アクロバティックな元素ビスマスの実験

元素記号Bi、原子番号83の元素、ビスマス。古くは「蒼鉛(そうえん)」とも呼ばれた。ビスマスの歴史的な物語については、元素の歴史の記事「ビスマス(Bi)~蒼鉛は青いか」を参照されたい。

 

ビスマス(左上は1立方センチメートル)

Alchemist-hp による https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bismuth_crystals_and_1cm3_cube.jpg ”ライセンスはCC BY-SA3.0 (Wikimedia Commons)

「半金属」という言葉は、教科書や辞典などで、半金属を金属と非金属との中間的な性質をもっている元素の総称、という風に説明されている。ビスマスのような「半金属」については、『金属と同じように自由電子(正孔)をもっているが,その密度が金属に比べてはるかに小さい(1/10000程度)物質をいう。低温では特異な電気的,磁気的性質を示す』という化学辞典による説明の方がしっくりくる。ビスマスのような半金属の場合、電子伝導性についてのバンド理論によると、伝導帯と価電子帯が重なっているため、電子の一部が価電子帯から伝導帯へと移動することで価電子帯に正孔が生じ、伝導帯は価電子帯から電子を受け取ることができ、伝導電子を生じることができる。

ビスマスは近年(2005年)提唱され実験的にも立証されている「トポロジカル物質」としても有名である。トポロジーとは、メビウスの輪のように、表と裏が区別できるかできないかなど、不連続と連続な形を分類する数学的な概念である。このようなトポロジカル不変量で説明される絶縁性と超伝導性を示す物質、ビスマス単体またはその混合物が代表的なトポロジー物質である。

メビウスの輪

Dbenbenn によるhttps://commons.wikimedia.org/wiki/File:M%C3%B6bius_strip.jpg ”ライセンスはCC BY-SA3.0 (Wikimedia Commons)

また、ビスマスは微量な不純物として、合金やセラミックスに混入させるだけで、大きな物性変化をもたらすため、「アクロバティックメタル」とも呼ばれている。ビスマスは、一方で鉛フリー材料への鍵も握っている。これまでに電子デバイスの微小部分の接着剤として「はんだ」使われているが、鉛の生体毒性や環境負荷の意味で鉛フリーの材料が求められてきた。ビスマス単体は脆い性質を有するが、それ自身に毒性がない。ビスマスは合金化することで硬度、融点、延性などを制御できることから、「はんだ」やメッキにおいてビスマス合金が利用されている。

 

実験1 ビスマスの虹色結晶を作ろう

手作りのビスマス結晶

ビスマスの結晶づくりが流行っているようだ。融点が低いことから比較的扱いやすく、基本的にはビスマスの単体を溶融して冷却するだけの作業で、家庭のガスコンロでも結晶づくりが可能だ。「骸晶(がいしょう)」と呼ばれる不思議な形と、表面の虹色の輝きにハマってしまう人が多いと聞く。手作りによって世界に二つとないオリジナルの形を作ることができ、愛着もわくだろう。実験の詳細は、次のページを参考にされたい。
https://www.kojundo.blog/daily/1022/

骸晶(英語ではHopper Crystal)の成長には結晶化の駆動力が影響する。過冷すると冷却速度が速くなり結晶のサイズが大きくなりやすくなる。つまり、速く冷やせば骸晶になりやすいが、その冷却速度があまりにも速すぎると結晶成長が進行せずに小さな結晶の集合体になる。結晶が形成するためには物質の拡散が必要だが、この拡散は三次元的に生じる。ビスマスを溶融してから結晶を成長させる場合、結晶面の端と比べると、中央部ほど過飽和度が低い。結晶が形成される過程で中央部に比べて端や稜はより大きな過飽和度の液体と接しているため結晶成長速度が大きくなる。この作用が大きくなると結晶の末端部だけが成長していくため写真のような骸晶を形成する。ビスマスの結晶づくりにおいては、基本的には温度と溶融液全体の冷却の仕方で結晶の形や大きさが決まる。骸晶は、ビスマスだけでなく、雪の結晶、タンパク質などの有機物の結晶、食塩(塩化ナトリウム)、そして自然界ではマグマ(溶融岩石)の結晶にも見られる。

 

実験2 新規材料の合成に大活躍!「アクロバティック」なビスマス

1)負の熱膨張つまり「温めると縮む」性質を示す新材料

世の中のほとんどの物質が昇温とともに熱膨張するのに対して、反対に温度が上昇すると収縮する材料が、東京工業大学東教授らによって合成された。「ペロブスカイト構造」を持つ酸化物BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)は、室温附近で、温度上昇1℃当たり100万分の187(-187×10-6 / ℃)収縮するという。添加元素の量を変化させることで負の熱膨張が現れる温度域を制御できる。また、BiNi0.85Fe0.15O3の粉末をビスフェノール型のエポキシ樹脂に、18体積%分散させた複合材料を作成することにも成功した。この材料は、温度上昇1℃当たり100万分の80(80×10-6 / ℃)というエポキシ樹脂の熱膨張を相殺し、27~57℃の範囲でゼロ熱膨張を実現できる。

