錬金術!? 亜鉛の実験

元素記号Zn、原子番号30の元素、亜鉛。亜鉛族元素の原子は、内殻のd軌道が電子で満たされているため、一般的な遷移金属の性質を示さないことで知られる。亜鉛は、紀元前の相当前から活用されてきた7つの金属、金・銀・銅・鉛・錫・鉄お よ び 水銀に比べるとその歴史は浅い。16世紀になるまで金属亜鉛の製造が厳しかったのも、亜鉛は沸点が 907℃ で1000℃ 以上になると蒸発してしまうため、当時の技術では金属亜鉛として回収することが困難であったからと考えられている。現在、亜鉛は金属板のめっき材料や電池材料などに使われる身近な元素で、高校化学の教科書では、電池の原理を学習するところで必ず登場する金属でもある。

閃亜鉛鉱 -ブルガリア、マダン産 写真提供ご協力:鉱物たちの庭HP管理人

天然には閃亜鉛鉱(ZnS)、ウルツ鉱石(ZnS)、菱亜鉛鉱(ZnCO3)等が主な亜鉛鉱石である。亜鉛の原料としてもっとも多く使われているのは閃亜鉛鉱で天然に産する閃亜鉛鉱は不純物として鉄を含むため、濃赤~黒色である。また「水亜鉛銅鉱」という亜鉛銅の鉱床の酸化帯に生じる風化作用を受けて生じる珍しい二次鉱物もある(写真参照)。

針状の水亜鉛銅鉱(写真には、ローザ石(中央付近 微小球状)、異極鉱(中央付近 無色透明)も含まれる)-メキシコ、デュランゴ、マピミ、オハエラ鉱山産 写真提供ご協力:鉱物たちの庭HP管理人

現在の単体の亜鉛の精錬法には大きく分けて、電熱蒸留精錬法、乾式精錬法、湿式精錬法の3種類がある。

日本やアメリカで多く採用されている電熱上流精錬法では、炉に精鉱(閃亜鉛鉱ZnSを酸化して得られる酸化亜鉛(II) ZnO)を焙焼した酸化亜鉛焼結鉱とコークス(C)を入れて、直接電流を通して溶解・蒸発させ、蒸留亜鉛(Zn)を得る。

ZnO+C→ Zn+CO および ZnO+CO→Zn+CO2

乾式精錬法は上と同様に酸化亜鉛を溶鉱炉で混合加熱して蒸留亜鉛として単体を得る方法である。

湿式精錬法では、酸化亜鉛焼鉱を硫酸に溶解させ硫酸亜鉛溶液をつくる。その後それを電気分解して亜鉛を得ている。湿式法は乾式法よりも短い工程でより高純度の亜鉛地金を製造できるため、世界的に見ると最も多く取り入れられている亜鉛精錬法である。

ZnO + H2SO4 → ZnSO4 + H2O

亜鉛Znは鉄Feより酸化されやすいことを利用して、亜鉛めっき鋼板として防食に用いられる。めっき(鍍金)とは金属外部に被膜をつくることで内部の金属の腐食を防ぐ方法である。特に薄い鉄板に亜鉛めっきを施したものは「トタン」と呼ばれる。ポルトガル語の「Tutanaga(亜鉛)」にちなんでいる。亜鉛は鉄に対する犠牲防食作用が強いので、鉄の防食には欠くことのできない金属と言える。

 

実験1 錬金術? 銅貨が銀貨や金貨に変身!

錬金術が科学技術を発達させたことは間違いないようである。古来ヒトは錬金術に魅せられて金を作り出そうと繰り返し試みた話がたくさん残っている。ここでは銅板と亜鉛を使って、金・銀・銅の3色をそろえる実験を紹介しよう。

【注意】本実験で残った溶液中の亜鉛粉末は反応性が高く危険です。実験残留物の処理について責任をもって行える方と一緒に実験をしてください!

実験手順:
(1)丸い銅板またはおもちゃの銅貨を準備してきれいに磨いたあと、さらにエタノールなどで拭いておく。

(2)小さめのビーカー(100 mL程度)または蒸発皿に 3 mol/L の水酸化ナトリウム水溶液を容器の半分程度入れて 亜鉛の粉末を3~5 g程度加えガラス攪拌棒で軽くかき混ぜる。そこに銅板をその中に静かに入れる。

(2)銅板を静かに入れる。

(3) 銅板の入った溶液をバーナーで穏やかに加熱する。徐々に銅の表面が銀色に変化し始める。温度計が80℃を示す手前くらいで加熱をやめる(【注意】危険なので絶対に沸騰させないこと)。そして銅板を静かに取り出す。

(4) 銅板を純水を入れたビーカーあるいは流水で水洗いしたあと、水分をやさしく拭き取る。

(5) 銅板をピンセットでつかみながらバーナーの火で表面を一様に加熱する(火傷に十分注意する)。銀色にコーティングされていた銅板が、数秒ほどの加熱で金色に変化する。

(5)めっきされた銅板をバーナーの火であぶる。

(6) もともとの銅板、銀色になった銅板、金色になった銅板を並べて観察する。

(6)金・銀・銅のできあがり

 

写真・動画・図の情報提供ご協力:公立大学法人都留文科大学教養学部学校教育学部特任教授山田暢司先生

 

実験原理:

この実験では、銅から本物の金や銀が生成するのではない。銅板表面に亜鉛を還元析出させること、つまりめっきの化学反応によって銀色になる実験と、そのめっきされた表面の亜鉛とその下の銅が加熱溶融によって合金(金色の真鍮)が生成することを利用した実験である。下図のように、亜鉛Znは水酸化ナトリウム水溶液と反応すると、テトラヒドロキソ亜鉛(Ⅱ)酸イオン [Zn(OH)4]2 を形成する。

Zn + 4OH → [Zn(OH)4]2– + 2e ・・・①

銅は、未反応の亜鉛と接触して局部電池を構成することができる。銅板側に電子が供給されるので、水溶液中に存在する [Zn(OH)4]2は還元され、銅板上に亜鉛Znの層(メッキ層)が形成される(①式の逆反応)。亜鉛と銅のイオン化傾向を比較して、亜鉛が析出することが不思議にも思えるが銅は電子の受け渡しの役割を果たしているに過ぎない。

図 銅板の上に亜鉛がめっきされるしくみ

 

写真・動画・図の情報提供ご協力:公立大学法人都留文科大学教養学部学校教育学部特任教授山田暢司先生

その他情報提供ご協力:日本分析化学専門学校

 

 

実験2 亜鉛―アルミニウム合金の魅力と新しいめっき技術の開発

従来の溶融亜鉛めっきは、原材料に低純度の蒸留亜鉛や再生亜鉛を使うことや、釜の保護のために鉛を添加することなどが原因で、めっき皮膜に亜鉛だけでなく、鉛やカドミニウムなどの重金属の不純物が含まれることが多い。しかし、2006年にEUで施工されたRoHS指令(ローズ指令)によって、そのような特定の有害物質を含む製品の流通が厳しく制限されている。日本で生産される従来法の亜鉛めっき製品は、欧州輸出品目に適合することができないためヨーロッパの国々には出荷できない。

一方で、四季を通じて気象変化の激しい日本では高速道路の橋などを支える金属部品には潮風・雨水や温度変化に耐えられる高い耐腐食性を示す亜鉛めっき技術が必要とされていた。

不純物を含まない高純度の亜鉛を使った電気めっきも考案されたが流動性が劣るなどの理由で作業性が悪く、安定しためっきを実現できずほとんど普及されなかった。このような背景から、日本で亜鉛アルミ合金めっきという、通常の溶融亜鉛めっきに比べ高い耐食性を示すめっきを実現できる手法が約 20 年前に開発され、大いに期待されている。しかし亜鉛アルミ合金めっきは、一般的な亜鉛めっき後、さらに亜鉛アルミ合金浴に浸漬する必要があること、合金浴は損傷が激しいため、金属の釜ではなくセラミック炉を使用しなければならないことから、技術的に複雑でなかなか普及してこなかった。株式会社 駒形亜鉛鍍金所では、その亜鉛アルミ合金の製法を改良し、合金浴を必要としない、一浴式の亜鉛アルミめっき方法を開発することに成功した。しかも1%のマグネシウムを加えた亜鉛・アルミ・マグネシウム合金めっきを可能とし、鉛・カドミの含有量を極限まで抑えた環境に優しいめっき技術が生まれただけでなく、超耐久性を示す合金めっき技術を一浴式で実現することは画期的な成功といえる。

一浴式の亜鉛アルミめっきの様子  写真提供ご協力:株式会社 駒形亜鉛鍍金所
亜鉛アルミめっきをされた金属   写真提供ご協力:株式会社 駒形亜鉛鍍金所

亜鉛メッキをすることをGalvanizeというがこれはガルバニ電池で有名な18世紀のイタリアのルイージ・ガルヴァーニにちなんでいる。日本の家屋の屋根材にも多く使われているガルバリウム(Galvalume)鋼板の名前も同様である。ガルバリウム鋼板は、建材名として“ガルバ”とも呼ばれていて、これも亜鉛アルミ合金めっきの一種で一般には鉄板Feがアルミニウム (Al) 55%+亜鉛43.4%+珪素 (Si) 1.6%の合金でメッキされたものである。

 

参考文献

富田寛“「亜鉛」研究の歴史と展開”、ビタミン75 巻12 号、p.565-568、2001年

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構のHPより、詳細なデータ天然資源(金属鉱石や非金属鉱石)亜鉛鉱石
https://www.nirs.qst.go.jp/db/anzendb/NORMDB/PDF/53.pdf

鉱物たちの庭のHP、閃亜鉛鉱 -ブルガリア、マダン産https://lapisps.sakura.ne.jp/gallery/g2fr.html

鉱物たちの庭のHP、水亜鉛銅鉱-メキシコ、デュランゴ、マピミ、オハエラ鉱山産https://lapisps.sakura.ne.jp/gallery11/793aurichal.html

林英子・稲葉英明「銅が銀、金になる?」真鍮の生成反応の機構解明と化学実験教材への工夫、千葉大学教育学部研究紀要 第50巻 Ⅲ:自然科学編、p.431-440、2002年

らくらく理科教室 メダル色(金銀銅)をつくる
’https://sciyoji.site/cbe_mekki

日本分析化学専門学校 なるほどザ・化学実験室 実験B-1 <錬金術師に挑戦しようの巻>
https://www.bunseki.ac.jp/naruhodo/experiment/pop.php?id=139

 

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。