指輪から原子炉やスペースシャトルまで~美しく強い材料を支えるジルコニウム

元素記号Zr、元素番号40の元素、ジルコニウム。元素の発見は1789年 Klaproth が鉱石から酸化物として得たことが最初で、その後1824年Berzelius が不純物を含む形で金属ジルコニウムを取り出すことができた。それから約100年後の1925年に Arkel と Boer がヨード法によって高純度の金属を得ることに成功した。金属ジルコニウムは灰白色で光沢を示すが、表面に高密度の安定な酸化物被膜を形成する。ジルコニウムの地殻存在量は比較的多く、オーストラリアや南アフリカから多く採掘されている。自然界にはジルコンまたは珪酸ジルコニウム(ZrSiO4)やバッデレイ石(Zr2O)などの形で存在することが多い。隕石にも存在が認められ、重い元素が合成される恒星からもジルコニウムのスペクトルが観測されることから巨星など宇宙でも生成されていることがわかる。

ジルコニウムそのもの、またはその化合物は高屈折率、耐食性、高融点といった特性から、宝石や装飾品、釉薬、耐火物、鋳物砂、タイルやセラミックの原料、排気ガス浄化用助触媒(以下、排ガス助触媒)、酸素センサーなど身近な用途から特殊な用途まで幅広い分野で活躍している。無色のジルコンはダイヤモンドに似た輝きを見せ、ときにダイヤモンドのイミテーションあるいは代用品として使われる。

(左)ジルコン(中国雲南省産)、(右)バッデレイ石(ミャンマー、モゴック西方産)
http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/gallery9/618zircon.html
http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/gallery9/617baddeleyite.html
写真提供ご協力:鉱物たちの庭ホームページ管理人

 

(左)ジルコニウムの単体 (右)ブリリアントカットされた立方晶ジルコニア(ZrO2)
(左)Alchemist-hp による https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Zirconium_crystal_bar_and_1cm3_cube.jpg 「Zirconium crystal bar and 1cm3 cube」ライセンスはCC BY-NC-ND 3.0
(右)Gregory Phillipsによる https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CZ_brilliant.jpg「CZ brilliant」ライセンスはCC BY-SA 3.0

 

 

 

実験1 ジルコニウムとチタンの指輪は何が違う?酸化被膜の比較実験

ジルコニウムの指輪は酸化被膜の厚みを変化させることによって写真のようにカラーバリエーションを持たすことが可能である。しかもジルコニウムの酸化被膜が化学的に安定であるため、経年や紫外線などでもその美しい色は変わらない。ときに1色どころか虹色に輝くカラーを見せる指輪まで作られている。ジルコニウムと同様にチタンも酸化被膜の厚みによって鮮やかなカラーを見せる。どちらも最近注目されている結婚指輪の素材だ。

図 ジルコニウムの酸化被膜とカラーバリエーション 結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)ホームページより https://www.sora-w.com/contents/care/color_change/

 

この二つの指輪の酸化被膜の強度について結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)が実際に次のような比較実験を行っている。
①ジュエリークロスで100回ほど擦る。
②歯磨き粉を付けて50~100回擦る。
③砂で擦る。
実際に表面がどう変化したかを写真で見て考察してみよう。

 

最初の状態 左:チタン/右:ジルコニウム(以下同様)

 

①ジュエリークロス

 

②歯磨き粉

 

③砂場の砂

 

結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)ホームページより
https://www.sora-w.com/contents/material/titanzirconium03/

 

実験前の最初の状態を見てみると、チタンとジルコニウムの指輪は酸化被膜を調整すると区別がつかないほど同じ色と輝きをしている。①ジュエリークロスで100回ほど強い力で100往復ほど擦る実験では、チタンの方は色の変化が生じるが、ジルコニウムは変化がないことがわかった。②歯磨き粉を付けて指で擦り続ける実験では、チタンは50回往復で色が変化し始め、ジルコニウムは100回往復でやっと色が変化した。③砂場の砂で擦った実験では、写真のとおり色の変化というよりは機械的に傷がどちらの指輪にも入ってしまっている。砂には石英や長石などの硬い鉱物が入っているため、さすがにどちらも砂には敵わないようだ。

総合的に見ると、酸化被膜の化学的・物理的な安定性はジルコニウムの方が高く、同じ色が長持ちすることがわかる。

結婚指輪の色が変化をしないことを望むならジルコニウム、最初のカラーから徐々に変わるカラーを楽しみたいならチタン、ということになるだろうか。またいずれの酸化被膜も「付け直し」が可能なので、アニバーサリーなどに二人が揃って“お色直し”を楽しむのもいいかもしれない。

 

実験2に関連する写真・情報提供ご協力:結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)

 

 

 

実験2 原子炉のメルトダウンとジルコニウム合金の反応

Zrは熱中性子吸収断面積(核反応を起こす割合を表す尺度)が最小であるため、燃料棒の被覆管材料として最適な材料と考えられている。原子炉では、ジルコニウム合金(ジルカロイ)が燃料被覆管の材料として用いられている。原子力発電所の原子炉のタイプ、沸騰水型原子炉(BWR)用と加圧水型原子炉(PWR)用とではジルカロイの組成が若干異なったものが使われている。例えばPWR用のジルカロイはBWR用に比べて鉄は若干多くニッケルは少なく含まれており、水素吸収による脆化がおきにくいように改良されている。

