宝石から合金まで~その特徴を決める元素:ニッケル(Ni)

 

綺麗で高価なだけじゃない
科学的に面白い石 “宝石”

特に女性が好むとされる宝石。輝くダイヤモンド、真っ赤なルビー、吸い込まれそうに青いサファイア・・・。これだけいろいろあると宝石の共通点は、“貴重で綺麗な石”といったことくらいしか見つけられそうにありません。“宝石”という言葉は、科学的な用語ではないので、そのくらいの捉え方でいいようです。

とはいえ、宝石は科学的に面白い石たちです。宝石が見せるいろいろな表情には、元素組成や結晶構造が関係しているからです。例えば、ダイヤモンドと鉛筆の芯の黒鉛は、どちらも炭素(C)だけでできているので、元素組成は同じです。しかし見かけも価値(希少性)もまったく違います。この違いは、炭素の集まり方(結晶構造)が異なるためです。ダイヤモンドの結晶ができるには、炭素が地球の奥深くで高い圧力に晒されなくてはなりません。私たちの手に入るのは、地殻の変動によって地表面に押し上げられたダイヤモンドです。

赤いルビーと青いサファイアが、同じ“コランダム”だというのも驚きです。コランダムとは酸化アルミニウム(Al2O3)が主成分の結晶です。不純物が入っていて、それがところどころアルミニウム(Al)と置き換わっています。その不純物がクロム(Cr)であれば赤いルビーに、鉄(Fe)とチタン(Ti)なら青いサファイアになります。

宝石の元素組成や結晶構造は、その石が生まれた場所の環境がどうだったのか、つまり、どのような元素がどのくらいあって、どのくらいの温度と圧力だったかによって変わってきます。さまざまな宝石の存在は、地球内部に複雑な環境があることを物語っています。

グリーンオパールの綺麗な緑の理由

最近、私は友人に、お守り用にブレスレットをつくってもらいました。メインの石は誕生石のオパール。オパールは実にさまざまです。写真のように、光の波長が虹の色に分かれる「遊色効果」を示すものがあって、プレシャスオパールと呼ばれています(写真1)。一方、私のブレスレットに使われたグリーンオパールは、遊色効果のないコモンオパールの仲間です。その落ち着いた緑色は癒しをもたらしてくれます。

写真1:遊色効果を示すプレシャスオパール(左)、ブレスレットの緑の石がコモンオパールであるグリーンオパール(右)

オパールを科学の目で見てみると、化学式はSiO2nH2Oです。二酸化ケイ素(SiO2)は第七回(第七回のブログはコチラ)で紹介したように、普通の岩石の主成分です。日常生活では、二酸化ケイ素をシリカと呼んで乾燥剤として使っています。そしてH2Oは水です。

つまり、オパールは水を含んだ乾燥剤シリカと同じ組成ということです。しかし含まれている元素は同じでも、オパールはシリカとは似ても似つかぬ美しい石です。シリカの集まり方と水の入り方が絶妙なのです。そしてこの緑色の正体が、ニッケルだというのです。このニッケルという元素を知りたくて、今回のテーマは原子番号28の「ニッケル(Ni)」にしました。

こんなに大事な元素を知らなかったとは!!

説明するまでもないですが、ニッケルは金属です。身近な金属といえば、まず、鉄が思い出されます。皆さんが今仕事をしていたら、身の回りにある事務用品を見てみて下さい。デスクやキャビネットは鉄でできているのではないでしょうか。家に帰っても、テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの電気製品や、フライパンなどの台所用品は鉄製のものが多いことに気付きます。さらに外に目を向けると、高層ビル、高速道路、自動車、橋などにもたくさんの鉄が使われています。私たちの生活の中にある金属の9割は鉄だと言われるほど、鉄はたくさんのモノの材料なのです。

では、ニッケルはどうでしょうか。500円玉、100円玉、50円玉にはニッケルが含まれています(写真2)。“鉄隕石”といわれる隕石は、鉄とニッケルを主成分とする金属の塊です。実は、ニッケルと聞いて私は、とっさにこのくらいしか思い出せませんでした。