図 (左)BiNi1-xFexO3の結晶構造が高温で収縮するしくみ と (右)18体積% BiNi0.85Fe0.15O3/エポキシ樹脂コンポジットの写真
図面・情報提供ご協力:東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所東正樹教授https://www.titech.ac.jp/news/2015/029988.html

今回、新たに発見された負の熱膨張材料は、精密な光学部品や機械部品などでの利用が期待されている。その他、長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する、高精度のセンサー材料への応用へつながることも考えられている。

 

2)鉛フリーのビスマス圧電材用

圧力と電気を変換できる圧電材料はセンサーやアクチュエーター(駆動装置)として、インクジェットプリンター、カメラその他電子機器に使われている。従来は鉛含有のPZTが多用されているが鉛フリーつまり、非鉛材料の開発が広く求められている。東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所では、新しくコバルト酸鉄酸ビスマス圧電体を開発した。それだけでなくその結晶構造において、薄膜形態で安定化させることで特性を評価できたという。圧電特性は、結晶歪みの大きな構造、すなわち分極が回転する余地のある構造ほど向上することがわかった。この成果は、新しい非鉛圧電体の開発につながると期待されている。

図 正方晶(左)、菱面体晶(中央)と、MA型の単斜晶圧電体の結晶構造(右)
正方晶相と菱面体晶相では矢印で示した電気分極の方向が固定されているのに対し、単斜晶相では分極の方向がピンクの面内で回転できる。
図面・情報提供ご協力:東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所東正樹教授
https://www.titech.ac.jp/news/2016/035983.html

 

3)室温で強磁性・強誘電性が共存する物質を発見

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の研究グループは、室温で強磁性・強誘電性が共存した物質を実現することに成功した。ここでもビスマスが活躍。同研究グループは、コバルト酸鉄酸ビスマスの成長する方向を工夫し、薄膜形態で安定化をさせることで、強い誘電性と強い磁性の共存を明らかにすることができたという。今回の成果は、室温における強磁性と強誘電性の共存を、コバルト酸鉄酸ビスマス薄膜について実験的に証明したことになり、これらの材料を使った新しい磁気メモリー実現への期待が高まった。

図 鉄酸ビスマス(左)とコバルト酸鉄酸ビスマス(右)の磁気構造の違いを示す模式図。

鉄酸ビスマスは反強磁性体であるためスピンの磁化は打ち消し合い自発磁化は現れない。一方、今回の発見では、コバルト酸鉄酸ビスマスはスピンが傾斜しているため、磁化は打ち消し合わずに自発磁化が現れ強磁性を示すことがわかった。

図面・情報提供ご協力:東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所東正樹教授
https://www.titech.ac.jp/news/2016/037073.html

 

参考文献
桜井弘、「元素111の新知識(ブルーバックス)」、講談社、1997年
「化学辞典 第2版」、森北出版、2009年
マイナビニュース、東大など、半金属ビスマス自体がトポロジカル物質であることを解明https://news.mynavi.jp/article/20161122-a263/
http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/issp_wms/DATA/OPTION/release20161121.pdf
日本物理学会のホームページ、JPSJ 2008年1月号の注目論文
https://www.jps.or.jp/books/jpsjselectframe/2008/2008_01.php
安藤陽一、第32回(平成26年度)大阪科学賞 受賞記念講演レジュメ 注目の新材料「トポロジカル絶縁体・超伝導体」 http://www.ostec.or.jp/pln/pri/kagaku/andou-1.pdf
中込真、「美しいビスマスの結晶(骸晶)をつくる」化学と教育63巻7号p.346-347(2015年)
鈴木隆介他、「Bi骸晶の色と電子状態」、北海学園大学工学部研究報告(46)159-165(2019年)
木村祐介、「ビスマスおよびビスマス合金めっき皮膜の物性」表面技術 Vol.69, No.3, p.108-111(2018年)
高純度化学研究所 公式ブログ「金属の専門家がついに公開!きらびやかなビスマス(Bi)結晶の作り方」
高純度化学研究所 公式ブログ「熊谷西高等学校でビスマス結晶の実験を実施しました」
東工大ニュース 「温めると縮む」新材料を発見
https://www.titech.ac.jp/news/2015/029988.html
東工大ニュース 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認―圧電メカニズムを実験で解明、非鉛材料の開発に道―
https://www.titech.ac.jp/news/2016/035983.html
東工大ニュース、「室温で強磁性・強誘電性が共存した物質を実現―低消費電力・超高密度磁気メモリー開発に道―」
https://www.titech.ac.jp/news/2016/037073.html

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。