銀(Ag)-200年前の東京~誹風柳多留と銀

誹風柳多留はいふうやなぎだる』(俳風柳樽とも)は,江戸時代中期から後期にかけての川柳句集で,その闊達かつたつな作風からは,江戸庶民のいきな心意気や洒落しゃれ気質がうかがい知ることができます。今回(銀)と次回(金)は,『誹風柳多留』に収録されている金,銀が詠み込まれた句をもとに,今から約200年前の江戸と庶民の風情をご紹介します。

『誹風柳多留』について

川柳集『誹風柳多留』は,1765(明和2)年に刊行が始められ,1838(天保9)年に167編で終刊しました。編者は前句付まえくづけの作者であった呉陵軒可有ごりょうけんあるべしで,初代柄井川柳からいせんりゅうから五世までの投句を刊行した『川柳評万句まんくあわせ』の中から,前句なしで独立した句が集められています。
例えば次のような句があります。昨年から世界は新型コロナウイルスのパンデミックの渦中にありますが,江戸の人々にも流行はや風邪かぜ(流行性感冒)は恐れられました。

越後屋に小半年こはんとしいる風の神
  ごふく見世みせげっそりとするはやり風

駿河町にあった越後屋(現・三越伊勢丹)のような大所帯の店では,一度ひとたび流行したら皆が完治するまでに半年はかかろう,というほどでした。昨今では〝職場クラスター〟です。普段は客が立て込む賑やかな大呉服屋の店内も,流行り風邪で奉公人が次々と休み,いつもの活気が失せています。越後屋に限らず,当時は従業員が大部屋に大人数で起居する店もありました。

 

江戸時代の流通銀貨

江戸時代の小玉こだま銀(小粒銀,豆板銀とも)は小さく,色と形がダニ(壁蝨)に似ているとしてありがたくない昆虫に喩えられました。しかし,ダニのように小さくとも大事なおかね。袋や袱紗ふくさなどに品良く包み,しゅうとめが寺参りに出かける場面です。

だに程な銀でしうとめ寺まいり

小玉銀は小額の銀貨で,秤量貨幣(重量を測り,その交換価値で流通する貨幣のこと,称量しょうりょう貨幣とも)でした。小粒の銀塊で,豆粒状や扁平なもの,形は丸いものや瓢箪ひょうたん型のものがあり,重量は不定でした。標準的な小玉銀の重量は数g程度でしたが,大小種々あり,十もんめ(約37g)程度かそれ以下のものが大半でした。

 

 

一匁の銅銭(寛永通宝)(左)と小玉銀(右)の大きさの比較
出典:As6022014による” 銀1匁(3.768g)相当の慶長豆板銀、およびほぼ1匁(3.740)の寛永通寳”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

これに対して大型の銀貨として丁銀ちょうぎんがありました。丁銀は,長楕円形(全長約16㎝,最大幅約5㎝)やナマコ(海鼠)の形で重量は四十匁(約160g)内外,表面には,代表的な石見銀山の石州銀ではユズリハ(譲葉)などの鎚目つちめが打たれています。銀貨は銀座(幕府直轄の鋳造・発行所)で作られ,「大黒」などの極印(刻字)がありました。

 
〔左〕譲葉渦文丁銀 〔右〕小玉銀
(いずれも島根県立古代出雲歴史博物館所蔵)

 

銀製の煙管きせるかんざしは〝いき〟を演出する小道具

煙管は刻み煙草たばこ用の喫煙具です。「キセル」の語は,カンボジアの言葉で「管」を意味するKhsierクセルに由来するとされます。雁首がんくび(管頭の部分)に火皿があって刻み煙草を詰め,火を着けます。吸い口と雁首は金・銀・銅・真鍮しんちゅうなどの金属で作られたものが多くありました。雁首と吸い口をつなぐ竹製の管は羅宇らおと呼ばれ,これは当初,羅宇国(現・ラオス)に産する竹が使われたことから名付けられたとされます。(煙管,羅宇の語源には他説もあります)

