微生物と半導体のハイブリッド

皆さんこんにちは
今日は微生物に半導体の微粒子を合体させ、それを使って化合物を作るお話です。

米国ハーバード大学の2つのチームの研究者が協力して、ある種のイースト菌に半導体のリン化インジウム(InP)を結合させ、ブドウ糖からシキミ酸という有機化合物を効率よく作り出すことに成功しました[1]。今日はその研究をご紹介します。シキミ酸はいくつかのアミノ酸の原料として生物内で重要であるのみならず、タミフルなどの医薬品の原料としても重要な物質です。シキミ酸は多くの菌類が作り出しているのですが、今回は菌に半導体を結合させ、光を当てることで反応の効率をあげることができたという成果です。

シキミ酸とNADPH

シキミ酸はDHS(3-デヒロドシキミ酸)という物質から作られます。その際にはNADPHという物質から水素が供給されます(図1)。

図1 DHS(左)とシキミ酸(右)

NADPHが他の物質に水素を渡すとNADP+と呼ばれる物質に変換されます。これらは生体内の多くの電子伝達反応(または酸化還元反応)に関与している物質です(図2)。そのNADPは生物内ではペントースリン酸経路と呼ばれるしくみによってNADPHに戻され再度使用されます。このペントース二リン酸経路は効率の良い仕組みではありません。この反応経路はブドウ糖を原料としているのですが、反応の際に二酸化炭素2分子が失われ、炭素資源が無駄になっているのです。

図2 NADPH(左)とNADP(右)。いずれも下の緑色丸の部分はアデニンという物質に、リボースとリン酸が結合した分子からなる部分。eは電子を表す。

 

今回用いた菌と遺伝子操作

化学者らはこの無駄をなんとかしたいと考えました。そこで、ある特殊なイースト菌をもとに、遺伝子操作を施した細胞を作りました。これは図3に示すように、通常の細胞と異なり二酸化炭素とNADPHを作る反応が抑えられ、DHSが効率よく作られるように遺伝子が操作されているものです(図3)。

最初に紹介したようにDHSからシキミ酸を合成するにはNADPHが必要なのに今回用いた菌はわざわざNADPHを作る能力をなくすようにしてあります。どのようにしてシキミ酸を作るのでしょうか。そのために化学者たちは半導体を使うことを考えたのです。

図3 今回の実験に使われたイースト菌。遺伝子工学の手法で、NADPHと二酸化炭素を放出する反応(青矢印)が抑えられ、DHSを産出する反応(ピンク矢印)が増強されるようになっている。

 

菌と半導体のハイブリッド

リン化インジウムInPは半導体の一種で光通信用デバイスとして利用されているものです。半導体は光を当てると電子が出やすくなります。この電子と水素イオンをNADP+に供給してやればNADPHを作ることができます。

そこでInPのナノサイズの微粒子をこの菌に特別な方法で結合させたハイブリッド体を作りました。それを懸濁させた溶液を使って、ブドウ糖からシキミ酸ができるかを調べました。その結果光を照射した場合仕込んだブドウ糖の90%がシキミ酸に変換されたのです。彼らは様々な対照実験を行って、本当にこのハイブリッド体が意図どおりに機能しているのかを調べました。光を当てなかった場合、そして菌とInPを結合させずにそのまま別々に溶液に加えた場合は、はるかに少ない量のシキミ酸しか生成しませんでした。

図4 特殊なイースト菌に半導体InP(赤い四角で表してある)を結合させたハイブリッド体。光がInPに当たると電子を菌内に注入する。

これらの結果から、彼らは確かに半導体が光を吸収して生成した電子が細胞内でNADP+に渡され、NADPHが生成し、それによってブドウ糖からからシキミ酸ができることを示したのです。半導体を細胞につけたものを使い、光のエネルギーを利用して物質を合成させることができたことになります。細胞外の半導体からどのように細胞内に電子が渡されるのかを調べることが今後の課題の一つであると研究者らは述べていますが、今後はこのような無機化学と生物の合体がごく普通になっていくのかもしれません。ひょっとすると今後半導体の入った下着で、着ると我々のパワーが増大するような製品が売られるようになるかもしれませんね。

それではまた次回お会いしましょう。

 

参考文献:
[1] J. Guo1, M. Suástegui, K. K. Sakimoto, V. M. Moody, G. Xiao, D. G. Nocera, N. S. Joshi, Science, 382, 813-816 (2018).

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坪村太郎

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。