首は「金」「气」「石」「氵」にするとは限らなかった。現在は廃れているものがほとんどだが、色別に主なものを紹介していこう。

 

<赤・紅・丹>

「●(金+赤)」はチタン(Ti)。

「赤」の発音がチーだからではなく、チタンは銀灰色だが、酸化させることにより赤など様々な色を発色できることからとされる。

この字は、ストロンチウム(Sr)にも使われたことがあった。過去の科学文献を実験のための資料として利用する際に、ある1つの時期においても1つの元素に複数の漢字があり、さらにその字が別の元素をも表すという、元素の特定に幾重にも誤認をきたす危険性を帯びた状況が生じてしまうことがしばしば起きた。

「●(金+赤)」という字体は、平成期の日本のWEB上では、元素記号がラテン語で「赤Aurum」の意の「金」(Au)に用いるという提案があった。なお、日本では江戸時代に、忍者の暗号「忍びいろは」に、「ゐ」を表すものとして現れており、また明治初期ころに千葉県の小地名では赤錆を表そうとしたのか「さび」と読ませている(現在は「錆」に変えられている)。

「●(金+紅の下に苗)」は、「苗紅色」だからというが、どのような色なのかは辞書を見てもはっきりせず、今の中国人留学生たちに聞いても、そういうことばはないという。現代中国では紅色は赤色一般を意味する。燃えているときの色から、ストロンチウム(Sr)。確かに炎色反応は紅色だ。ビリカンらの『化学指南』などにある、少々無理な字体の一つだ。

「●(金+紅の下に影)」は、ルビジウム(Rb)。銀白色だが、発光スペクトルで赤色の光線を示すことにより暗赤色を表す。ラテン語のrubidus からの造字だ。炎色反応は深赤色。なお、ルビーは「紅玉」と訳される。

「●(行の中に赤)」は、ロブチート(ロプシャイト)が五行の間に色名を入れた造字である。

しかし、翻訳しながら辞書を編んでいく中で、その場その場で作ったものもあったようで、同じ辞書の中で、セレン(Se)とチタン(Ti)にこの「●(行の中に紅)」を当ててしまっていた。セレンは黒と赤の外見を呈し、またガラスに赤の着色をする。

「●(金+丹)」は、ロジウム(Rh)。銀白色だが、塩の水溶液がバラ色を呈するところから、バラ色を意味する ギリシャ語のrhodeosによって名付けられたもので、その色から赤や朱を表す「丹」が選ばれた。現在の「銠」とはだいぶイメージが異なるだろう。

日本では、江戸時代にオランダとの交易で、亜鉛めっき鋼板であるトタンに「●(金+土)●(金+丹)」を当てていた。元素の字として見てしまえば、たまたまだがトリウムとロジウムが並んでいることになる。

 

<白>

「白鉛」は、亜鉛。

「鉑(金+白)」は、白金(Pt プラチナ)。確かに銀白色であり、その白さから作られた。なお、この字は中国では昔は、金箔のハクの意であり、日本でも江戸時代にはその意味で使っていた。

漢字圏の南端にあるベトナムでは、銀の意味のバク(bạc)であり、貨幣の単位にも使われた。

ちなみにベトナムの通貨単位はドンとなったが、この漢字は「銅」である。銅銭からドンと名付けられたものであった。この字の表す金属の経済的な価値は、過去の漢字圏を巡るならば乱高下することになる。

日本では「しろがね」といえば「銀」、「山は白銀(しろがね)、朝日を浴びて」という歌詞が思い浮かぶ。この「スキー(の歌)」は、明治時代に作られた唱歌だった。「白金」も訓読みでは「しろがね」と読める。「白銀」は和語で読むと「しろしろがね」とも読めてしまい重言っぽいが、漢語であれば「白雪」のように状態をしっかりと説明する熟語だと言える。

「こがね」(くがね)は黄金で金(Au)、「あかがね」は銅(Cu)、「あおがね」はあまり聞かなくなったが錫(Sn)。日本人も古くから「五金」とされた基本的な元素を色で呼び分けていた。なお、金色は色でないそうだが、古代から黄を付けて「黄金」(おうごん)とされていた。

 

「●(行の中に白)」は、ストロンチウム(Sr)。銀白色なのでこうなったが、炎色反応は深赤色(シンセキショクと読むか、ふかあかいろと読むか、こういう表意性に任せた自由さ、なげやりにできるところが日本語にはある)。上述の「●(金+紅の下に苗)」と同じ元素だ。

「●(行の中に白の下に金)」は、イットリウム(Y)。灰色なので白なのだそうだ。何と読むのか、誰かにきちんと習わない限り揺れてしまうという難点がある。

「●(行の中に皓)」はバナジウム(V)。銀灰色なので「皓」。汚れのない白さ、月、白髪、歯の白さを形容する、明るいイメージの字を選んだ。

 