 

 

 

 

煙管きせる
出典:The Cleveland Museum of Artによる”Tobacco Pipe”ライセンスはPublic Domain Dedication(WIKIMEDIA COMMONSより)

  銀ぎせるけさんにおいてうなる也
  銀ぎせる銀のやうだとおやぢいひ

銀煙管は粋を競ってお洒落に持ち歩く道具の一つでした。一つ目の句にある「卦算けさん」は,横長で中央につまみのある文鎮ぶんちんのことです。浄瑠璃じょうるり本を開き,その上に愛用の銀煙管を文鎮代わりに置いて富本とみもと新内しんない(浄瑠璃の一流派で,富本節,新内節)のさわりを語る。粋な旦那芸が始まるところです。
二つ目の句は,内緒で買った銀煙管を目ざとく見付けた父親に,本物のようじゃないかと言われ,さては見抜かれたか,と冷や汗をかく場面です。

  銀ぎせるあつたら事に手ではたき
  銀ぎせるおとしたはなし三度きゝ

銀は高価で,銀煙管もまた高価でした。その反面,煙草盆などの縁でたたいて灰を落とすときに傷が付きやすいのが難点でした。「あったら事」は「惜しい事,残念な事」の意味で,せっかくの粋な小道具を持ち合わせながら,しみったれた者は,傷が付くのがいやで,手の平におそるおそる当てて灰を落とす無粋な振る舞いをするものだ,という句です。
二つ目の句は,銀煙管を自らの不注意でどこかで紛失してしまった道楽者でしょうか。本当に惜しいことをしたと何度も人に話す情景です。「三度」には「何度も」の意味もあります。

井戸がへに出るかんざしは銀ながし

銀の簪もまた非常に高価で,庶民には手が届かない贅沢品でした。「井戸替え」とは,底に土砂やゴミなどがたまった井戸を,年に一度,長屋の住人が総出そうでさらう作業のことです。井戸が深いほど釣瓶つるべの綱が長いので,大勢の人が力を合わせて綱を引き,水をかい出しての大掃除です。
そんな時,井戸の底から簪が出てきました。見ると銀流しの安物です。おそらくは,水汲みの折にでも女性の髪から落ちたものに違いなかろう,というわけです。「銀流し」とは,水銀に(砥石を削ったり,黄土を焼いたりしてつくった粉末で,刀磨き,木材の着色剤,漆器の下地剤,舞台化粧などに使われました)を混ぜ,銅や真鍮にこすり付けて銀色にしたもので,銀メッキよりも安い二級品,三級品でした。

 

 

 

 

 

結い上げた女性の髪を飾る簪
(切手趣味週間記念切手・1955年発行,
喜多川歌麿「婦人相学十体」のうち「ポペンを吹く娘」)
出典:日本国郵政省による”切手趣味週間、喜多川歌麿作「ビードロを吹く娘」”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

参考文献
「誹風柳多留」濱田義一郎・佐藤要人監修(社会思想社,1986・1987年)
初篇(教養文庫1135)濱田義一郎校注  二篇(教養文庫1136)鈴木倉之助校注
三篇(教養文庫1137)岩田秀行校注   四篇(教養文庫1138)八木敬一校注
五篇(教養文庫1139)佐藤要人校注   六篇(教養文庫1201)粕谷宏紀校注
七篇(教養文庫1202)西原 亮校注    八篇(教養文庫1203)室山源三郎校注
九篇(教養文庫1204)八木敬一校注   十篇(教養文庫1205)佐藤要人校注
「松江文庫8 石見銀山を読む-古図・絵巻・旧記・石州銀」鳥谷芳雄著(報光社,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。非常勤講師として2019年に名古屋工業大学「科学史」(工学部二部),2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」(全学部共通)を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。