皆さんこんにちは。渡り鳥はどうやって行く先の方向を知るのでしょうか。いくつかの種類の動物が地磁気を認識するということが50年以上も前から知られていたのですが1、その仕組みはこれまで謎とされてきました。渡り鳥の網膜には光が当たると地磁気を感じることができる分子があるということは分かっていたのですが(図1)、今回その仕組みの一部が明らかになりました2。
図1 網膜で地磁気を感じ、飛ぶ方角を定める渡り鳥。
図2 ヨーロッパコマドリ。(wikipediaより(André Karwath aka Aka, CC BY-SA 2.5 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5>, via Wikimedia Commons)
今回の研究ではヨーロッパコマドリ(図2)という鳥の網膜にあるCRY4と名付けられたタンパク質が磁気によってどのように性質が変わるかが明らかとなりました。このタンパク質の中にはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)という光を吸収する分子1つと、トリプトファン(Trp)という電子をやりとりできるアミノ酸4つが含まれています。これらは図3のようにタンパク質中に順番に並んでいます。本研究ではCRY4中のTrpを別のアミノ酸に遺伝子工学の手法で変えたタンパク質も使って詳しくその仕組みが調べられました。FADが青色の光を吸収すると、隣のTrpから電子を奪って電子が一つ多いラジカルという状態になります。すると電子を奪われたTrpはさらに隣のTrpから電子を奪います。こうして次々と並んでいるTrpから電子を奪って一番端のTrpは電子が一つ少ない+のラジカル3となります。このようにして結局CRY4は+と-が分かれたラジカルペアーという状態になるのです。ラジカルペアーの状態になったかどうかは、精密な分光測定によって調べることができます。今回0.01テスラ4という微小な磁気をCRY4に加えるとラジカルの状態が変化し、一部が速やかに光が当たる前の状態に戻ることが分かりました。なお、渡り鳥ではない鳩や鶏のCRY4タンパク質では磁気による変化は観測されなかったのです。
磁気によってなぜラジカルの状態が変化するのでしょうか。このラジカルペアーには実はsingletとtripletという2種類の状態が含まれます。磁気が加わるとsinglet状態が増え、singlet状態の方がもとの状態に戻りやすいためにラジカルの消失が起きやすくなるということが理論的なシミュレーションから判明しました。
図3 タンパク質CRY4に光が当たった際の状態の変化。
今回微小な磁気によって、網膜のタンパク質に光が当たったときの状態が変化することが明らかとなり、これは画期的な研究です。これによって渡り鳥が地磁気を認識する機構の判明に近づいたと評価されています1。しかし地磁気の強さは、今回実験に用いた磁気の強さの1/100以下(50μテスラ)ほどしかないそうです。その程度の磁気では今回の実験結果を導くことはできません。今回の実験はタンパク質を取りだしてガラス器具の中で行われました。実際の動物の細胞の中ではさらに精密なことが起こっているのでしょう。それについてもこの論文ではいくつか考察がなされていますが、今後さらなる研究成果が望まれます。
今回私がこの論文を読んで強く感じたことは、今回の研究が遺伝子工学の手法から、分析のための分光学手法、さらに理論シミュレーションまでありとあらゆる最新の技術を駆使して、多国(英、米、独、中)の多くの研究者が協力して行われたということです。まさにこれからの研究のスタイルを表しているようにも感じました。新たな発見や技術の開発を行うには、多くの知識や技術を持っている人々の協力が必要な時代となってきていることを象徴している研究だと思ったのです。今後さらに多くの方々の協力によってますますたくさんの新しいことが分かってくることでしょう。それでは皆さんまた次回お会いしましょう。
1)Chem. Eng. News, June 28, 2021. https://cen.acs.org/biological-chemistry/Retina-protein-magnetic-compass-birds/99/i24
2)Xu, J.ら、 Nature 2021, 594 (7864), 535–540. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03618-9.
3)電子は通常2個が対になって存在します。1個の電子が単独に存在する状態がラジカルです。
4)テスラ(T)は磁気の強さを表す単位。
坪村太郎
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