<紫>

「●(炎+紫)」はインジウム(In)。銀白色だが、炎色反応は紫色である。気体の紫色に着目した造字とされる。「炎」に「紫」なので、確かに一目で炎の色彩まで目に浮かぶ。造字は、数ある特徴の中から一つを選んで焦点を当てて行われるものだが、どのような場面でも毎回いちいちその炎色反応の色を思い出す必要性があるだろうか。

沃素のIはiodes、ギリシャ語ですみれ色の、という語から名付けられた。

中国では、早くに「海藍」「愛阿●(青+定 藍染めの意)」、「碘」と訳され、100年ほど前には、沃素に「●(气に紫)」,「●(炎+紫)」,「碘」,「海碘」,「挨阿顛」と列挙する文献が刊行されていた。この「典」は、日本人がヨジウムのヨの部分を採用して「沃」を選んだのに対し、残りのジウムの部分の音を選び用いたわけである。

そこにある「●(气に紫)●(气に綠(緑))弱鹽(塩の旧字体)」や「●(气に紫)●(气に綠)強鹽(塩の旧字体)」は、字面がとてもカラフルに見える。「●(石に紫)」という造字も現れた。

沃素(I ヨウ素、ヨード、Iodine)は、肥沃のヨクだが、江戸時代からいくつかの音訳を経て、さんずい(氵)という液体を表す偏と発音(中国音や日本漢字音の頭音が一致)が好まれたのか選ばれて、「沃陳」などの音訳で、「夭」(よう)の字音で読まれてきた。

外来語としては「ヨード」、沃素は音読みのようなので「ようそ」。「ヨウ素」と表記される。定着した音訳の「沃度」はヨウドのほか、ヨードともフリガナが振れそうだ。

沃素から消毒薬のヨードチンキ(沃度丁幾、ヨーチン)が作られた。子供の頃、砂や小石の混ざった運動場で転んでケガをすると、保健室でその茶色のような紫のような液体を傷口に塗りたくってもらった。その後、人体に害があるとして使用禁止になったとか、また解禁されたとか聞くと複雑な思いに駆られる。

 

<青・藍>

「錆」、これは何を指すか分かるだろうか? 旁は「青」でも同じである。ここではサビではない。サビは日本人が与えた訓義で、国訓である。

中国では精(くわ)しいという意味で、部首の異なる「精」と通じた。元素としては、コバルト(Co)を指した。銀白色を呈するが、ガラスにコバルトブルーを着色するなど、青のイメージが強い。生じる塩が天藍色だからとされている。

コバルトという発音に当てた「苦抱爾」や「鈷」などとはだいぶイメージが違う。「●(金+碧)」とネットで提案したのも日本の人だった。

「錆」は、江戸時代の忍者が暗号として五行と色を順番に組み合わせた「忍びいろは」の中にも「る」としてあった。

青光りする性質をもつ「燐」(P リン、磷)には、色は抜いて「●(石+光)」が作られたこともあった。

ちなみにラジウムには、「●(金+光)」が当てられたことがあった。

元素の持つ様々な特性のある一点に着目することで、そのイメージは固定化する。そのために覚えやすい反面、認識やイメージに偏りが生じてしまうのは漢字、とくに日本の漢字によく見られる宿命である。

 

藍は青より出でて藍より青しというのは、いわゆる出藍の誉れだ。現代中国では、青色一般を指す。

「●(行の中に藍)」はヨウ素(I)。固体のヨウ素は黒紫色で、気体のヨウ素の赤紫色である。上述の「紫」とは色が変わっている。

「●(金+藍)」は、タングステン(W ウォルフラム)。銀灰色。旁を意味から「藍」にしていたので、タンという発音ともウォという発音とも遠く、どちらを指そうが関係がなかった。これは、いわゆる表意文字の利点といえるだろう。

その右下に「影」を加えた「●(金+藍×影)」は、セシウム(Cs)で、「灰青色の」を意味するラテン語を受けた造字である。黄色がかった銀色をしているそうだ。

 

ビスマスは「蒼鉛」と訳されたが、実際には青くない。

ちなみに、臨界の事故で青い光りが見えたとか、原子力発電所のプールが青白く光を発しているとかいう話があるが、それらは元素の色ではないそうで、また一部で言われるレフチェンコ光とも別だそうだ。

 

<緑・翠>

塩素(Cl)を「緑(綠)気」と訳したのは、その気体が黄緑色であることからギリシャ語のχλωρος (Chloros 黄緑色)からchlorineという名をもつためだ。食塩の主成分である「塩素」は宇田川榕菴がオランダ語のzoutstofを訳したもの。

