くるくる回る化学反応 ~同心円型多層反応装置~

皆さんこんにちは。本日は極めて斬新な回転式の反応装置のご紹介です。さて、水と油を容器に入れて振り混ぜても、すぐに2層に分離しますよね。ドレッシングでは、食用油は水よりも軽いので油が上で水が下になります。図1(A)のように、水とは混ざらず比重が異なる2種類の油を用いて、重い油、水、軽い油の順に溶液に入れると3層になります。もし重い油と軽い油が自在に混和してしまうとしても、間に水層があるので混ざりません。最近韓国とポーランドの化学者のグループは、複数の層を縦に並べるのではなく、回転式の容器を用いることで多数の溶媒を横に並べて、化学反応や分離に利用することを考えました1

図1 (A) 重い油(比重>1)と水と軽い油(比重<1)を順に入れると3層が分離した液体となる。(B) 今回の回転式反応槽の概観。(C) 回転式反応槽の断面図。回転状態で青色の液体を注ぐと内壁に沿って層状になる。(D) さらに黄色の液体(比重は青色の液体より小さい)を注ぐと青色層の内側に広がる。上から見ると同心円状に見える。

 図1(B)のような概観の容器を高速で回転できるようにしました。横から見た断面図が(C)のようになっています。この容器を回転させながら(毎分数百~数千回転程度)、溶液を注入すると遠心力により溶液は壁に張り付き、一定の厚さの層となります。さらに回転を続けながら、最初の溶液とは混ざらず比重が少し小さい溶液を加えると、先ほどの層の内側にもう1層溶液の層を作ることができます。隣り合った層の液体同士が互いに混ざらず、比重が順番に小さくなる溶液を作れば、何層もの同心円状の層を作ることができるのです。論文のサイトには層を作るビデオが掲載されていますので是非視聴してみてください2。論文の筆者は最大22種の液体を同心円状に並べることができたとしています3
この多層液体の利用にはさまざまなものが考えられます。論文の中から2つの例を紹介しましょう。一つめは多段階の化学反応です。化学反応によって原料から製品を作る場合、1回の反応では製品とはならず、何段階もの反応を経て最終製品になることはよくあります。そのような場合、まず原料を溶液中で反応させたのちに、反応溶液から生成物を取り出し、さらに別の溶液中で次の反応を行うという手順を繰り返すというのが通常のやり方です。今回開発した多層系を利用すると、このような一連の反応が手間をかけずに順番に進み、最終生成物が得られるようになると研究者らは考えました。多層の液体の中で順番に化学反応が進行し、生成物が次の層に移動していけば、いちいち生成物を取り出して次の容器に入れる必要がありません。そこで例えば図2のような反応を考えました。この例では、反応のための2つの原料はトルエンという有機溶媒には溶けますが、水には溶けません。しかしその反応の生成物[1]は水によく溶けるので水層に移動します。そこでは炭酸カリウムと反応して、今度はジクロロメタンに溶けやすい生成物[2]が生成し、それがジクロロメタン層に移動します。最後に、2分子の生成物[2]がテレフタルアルデヒドと反応することで生成物[3]ができるというわけです。

図2 (A) 回転式反応容器での3層系の模式図。 (B)  3層系反応容器で行う、Wittig反応と呼ばれるリンの化合物を利用する3段階の有機化学反応の化学反応式。生成物3の構造について生成する異性体は省略している。

 ひょっとすると皆さんは、別にこの反応なら回転式の多層系でなくても、通常の容器中で縦に3層重ねればいいじゃないかと思うかもしれません。しかし、分子が液体の中を移動(拡散)していく速度は通常極めて遅いので、それでは反応がなかなか進行しないのです。この回転式の反応容器では、一定速度では分子の層と層の間の移動速度は遅いのですが、回転速度は多少早くしたり遅くしたりを繰り返すと層の間で若干両層の溶媒が混ざることで分子の移動が極めて速くなるのだそうです。水層の厚さや回転速度をうまく制御することで生成物[3]が収率よく得られたと報告しています。
今回ご紹介する実例のうちもう一つは、物質の分離への応用です。図3にその概略を示しました。食品関係の仕事では、アミノ酸、糖類、乳酸などの有機酸、さらに無機の陽イオンや陰イオンが混合している水溶液からアミノ酸のみを分離したいということがしばしば想定されます。今回、アミノ酸のみが抽出剤を含む有機溶媒に溶け込むことを利用して、アミノ酸の1種であるフェニルアラニンを分離することが試され、前述の回転速度の制御を行った結果、フェニルアラニンが高収率で分離できたことが示されています。

図3 (A) 3層の回転式抽出分離装置の概観図。 (B) 抽出分離のしくみ。外側の第1層には、無機イオン、糖類、有機酸、アミノ酸の混合物が含まれている。これらはすべて有機溶剤には溶けないが、有機抽出剤(リン酸ビス(2-エチルヘキシル))が第2層の有機溶媒層に溶けていると、アミノ酸のみが第2層に抽出される。さらに第3層を強酸性の水溶液にしておくとアミノ酸は第3層に抽出される。

 昔遊園地に円形の部屋に入ると部屋が回転して周りの壁に押しつけられ、床が下がっても落ちずに壁に張り付いたまま回っているというアトラクションがありました。多分多くの方はこのようなアトラクションのことはご存じないでしょうが、今回私はそれを思い出しながら、誰も全く思いつかないような発想で化学にチャレンジする今回の論文を大変興味深く読みました。日本でも新たな発想がもっとたくさん生まれることを願っています。ではまた次回お会いしましょう。

 

1)Cybulski, O.; Dygas, M.; Mikulak-Klucznik, B.; Siek, M.; Klucznik, T.; Choi, S. Y.; Mitchell, R. J.; Sobolev, Y. I.; Grzybowski, B. A. Nature 2020, 586 (7827), 57–63. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2768-9.
2)https://www.nature.com/articles/s41586-020-2768-9#Sec3  この論文のSupplementary Informationには多数の動画がアップロードされています。例えば示したurlページの最初の” Sequential loading of liquids by deposition on the floor of the rotating chamber“のところをクリックすると最初の動画がダウンロードできます。なおビデオではゆっくり回っているように見えますが、ストロボスコープ撮影なので実際は高速で回転しています。その他にも以下のページに多くのビデオがあります。
3)Chem. & Eng. Newsのサイトに写真が出ています。 https://cen.acs.org/synthesis/reagents/Pirouetting-reactor-run-purify-multistep/98/i38 (accessed Oct 31, 2020).

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坪村太郎

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。