ジルコニウムは水との酸化反応によって腐食が進み、生成した水素を吸収して水素化物を形成することがある。これが燃料被覆材中で半径方向に優先的に並ぶ現象が生じると脆化して、き裂生成の可能性が高くなる。福島原子力発電所におけるメルトダウン事故では、ジルコニウム合金が高温で水蒸気と反応して酸化物に変化しながら発熱をしたことが指摘されているが、そのことが直接のメルトダウンや核物質の拡散にどの程度寄与したかについては専門家によって意見が異なっている。

 

 

 

 

 

図 燃料集合体の構造
一般財団法人日本原子力文化財団、原子力・エネルギー図面集、5-1―7燃料集合体の構造と制御棒より引用

 

 

実験3 厳しい環境下で使用可能なジルコニア(YSZ)の創出

酸化ジルコニウム(ジルコニアZrO2)は1,170℃以下では単斜晶系で、1,170から2,370℃までは正方晶系となり、2,370℃から融点(2,680℃)では立方晶系となる。ジルコニアはZr4と O2からなるイオン性結晶であり、Zr4と O2のイオン半径比は 1.75である。Zr4は酸素 8 配位(蛍石構造)をとるには小さすぎて、酸素 6 配位(ルチル構造)をとるには大きすぎている。そのためZrO2 は室温では酸素 7 配位に対応する単斜晶構造をとっている。つまり、酸素八面体(6 配位)の 1 つの面(三角形)の中心に酸素を 1 つ加えた構造をとっている。しかし高温になると熱振動により陽イオンと陰イオンのイオン半径が見かけ上いずれも大きくなり見かけ上のイオン半径比が小さくなる。その結果、結晶系の変化つまり相転移が生じる。これが約4%収縮の体積変化の要因となっている。この体積変化はジルコニアを含むセラミックスを焼成して形成する際のひずみやクラックを引き起こすことになる。

図 ジルコニアの温度変化による相転移と結晶構造
情報・図面提供ご協力: 東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 幾原雄一教授 および
東ソー株式会社 主席研究員 松井光二様
参考:国立研究開発法人 物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンターhttps://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/41.html

 

これを解決するために、添加物を入れることで安定化されたジルコニアは耐火物の原料になる。例えばイットリウムの酸化剤イットリア(Y2O3)を3 mol%加えたイットリア安定化ジルコニア(YSZ: Yttria Stabilized Zirconia)は、イオン伝導率に優れ、酸素センサーの素子や固体酸化物型燃料電池(SOFC:solid oxide fuel cell)の電解質に利用されている。融点が2700℃と高く耐熱性があることからスペースシャトルの外壁材にも使われた。しかしそれでもジルコニアがある程度の温度や水分の影響で長時間の使用による機械特性が低下、いわゆる低温劣化現象(LTD:Low Temperature Degradation)はイットリアを添加したYSZでも起こりうる。

そこで、東京大学の幾原教授および東ソー株式会社の松井主席研究員らは、長期間安定なLTD耐性のイットリア安定化ジルコニアの合成に取り組み、これまでに提唱されていた理論では説明されない新たな相転移の現象を発見し、驚異的な LTD耐性のジルコニアの合成に成功した。この成功には、焼結温度が1300℃を超えると粒界に偏析した高濃度Yを起点にしてT相の中にC相の領域が成長していく“粒界偏析誘起相変態が起こっていることを発見したことが関連している。さらに焼結温度の選定を丁寧に行い、ごくわずかな添加物効果の知識と経験を駆使して常圧焼結可能な粉末を開発できたことが驚異的なYSDの合成を導いた。

図 1500日の長期間LTD加速試験結果(140℃熱水)
情報・図面提供ご協力: 東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 幾原雄一教授 および
東ソー株式会社 主席研究員 松井光二氏
参考:国立研究開発法人 物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンターhttps://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/41.html

 

 

 

参考文献

桜井弘「元素111の新知識(ブルーバックス)」、講談社、1997年

木口賢紀、シリーズ「金属素描」No. 2 ジルコニウム(Zirconium)、まてりあMateria Japan、第58巻 第 3 号(2019)

初谷和則、JOGMEC金属資源情報、ジルコニウムのサプライチェーン―安定供給上の課題―、「レポート ジルコニウムのサプライチェーン」、2015.11 金属資源レポート 17

結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)ホームページより
【こんなに違うの!?】実験でわかったチタンとジルコニウムの色の持ち

https://www.sora-w.com/contents/material/titanzirconium03/

結婚指輪オーダーメイドSORA®(ソラ)ホームページより
【結婚指輪におすすめ】チタン・ジルコニウム素材の魅力と違いを大解説

https://www.sora-w.com/contents/titaniumzirconium_00/

崩壊熱とジルコニウム-水反応に関する検討 – 日本原子力学会http://www.aesj.or.jp/~snw/media_open/document/nhk_saisaikougi150521/tennpu2_houkainetutojirukoniumuhannnou.pdf

亀山雅司「目から鱗の福島発電所事故の真実」、IPEJ Journal、技術士Vol.27 No.6、2015年
https://www.engineer.or.jp/c_dpt/nucrad/topics/003/attached/attach_3054_3.pdf

佐々木一哉「解説 YSZ 多結晶体の熱伝導特性へ与える欠陥構造の影響 」、Netsu Sokutei, 40(2), 65-70 (2013)

Nanotech Japan Bulletin Vol. 9, No. 1, 2016 企画特集「10-9 INNOVATION の最先端」https://www.nanonet.go.jp/magazine/feature/10-9-innovation/41.html

 

 

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。