新しい高潤滑材料

皆さんこんにちは。本日は潤滑材のお話です。滑りをよくするためには油がよく使われますね。液体の油ではなく、固体の潤滑材というのもあります。例えば鍵がスムーズに回らなくなったときは、油を差すのはNGで(ホコリなどが固まって付着するからだそう)、鍵用の潤滑剤である窒化ホウ素(BN)の粉末を混ぜ込んだスプレーを使うといいとのことで、私も自宅で購入して使っています。鉛筆の芯の粉を鍵につけて差し込むのも有効とのことです。鉛筆の芯には黒鉛が入っています。黒鉛は皆さんご存じの通り、図1のように炭素原子が六角形の蜂の巣のように平面状に並んだシートが重なった構造となっています。層と層の間は弱い力で結ばれているだけなので、わずかな力でも層がはがれるのです。このために潤滑剤としても使えるというわけです。黒鉛と似た構造を持つ物質として、上に示した窒化ホウ素の層状化合物(六方晶系窒化ホウ素という)があり、優れた潤滑剤として知られています1。今回は層状構造をもつ物質を紹介し、最新の研究に迫ります。

図1 黒鉛の構造 六角形の蜂の巣のように平面上に並んだシートが重なった構造
以下のサイトのデータを用いて描画;Materials Data on C by Materials Project, 2020. https://doi.org/10.17188/1208406

硫化モリブデン(図2)も層状構造の高性能固体潤滑剤として知られ、車のオイルなどに添加されています。ただ、耐久性が今ひとつであるなどの問題点が指摘されてきました。10年ほど前にMXene(マクシンと発音するようです)と呼ばれる新しい層状物質が作られました。MXeneはMn+1XnTx という組成で表される層状化合物です。Mはチタンやモリブデンなどの金属原子、Xは多くの場合炭素原子、そしてTは末端(Terminal)の原子で酸素やフッ素原子などのものが報告されています。MXeneは図3に示すものでは、3つの金属原子の層の間に炭素原子の層がそれぞれ1層ずつあり、層の外側(図の上下方向)には酸素などの原子が配列した構造となっています。このようにMXeneも、1層ずつはがれやすい構造であることがわかります。このMXeneは導電性を有することから、様々な電池材料やコンデンサ材料として、また触媒や水の精製などの応用も研究されてきました2。そのような状況の中、最近オーストリア、ドイツ、チリらの研究者からなる研究グループが、MXeneが摩耗に強い潤滑剤として使えるということを示しました3

図2 硫化モリブデン(MoS2)の構造 これも平面上に並んだシートが重なった構造となっている。黄色がイオウ原子、緑がモリブデン。層間の結合は弱いので容易にはがれることで潤滑作用を示す。
以下のサイトのデータを用いて描画;Materials Data on MoS2 by Materials Project; mp-2815; Lawrence Berkeley National Lab. (LBNL), Berkeley, CA. LBNL Materials Project, 2020. https://doi.org/10.17188/1202268

図3 (a) MXeneの層状構造を横から見た図。緑が金属原子、灰色が炭素原子、赤が酸素原子。層状の構造をしていることが分かる。隣の層との酸素原子間の距離は2.8Å程度あり、長いため容易に切れて層がはがれる。 (b) MXeneを上から見た図
Shi, C.; Beidaghi, M.; Naguib, M.; Mashtalir, O.; Gogotsi, Y.; Billinge, S. J. L. Phys. Rev. Lett. 2014, 112 (12), 125501. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.112.125501.のデータを用いて描画

今回の研究では、非常に平滑なステンレスの板の上にMXene(Ti3C2Tx、Tは酸素とフッ素の混合)をごく薄く(厚さ100 nm)塗ったものを用い、それに6mm直径の窒化ケイ素(Si3N4、非常に固い材料として知られる)の球を押しつけた状態ですべらせて摩擦を調べました。その結果ステンレスのみの時に比べて摩擦は1/6となったのみならず、10万回往復させた後でも、その性能をほぼ保っていたのです。MXeneよりも摩擦自体は低くなる潤滑材料は知られている(例えば先ほどの硫化モリブデン)のですが、これほど長時間にわたって低摩擦を保つものは知られていません。先ほどの硫化モリブデンに比べると、今回の材料は耐久性が約4倍であるという結果が得られています。なぜ今回のMXeneがこのような優れた耐摩耗性を有するのかについて、こすり合わせた部分の組成を調べることを中心に研究が行われました。その結果、図4に示すように、摩擦によってMXene層の一部がMXene層に触れあうセラミック球の表面へ移動し、摩擦がMXene同士で起こるために長持ちするという機構が提案されています。

図4 (a) ステンレスの上にMXeneの層をつけたものとセラミック球の摩擦の実験図。
(b) 次第にMXene層の一部がセラミック球側に移動し、MXene同士の摩擦となる。これによって摩擦が低い状態が長持ちする。

MXeneは比較的新しく開発されたもので、潤滑剤としての研究はまだ始まったばかりで大きな進歩があり得ると論文の著者は述べています。MXeneは構成元素であるM、X、Tを様々に選択しうる材料です。そのために今回用いられたもの以外にもまだまだ優れた材料があり得るでしょう。省エネルギーにもつながるすてきな研究ですね。それではまた次回お会いしましょう。

 

1)窒素Nは炭素Cより1つ原子番号が大きく、ホウ素Bは1つ小さいですね。従ってN-Bを組み合わせると、電子の配置という点ではC-Cの組み合わせと同等と見なすことができます。したがって、黒鉛のC-CをN-Bで置き換えるた窒化ホウ素は黒鉛と似た構造となるのです。
2)https://en.wikipedia.org/wiki/MXenes、https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201702241892550513、以上2021年5月31日閲覧
3)Grützmacher, P. G.; Suarez, S.; Tolosa, A.; Gachot, C.; Song, G.; Wang, B.; Presser, V.; Mücklich, F.; Anasori, B.; Rosenkranz, A. ACS Nano 2021, 15 (5), 8216–8224. https://doi.org/10.1021/acsnano.1c01555.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。