怠け者のガス?アルゴンの実験

乾燥空気の組成(体積百分比)Brockertによる https://commons.wikimedia.org/wiki/ File:Atmosphere_gas_proportions.svg ライセンスはPD

元素記号Ar、原子番号18の元素、アルゴン。その名前はギリシャ語のergonに由来し「はたらかない、怠け者」という意味を示す。アルゴンの発見の発端は1982年のレイリーの実験にあり、最終的にレイリーはラムゼーと共に分光学的にアルゴンの正体をつきとめた。二人は1904年にその業績によりノーベル化学賞を受賞している。

 

 

図のようにアルゴンは乾燥空気中で3番目に多い成分である。またヘリウムやネオンなど他の貴ガスと比べるとその体積比率が圧倒的に多いことがわかる。昨今、枯渇が危惧され値段が高騰しているヘリウムは大気中に5.24 ppmしか存在していないのに対しアルゴンは9340 ppm存在する。アルゴンは空気中にヘリウムの約1800倍も含まれていることになる。ヘリウムが大気にごくわずかしか含まれない理由は、軽すぎるため地球の重力ではつかまえておくことができず、大気圏外へ逃げてしまうからである。

 

 

 

 

地球のアルゴンがつくられる仕組み、 「ぷぷキッズどっとコムのHP」アルゴンの起源の ページより http://www.pupukids.com/jp/gas/02/035.html

アルゴンの起源はほとんどが地球内部に存在する放射性のカリウムであることがわかっている。40Kの約89%がβ崩壊をして40Cに変化するが残りの約11%は軌道電子を捕獲して40Ar(アルゴン40)になる。軌道電子捕獲とは、原子核が軌道中の電子をひとつ捕獲して原子番号がひとつ減る反応のことである。大昔から現在に至るまで地球の内部で絶え間なく40Arがつくり続けられている。アルゴンには25種類もの同位体があり、そのうち36Ar、38Ar、40Arの3種類が安定同位体である。太陽など宇宙でのアルゴンの同位体存在比は36Ar:38Ar:40Ar = 84.2:15.8:0.026と見積もられている。しかし地球大気では40Arが36Arのおよそ300倍もあり、宇宙の比率とは全く異なっている。

 

貴ガスの仲間のアルゴンは、窒素よりも安定で他の元素や化合物と反応しない性質を有する。このことからアーク溶接、半導体製造プロセス、鉄鋼業などで活躍し、大量に使用されている。アルゴンの製造は空気を原料としている。空気を極低温まで冷却して液化させ、酸素、窒素、アルゴンなど空気の成分の沸点がそれぞれ違うことを利用して、分離精製して得られている。

 

 

 

 

実験1 アルゴンが液体または固体に!?

アルゴン凍結実験:

アルゴンガスボンベから、圧力調整弁を通じてアルゴンガスを高圧状態から大気圧に開放すると一気に温度は下がり、さらに冷却すると状態変化を引き起こすことができる。液体窒素使うと簡単にアルゴンを液化できる。そのあと、別途液体窒素で十分に冷却しておいた試験管の中に、液化されたアルゴンを注いでいくと写真のように凍結した状態のアルゴンを得ることができる。写真では試験管から取り出した凍結アルゴンをピンセットでつまんでいる様子であるが、室内の温度によって固体から液化したアルゴンの雫が、固体の先端に見えている。アルゴンの融点は−189.35 ℃、沸点は−185.85 ℃であることからも、アルゴンは固体でいられたかと思うと、アッという間に液体を経て気体になる。

写真:凍結させたアルゴンの写真
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Argon_ice_3.jpg?uselang=ja 「Argon ice 3」 ライセンスはCC BY-SA 3.0

 

グリーンランドの氷床に存在する太古のアルゴンを検出:

国立極地研究、北海道大学、長岡技術科学大学の研究グループが、極地氷床の深部氷中に存在する太古の空気を含む結晶の分析に成功した。その結果、太古の空気にアルゴンが存在していたことを発見した。南極やグリーンランドには長期にわたって融けない巨大な氷床が存在している。

