ニッケル(Ni)~西洋の悪魔と日本の鬼

身近な金属ニッケル。その名は伝説上の悪魔に因みます。一方、日本で知られたニッケル鉱山に近い京都府北部の大江山は、鬼退治伝説の地でもあります。それぞれどんな歴史があるのでしょうか。

悪魔が役立たずにした石

古くからドイツでは、ある鉱石がガラスを緑に着色するのに用いられました。その鉱石は銅鉱石に似ていて、硝酸に溶かすと銅に似た緑色の溶液ができましたが、そこから銅は得られませんでした。

ドイツの鉱夫たちは、これは伝説上のいたずら好きな妖精ニコラウス(Nicolaus)の仕業で、困り者の妖精が銅鉱石を役に立たなくしているとして、この鉱石をKupfernickelクプファーニッケル(偽の銅)と呼びました。ドイツ語のNickelには「強情な子」の意味もあり、英語でold nickはずばり「悪魔」のことです。

「偽の銅」はニッケルとヒ素を含む紅砒こうひニッケル鉱(主成分はNiAs)でした。この鉱石は、酸に溶けて青色の溶液になり、少量でガラスを青に着色するKoboldコボルトとも似ていました。コボルトも銅鉱石に似ていて、鉱夫たちは、土の精は地下にいる小鬼で、意地悪をして困らせるのだと考え、教会で祈りを捧げる者もいたほどでした。

紅砒ニッケル鉱(秋田大学鉱業博物館所蔵,兵庫県・夏梅鉱山産)

スウェーデンの化学者で鉱物学と鉱山学に長けたA.クロンステットは、紅砒ニッケル鉱(彼が使ったとされる鉱石には他説があります)を分析しました。鉱石を赤熱して酸化物に導いてから木炭と混ぜて強熱し、白い色の金属を遊離させたのです。彼は、1751年に王立科学アカデミーに発表するにあたり、新元素の名称としては、以前から使われてきたKupfernickelから「ニッケル」を提案しました。

クロンステットの生涯は40年余と短いものでしたが、彼はニッケルの発見のほかに、鉱物学の体系化、吹管分析法(吹管炎による成分の検出)の開発など、鉱山技師として重要な業績を残しました。

鬼退治伝説の地にあったニッケルの鉱山

ニッケルを含む鉱物は蛇紋ジャモン岩地帯などに産し、最近の採掘量では、ロシア、カナダ、オーストラリアの上位3か国の合計が約半分を占めます。

日本国内では戦前、軍需物資としての重要性からニッケルの国産化が目標に掲げられ、大江山鉱山(京都府与謝よさ郡与謝野町)では終戦まで採掘が行われました。しかしそこには、香港から連行された英国軍捕虜が強制的に従事させられた不幸な歴史もありました。

大江山鉱山があった大江山は丹後半島の付け根に位置する連山で、鬼退治伝説でも知られています。それは、帝の命により源頼光とその四天王(渡辺綱、坂田公時きんとき、碓井貞光、卜部季武うらべのすえたけ)が活躍したことで知られる酒呑童子しゅてんどうじ(多くの鬼を従える首領で洞窟の御殿に住み、酒を好むのでこう呼ばれました)の話です。(大江山の鬼退治には、このほかに『古事記』に記された崇神天皇の弟の日子坐王ひこいますのおう(彦坐王)の話、聖徳太子の弟の麻呂子親王まろこしんのう当麻皇子たいまのみこ)の話もあります)

鬼退治伝説の意味としては、鉱山の技術と富に目を付けた都の勢力が兵を派遣し、支配下に置いて利益を収奪した歴史があり、それを正当化し美化しようとして土蜘蛛くもや鬼が創造され,それらを退治する物語ができたと考えられています。

大江山鉱山は、当初は河守こうもり鉱山と呼ばれ、明治期の後半に金山としての開発が試みられました。その後、大正期に発電用ダムが建設されたときにニッケル鉱の露頭が発見され、昭和の初めから本格的に開発されました。坑道には、伝説に因んで「酒呑童子坑」、「頼光坑」、「公時坑」などの名が付けられたといいます。

現在、「日本の鬼の交流博物館」(京都府福知山市大江町仏性寺)がある所は社宅群があった所で、坑口、選鉱場、事務所などの鉱山施設は、その西側の山中一帯に広がっていました。大江山の鉱石は、かつてはここから北へ約11kmの所にある宮津市内の製錬所へ旧・加悦鉄道と専用線を使って運ばれました。

ニッケル鉱山跡地にある鬼のモニュメント
(日本の鬼の交流博物館,2017年11月撮影)

合金としての多種類の用途

ニッケルの製錬法には湿式法と乾式法があり、湿式法では、酸化鉱を酸で浸出する方法と,還元焙焼する方法が行われています。

乾式法では、硫化鉱の場合、選鉱でニッケルと銅を分離・濃縮した後、鉄を除去してから銅、ニッケル、コバルトを分離・回収します。酸化鉱の場合は、選鉱による濃縮が不可能なため、還元溶錬でフェロ・ニッケルにします。

ニッケルを含む材料は、調理器具、携帯電話、医療機器、建築物、電池など日常生活に数多くあります。ニッケル系材料が選ばれるのは、他の材料と比べて耐食性や耐久性に優れ、磁気電気特性も備えているからです。

日常生活に使用されているニッケル合金は約3000種とされ、地金の大半は合金の配合用に使われます。ニッケル合金の三分の二はステンレス鋼で、そのほかには超合金、貨幣用合金などがあります。(前回の記事、クロム(Cr)-ステンレス鋼の名脇役はここをクリック

超合金は、高温での強度保持に優れ、湿式腐食に強い合金で、ニッケル系超合金には、クロム、コバルト、アルミニウム、チタンなどを配合したものがあります。高温用途向けの超合金は、1000℃でも室温における普通鋼を上回り、発電所や航空機のガスタービンで最も高温になる部分に不可欠な部品です。

 

参考文献:
「元素発見の歴史1」M.E.ウィークス,H.M.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「元素大百科事典」渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「憎悪と和解の大江山 あるイギリス兵捕虜の手記」F.エバンス著,糸井定次,細井忠俊訳(彩流社,2009年)
「ニッケル誌・特別号」(ニッケル協会,2012年5月号)
日本の鬼の交流博物館,加悦鉄道資料館の資料

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。