人工衛星からのデータでメタン放出量を見積もる

今回は温室効果ガスとしてのメタンのお話です。メタンは二酸化炭素についで温室効果が深刻な気体です。というのはメタンは単位質量あたり二酸化炭素の25倍以上の温室効果をもたらす気体[1]とされているため、二酸化炭素より少ない量でも問題となります。メタンは特に牛などの家畜から排出される量が近年問題になっていますが、石油や天然ガスの採掘現場や輸送時に排出される量も少なくはありません。しかし、これらの排出量を見積もることはなかなか難しい課題です。よく原油の油田の写真で煙突のような構造物から火が出ているのを見ることがありますが、これは石油の採掘の際に漏れ出すメタンガスを燃やしているのです。しかし、何らかの理由で油田または原油関連の工場で、さらには輸送の過程で大量のメタンを放出してしまうことがしばしばあると言われていますが、特にこれらによる排出量が世界中でどの程度あるのかは全く分かっていませんでした。
最近、衛星が集めるデータを用いてこの排出量を見積ったとする研究結果が2つ報告されました。1つはフランスと米国の研究者を中心とするグループによって報告された論文[2]です。この研究では、Sentinel-5Pと名付けられた人工衛星によるミッションにおいて、TROPOspheric Monitoring Instrument (TROPOMI)と呼ばれる観測装置により多くの気体の地球上の濃度を宇宙から観測する実験の結果を解析し、地球上で排出量の多いところを見つけました。もう一つの報告[3]では、化石燃料由来のメタン放出が最も多いと見られる地域について、詳細な排出状況を研究しました。今回のブログでは前者の報告について紹介しましょう。

図1 人工衛星Sentinel-5P
https://en.wikipedia.org/wiki/Sentinel-5 より
出典:SkywalkerPLによる”ESA Sentinel-5P satellite model”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 Sentinel-5Pは欧州宇宙機関の人工衛星で、紫外線や赤外線など様々な光の観測装置をもち、オゾンやメタンをはじめとする多くの気体の分布を7 km四方ごとに測定することができます。研究者らはこのデータを用いて2019年から2020年にかけての化石燃料由来の大規模発生源を地図上に表しました。衛星データでは地球上の約1200カ所でメタンが検出され、その様子を論文で見ることができます[2]。著者らはこれらの大規模発生源からのメタン排出量を国ごとに推定しました。排出量が多い順にトルクメニスタン、ロシア、米国、イラン、アルジェリア、カザフスタンとなっています。原油産出量が多いことで有名な中東の諸国は入っていませんが、メタンが大量に大気中に排出されないようにうまくコントロールできているためと思われます。

図2 原油・天然ガス由来の大規模メタンガス放出が多い六カ国。
地図は https://en.wikipedia.org/wiki/World_map より(一部改変)

図3 上位6カ国の大規模発生源からの推計メタン排出量

 これらの大規模発生源からのメタン排出は、世界全体の化石燃料由来のメタン排出の10%程度と見られています。メタンの排出を抑えることが温暖化対策として必要ですが、それには高いコストがかかります。排出を効率よく減らすために、ここで示したような大規模発生源からの排出を押さえることがコスト的には有利です。また研究者たちは、これらの大規模発生源からのメタン排出を抑えることで、環境や人間の健康上どれほど良い影響を与えるかの社会的な利益の金額も計算しました。その結果トルクメニスタンではその利益が60億米ドル(1ドル130円として約8000億円)にも達すると見積もられました。すごい金額ですね。
今回お示しした化石燃料採掘などの際のメタン漏洩による温暖化の効果は、温暖化全体から見れば6%程度とも言われていて、割合としては多くはありません[4]。それでも社会に与える影響を金額にすれば非常に大きなものになるのですね。二酸化炭素などの問題を早く解決していくことが、我々の将来にも大きく関わって行くであろうことが改めて認識させられました。今回はこの辺で。また次回会いましょう。

 

[1] 温室効果係数(https://en.wikipedia.org/wiki/Greenhouse_gas)。この係数は何年間に渡る効果を考えるかで値は大きく異なっている。2007年のIPCC(気候変動に関わる政府間パネル)報告書で排出後100年間の温室効果の強さは二酸化炭素の25倍とされた。
[2] T. Lauvaux, C. Giron, M. Mazzolini, A. d’Aspremont, R. Duren, D. Cusworth, D. Shindell and P. Ciais, Science, 2022, 375, 557–561. なお、https://arxiv.org/pdf/2105.06387に著者の原稿があり、ここでは無料で論文の内容を見ることができる。
[3] I. Irakulis-Loitxate, L. Guanter, J. D. Maasakkers, D. Zavala-Araiza and I. Aben, Environ. Sci. Technol., 2022, 56, 2143–2152.
[4] https://en.wikipedia.org/wiki/Fugitive_gas_emissions

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。