気泡が消滅して透明になった氷床深部の氷試料(氷コア:左)。気泡から変化したエアハイドレート結晶の光学顕微鏡写真とSEM写真(右)。北海道大学・極地研・長岡技術科学大学プレスリリース「氷に閉じ込められた太古の大気からアルゴンの検出に成功」2021年11月24日より

https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20211124.html
写真および情報提供ご協力:大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20211124.html

 

大昔、雪から氷に変化するときにその時代の大気を気泡として氷中に取り込まれた。以前からこのような氷の分析から結晶内の太古の大気には窒素と酸素が存在すること、その組成がどれほどか、などは確認されていたがそれ以外の微量成分については明確にされていなかった。今回この研究グループは、グリーンランド氷床深部氷の中でも、2万年前の氷河期の氷と、12万5千年前の間氷期の氷の中のエアハイドレート結晶中にアルゴンが含まれていることを発見した。この発見に走査型電子顕微鏡(SEM)が新しい分析手法として使われた。

 

 

 

実験2 マイクロ波プラズマ源によるアルゴンを含む9種類のガスの実験

プラズマとは気体を構成する原子、分子が供給された熱や電力を吸収することで生成したイオンやラジカルを含む状態のことである。マイクロ波電力などのエネルギー(電界)を加えて各種気体を放電させると、分子が加速されて高エネルギー電子を生成し、分子や原子と衝突しエネルギーの移動が連続的に起きる。エネルギーの交換により中性だった分子や原子はイオンと電子に電離したり、分子及び原子を励起したり、原子状のラジカルを生成したりして種々の活性状態が次々と作られていく。マイクロ波で色々な気体を放電させると、写真のようにそれぞれ固有の光を発する、つまり異なる色を見せることがわかっている。この原理を使うと、分子の種類によって異なる光の波長ごとのスペクトル強度を測定することにより、各種気体の分圧を測定することで、漏れている気体の種類や量を分析できるという技術(装置)も開発されている。その装置は光学式リークディテクタと呼ばれていて、窒素、酸素、アルゴン、ヘリウム、水蒸気などを調べることができる。写真は、独自に開発されたマイクロ波プラズマ源によって9種類の異なる気体分子の放電の様子を並べたものである。なんともカラフルなプラズマのパレットである。

独自に開発したマイクロ波プラズマ源による9種類のガスに対する放電の様子(一般社団法人 プラズマ・核融合学会第2回Plasma Photo & Illustration Contest(2018年 第35回年会 大阪大学)最優秀作品「光のパレット」島袋祐次さん作品)http://www.jspf.or.jp/photocon/
写真および情報提供ご協力:島袋祐次さん

 

 

 

参考文献

N.N. GREENWOOD, A. EARNSHAW, “18 – The Noble Gases: Helium, Neon, Argon, Krypton, Xenon and Radon”, Chemistry of the Elements (Second Edition), Butterworth-Heinemann, p.888-904(1997)

大陽日酸のHPより 取扱い製品一覧 アルゴンAr
https://www.tn-sanso.co.jp/

松田准一、「希ガスからみた宇宙物質―超新星との遭遇と太陽系創造の物語―」、地質ニュース361号、p.20-36、1984年

Tales from the Prep Room: Argon Ice
「https://www.youtube.com/watch?v=zEjWWQIeV5U」

国立極地研究所のHPより、研究成果、「氷に閉じ込められた太古の大気からアルゴンの検出に成功~過去の地球環境変動の精密解析への貢献に期待~」https://www.nipr.ac.jp

一般社団法人 プラズマ・核融合学会Photo Contest、第2回(2018年 第35回年会 大阪大学)最優秀作品 光のパレット:島袋 祐次さん(当時、同志社大)http://www.jspf.or.jp

光学式リークディテクタ
https://www.vista-vac.com

 

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。