ロボット化学者の登場

皆さんこんにちは。この原稿の執筆時点(7月31日)で、コロナウィルスはますます猛威を振るっており、心配な日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。今回はロボットがAIの助けを借りて、人間では絶対にできない数の実験を自動的に行い、成果を得たという英国の研究結果 をご紹介いたします1
今回ターゲットとなったのは水の光分解触媒反応の開発です。水の光分解によって水素と酸素を発生させる研究が世界中の多くの研究者によって行われています。特に水素を発生させる研究は数多く行われており、さまざまな化合物が触媒として用いられてきました。今回研究者たちは、さまざまな条件で一連の光照射実験を自動的に行うことができるロボットを開発し、それを使って効率よく水素を発生させる条件を見いだしました。このロボットは図1に示す実験を自動的に何日でも連続して行うことができ、その様子は著者らの写したビデオで見ることができます2。充電などに必要な時間を除いて、1日あたり21時間働けるのだそうです。ロボットの大きさなどがよく分かるのでぜひビデオをご覧ください。

図1 ロボットを用いた、水の光分解の実験。これらの一連の動作を行う

 今回の実験では近年開発されたP10と呼ばれる高分子(図2)3が触媒として使われています。水素発生を行う際にはたいていの場合還元剤が必要で、P10を使う場合はトリエタノールアミンと呼ばれる還元剤を使うと、水素が効率よくできることはすでに知られていたのですが、今回はまずその代替物を探索する実験がロボットを使って行われました。アミノ酸や糖類など30種類の還元力のある天然由来の分子が候補となり、P10とこれらの分子を加え、光(紫外光と可視光の両方の混合)を照射し、どれだけの水素が得られたかを自動的に測定する一連の実験を行いました。その結果、L-シスチン(必須アミノ酸の1つ)がそれらの中ではもっとも多くの水素を発生させる能力があることが分かりました。

図2 有機高分子触媒P10の構造

 次に、最も多くの水素を発生させる条件の探索が行われました。P10とL-シスチンのそれぞれの濃度を変えるのみならず、①光をよりよく吸収する増感剤と呼ばれる物質3種、②pH調整のための水酸化ナトリウム、③イオンの濃度を調整するための食塩、④添加剤としての界面活性剤2種、そして⑤他の半導体光触媒での効果が認められているジケイ酸ナトリウムの5種の添加効果を調べることにしたのです。これらの条件を一通りすべて試すには98423325通りの実験が必要であることが分かりました。さすがにロボットを使ってもこれだけの数の実験を行うには時間がかかりすぎます。そこでAIの登場です。
AIの詳細4は省略しますが、この実験のためのアルゴリズムが開発され、それに従ってロボットは実験を行いました。最初の約2日間で150通りの実験が行われ、先ほどの条件のうち①と④は全く効果がないと判定され、それ以後はそれらは使用されないこととなりました。結局8日間で688通りの実験が行われ、ついに最適条件が見つかったのです。その条件下では5mLの溶液から1時間あたり約0.5 mLの水素が発生し、これは最適化を行う前の6倍の量であったということです。
今回使用されたロボット化学実験システムは、汎用的で、人間がこなすよりもはるかに多くの実験を昼夜問わず行うことができます。また、例えば放射性物質など危険な物質を扱う実験や暗闇での実験が必要な場合などには特に有用と指摘されています。今回のAIによるアルゴリズムは、筆者によれば従来の化学的知見を全く使用していない点が欠点であるとしていますが、そのような知見を取り込んだシステムを今後開発していきたいとのことです。三密にならないという点でもいいかもしれませんね。私は当初Natureという雑誌にこの研究が載っていることに違和感を覚えたのですが、このようなテクノロジーの開発についての研究成果も掲載するのですね5。それでまたお会いしましょう。

 

1)Burger, B., Maffettone, P.M., Gusev, V.V. et al. A mobile robotic chemist. Nature 2020, 583, 237–241. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2442-2
2)https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fs41586-020-2442-2/MediaObjects/41586_2020_2442_MOESM3_ESM.mp4
このビデオは48時間の間のロボットの動きを2880倍の速度で見たものです。そのほかにもロボットの夜間の動きや、書く操作の詳細など全部で6本のビデオが以下のページに挙げられています。https://www.nature.com/articles/s41586-020-2442-2#additional-information
3)Michael SachsらNat. Commun. 2018, 9, 4968. https://doi.org/10.1038/s41467-018-07420-6
4)ガウス過程回帰に基づくベイズ学習という人工知能の手法が用いられているそうです。
5)Natureの雑誌の目的は、”Nature is a weekly international journal publishing the finest peer-reviewed research in all fields of science and technology・・・・・”だそうです。

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坪村太郎

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。