ウィスキーの熟成度を知る画期的な方法

ウィスキーがお好きな方も多くいらっしゃるとおもいます。ウィスキーは穀物を発酵させてまず糖分をつくり、それをアルコール発酵させ、さらに蒸留して作られます。ウィスキーは蒸留後木の樽に詰められて成熟される間に豊かな風味と着色が起こることが特徴となっていますが、こうして得られた原酒をブレンドして製品となります。原酒の熟成度合いを見極めることがおいしいウィスキーを作る際のきわめて重要なポイントですが、これは従来職人の腕と経験によってきました。
ウィスキーの熟成度合いを科学的な方法で知る試みはこれまでにもなされてきました。例えばガスクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーという手法によって成分を分析したり、赤外を用いる分光法やラマン分光といった手段で研究したりすることが行われてきましたが、これらは高価な機器を必要とします。また指示薬を加えて判別を行うことも報告されていますが、多くの場合あまり有用な情報は得られていないのが現状です。

図1 様々な市販のウィスキー0.05mLにテトラクロロ金酸水溶液(濃度2.5×10-4mol/Lの溶液を0.05mL)を加えて放置したときの色。Tescoは英国の大手スーパーマーケットTescoのオリジナルブランド。Chitaは日本の知多半島、Highland ParkとLaphroaig とJura 10はそれぞれスコットランドの島部、Jamesonはアイルランドで製造される。スコッチに混じって日本産が一つ入っているのが誇らしく感じました。
この図はJ. Gracieらの論文 ACS Appl. Nano Mater., 2022, 5, 15362–15368.のFigure 1の一部です(CC BY4.0)。

 今回スコッチウィスキーの本場であるイギリスグラスゴー大学の研究者が中心となって、新しく、簡便なウィスキーの熟成度が分かる方法を見いだしました[1]。それはウィスキーにテトラクロロ金酸(正式にはテトラクロリド金(III)酸、HAuCl4)という試薬の溶液を入れてしばらく置くだけ!という方法です。すると15分もたたないうちにウィスキーは赤っぽい色に変色していきます。図1は様々な市販のウィスキーに金試薬を入れたおいたときの色を示しています。不思議なことに、同じようなアルコール濃度でもウォッカや単なるエタノール(EtOH)溶液では色はつきません。また、樽に入れて熟成の時間がたったウィスキーほど、金試薬を入れたときの色も濃くなっていくことも分かりました。

図2 ウィスキーなどにHAuCl4溶液を加えたときの吸収スペクトルの変化(5分おきに測定したデータ)。Tescoウィスキーでは直ちに可視域(約400-700nmの波長)のうち短い波長の光の吸収度合いが増えて行き、長い波長(600nm~の赤い光)はあまり吸収されないことが分かる。これによって赤く着色する。ウォッカ、エタノール溶液、水ではほとんど変化が見られない。この図もJ. Gracie,らの論文 ACS Appl. Nano Mater., 2022, 5, 15362–15368.のFigure 1の一部です(CC BY4.0)。

 どうして色がつくのでしょうか。金のナノ粒子と呼ばれるものが生成しているというのがその理由です。金属原子が集まってナノメートルサイズの粒子になるとナノ粒子と呼ばれます。金属単体は光をぴかぴかと反射しますが、ナノメートルサイズになると全く違う性質を示すことが知られています。ナノ粒子は、多くの場合着色していて、しかも同じ金属を使った場合でもその大きさによって色が異なるのです[2]。ナノ粒子はプラズモン共鳴という現象によって着色して見えると説明されています。
ではどうしてウィスキーによって金のナノ粒子ができるのでしょうか。もともとの試薬HAuCl4は+3価の金イオンを含んだ化合物です。これがウィスキーの(アルコール以外の)成分によって還元され、金の単体となり、それがナノ粒子を形成すると考えられます。ではどのような成分があるとナノ粒子ができるのでしょうか。上記の研究論文ではその点を様々な分析手法を使って詳しく研究しています。その結果ウィスキー中にアルデヒド(H-C=Oを含む有機化合物)があると、そのような反応が進むということが分かりました。例えば図3に示すようなアルデヒドが多いと金ナノ粒子の生成が多くなることが分かりました。熟成中に樽からこれらの成分がウィスキーに移ってそれによってウィスキー特有の芳香をだすようになるのです。図1を見ても分かるようにウィスキーの銘柄によっても金ナノ粒子の色は異なります。これは生成する金ナノ粒子の形や大きさが異なるためですが、熟成中に生成する成分の違いが見た目でも判断できることを示しています。

図3 ウィスキーの熟成に伴って増えるアルデヒド成分の例。赤い部分がアルデヒドであることを示している。左からアセトアルデヒド、フルフラール、バニリン。

 今後さらに多くの成分が検出できるようになり、熟練ブレンダーたちの意見とつきあわせることでウィスキーの成熟具合の化学センサーとなるようにすることが目的だと論文の筆者たちは述べています。非常に簡単なテストで複雑な現象が分かるのは面白いですね。それではまた次回。

 

[1] J. Gracie, F. Zamberlan, I. B. Andrews, B. O. Smith and W. J. Peveler, ACS Appl. Nano Mater., 2022, 5, 15362–15368. この論文はオープンアクセスなので誰でも見ることができます。https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsanm.2c03406
[2] 金属ナノ粒子については東京大学の立間徹先生のwebページにわかりやすい解説があります。http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/~tatsuma/pics.html

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。