「●(行の中に緑)」は塩素(Cl 上述)。

上述の「●(气+綠(緑))」も塩素(Cl)。「緑」「緑気」とも訳された。「格羅里尼」は音訳である。これは現代中国で糸偏を省いた形で残っており、中国では「氯(緑の旁)」、台湾では「氯(綠の旁)」として使われ続けている稀有な例である。

「●(金+翠)」は、銀白色だが、水和ニッケルイオンが緑色を呈することから、ニッケル(Ni)を表す。カワセミの羽のような青緑色を表す「翠」が選ばれた。

日本では、「あおつるぎ」という国字として、奈良時代頃に現れていた。

それに「影」を加えた「●(金+緑の下に影)」はタリウム(Tl)。銀白色だが、原子スペクトルが緑色で、緑の小枝を表すthallosというギリシア語から名付けられており、それによる造字である。

 

<黄>

硫黄は「硫●(石+黄)」「●(石+黄)」ともされた。

「●(行の中に黄)」はフッ素(F)を指したものである。弗素の漢字の変化を参照されたい。

「鐄(金+黄)」は、以前に紹介した北京、上海、香港で異なっていたウランの漢字表記参照。

また、クロム(Cr Chromium)として、「鐄(金+黄)」,「●(金+各)」,「●(金+生の下に色)」,「●(金+路)」と列挙する文献もあった。「●(金+生の下に色)」は、この元素が銀白色だが、酸化状態によって赤、青、黄色など種々の色に変わるところから、ギリシャ語のχρωμα(chroma 色の意)によって付けられたことによる造字だ。旁の「各」「路」は音のみを表す。

一方、「●(金+色)」は、セシウム(Cs)の音訳である。

「●(金+黄の下に霜)」は、カドミウムである。焼くと黄霜をなすためと説明されている。青みを帯びた銀白色を呈するが、カドミウムイエローを生み出す。

 

<灰>

「●(金+灰)」は、カリウム(K)。ただしこれは色ではなく、実際の灰の意から作られた字である。

「●(行の中に灰)」は、トリウム(Th)。銀白色だが酸化すると灰色になる。

 

<黒>

「黒鉛」は「鉛」(Pb)となった。

「●(金+黒(黑))」は、いくつもの元素に宛がわれてきた。

一つはハフニウム(Hf)。灰色だが、「黒」(hei1 ヘイ)による音訳であろう。

銀白色のモリブデン(Mo)に当てるとする資料もあったが、「墨」で音訳したものの誤植のようである。

ヘリウム(He)は無色だが、「黒」(ヘイ)という発音から当てられたことがある。

銀白色のマンガン(Mn)にも「●(金+黒(黑))」が当てられたことがあった。

新たに、元素番号108番のハッシウム(Hs)にも、ヘイという発音が利用されて「●(金+黒=黑)」が当てられた。広東語では、「氪」(クリプトン)と同じ発音になってしまう。

「●(行の中に黒)」は、銀白色のジルコニウム(Zr)を指す。酸化ジルコニウムは黒の着色をする。

 

<虹>

虹色というものも、様々な理由から色の一種としてかなり認識されるようになってきた。

「●(金+虹)」は、イリジウム(Ir)。塩の色が虹のようだからと作られた。Iridiumは、ギリシャ語で虹を意味するIrisからである。この語は瞳の意には「虹彩」という美しい訳語が定着した。『近現代漢語辞源』などによれば、日本産の術語である。

このため平成にも、この字が同じ元素に対してこの字がネットで提案されたことがある。こういう暗合は漢字の歴史の中では時折起こるものである。

 

これらの部首の字に、色名を表す字を組み合わせる造字の方法は、合理性があるように見える。しかし色彩は元素がどの状態のものかによって変わりうる。また、同じ色を呈する元素は大抵いくつもある。

それ以上に、形声文字に優位性を感じる中国においては、すでに述べたジョンやフライヤー(どちらが先かについては両論がある)たちの作った、旁が発音だけを表す、「部首+表音漢字」という路線が公式に採られる潮流の中で、主流の座を得ることはほとんどなかった。

これらの中には、煩雑で書きにくく、視覚に訴えるだけの字もあった。中国では漢字はまずはどう読むかという発音が重視されるため、日本とは逆にこういう読みがはっきりせず、概念表示を優先させる造字というものは、なかなか定着しえないのであった。

 

 

参考文献

牛振「清末民初音译元素名规范方案用字探析」『汉字汉语研究』20 2 0 年第3 期

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笹原 宏之

早稲田大学社会科学部教授。漢字圏の言語と文字の変遷と変容を研究し、文献探索、実地調査に明け暮れる日々。かわいい兎を飼っている。

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