写真2:ニッケルを含んでいるものとして真っ先に思い出した、硬貨と鉄隕石。ただし、硬貨に鉄は使われていません。

ニッケルを意識することなんて、これまでほとんどなかったのですが、少し調べてみると「ニッケルに対してなんて失礼だったのか」と思わずにはいられないほど、重要な金属だとわかりました。というのもニッケルは、鉄を主成分にした合金をつくるのになくてはならない材料なのです。つまり、“鉄でできている”と私たちが思っているものの多くにニッケルは含まれているのです。

ステンレス鋼の性質を変えるニッケル

鉄で問題なのは、錆びることです。純度の高い鉄は空気中で簡単に錆びることはありません。しかし実際に鉄が使われる環境は、橋であれば潮風にさらされますし、水道管内部は塩素消毒された水が流れます。食品工場のラインは定期的に強力な薬剤や熱水を使って洗浄されます。こうした過酷な環境で、鉄は劣化します。

ある金属の短所をほかの金属で補うことができます。だから金属に金属を溶かし合わせた「合金」がつくられます。例えば、鉄にクロムを溶かし合わせた「鉄-クロム合金」では、空気中の酸素がクロムと結びついて酸化クロムの膜となって合金の表面を覆います。この膜によって鉄は酸素から守られるので錆びないのです。表面の酸化クロム膜が傷ついても、新しい酸化クロム膜が形成されるので、心配ありません。まるで、怪我をしても傷口がふさがって治る生き物のようです。

鉄にクロムを12%加えた“錆びない鉄”が、世界ではじめてのステンレス鋼でした。ステンレスとは「Stainless」、すなわち錆びないという意味ですから、錆びにくいというのがステンレス鋼の基本的な特徴です。鉄に加えるクロムの量が増えるほど、錆びにくくなりますが、このステンレス鋼にはほかの性質の強化も必要です。そこで硬さや、加工しやすさなどを改善するためにほかの元素を加えるようになりました。そうした元素の一つがニッケルです。

ニッケルが加わることで、ステンレス鋼の結晶構造が変化します。その結果、熱膨張や磁気特性などの物理的性質や、硬さや強度などが大きく変わります。こうして今では、用途に適したステンレス鋼を選べるようになっています。

ちなみに、ステンレス鋼には、クロムとニッケルのほかにもモリブデン(Mo)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、タングステン(W)、バナジウム(V)が加えられていることがあります。この7元素は、いずれもレアメタルと呼ばれる金属の仲間です。聞いたことのある方も多いと思いますが、地殻での存在量が少なく、精錬が難しい上に、採取可能な地域に偏りがあるため、その確保が重要になっています。実際、この7元素は何かがあった時に入手困難にならないように、日本国内に約60日分が備蓄されているそうです。

ついに主役に躍り出たニッケル

ここまでニッケルは、オパールの色を決めている微量の元素であったり、ステンレス鋼の性質を改善するために加えられる元素であったりと、重要ではあるものの、脇役といった印象でした。しかしニッケルは、主役に踊り出ました。ニッケルをベースにいろいろな元素を加えた“超合金”が、2011年に就航したボーイング787旅客機のジェットエンジンの材料として採用されたのです。ニッケルの熱に強いという性質を活かして誕生した、従来の材料では耐えられなかった1120℃という“超” 高温にも耐えられる材料です。

写真3:ボーイング787旅客機とタービン(左)。写真はdepositphotos

ジェットエンジンは、燃料の燃焼温度を上げられれば、燃費がよくなります。もし燃費を1%削減できたら、飛行機1機あたりの燃料代を年間1億円減らせるともいわれます。しかし、ジェットエンジンのタービンは、燃焼温度に耐えなくてはならない上に、離陸時などエンジンを最大に動かす際には、タービン翼1枚につき15トンもの力がかかります。この過酷な状況に耐えうる素材として選ばれたのが、ニッケルをベースにつくられた超合金でした。

この超合金を開発したのは、物質・材料研究機構(NIMS)という日本の研究所の研究者たちです。これまでは、実際に金属同士を溶かし合わせて合金をつくって、その物理的性質を検討していました。しかしニッケルにいろいろな元素を加えて検討するのでは、途方も無い時間がかかってしまいます。そこで、これまでの材料研究から得られたデータを元に計算式をつくり、コンピュータプログラムでどんな元素が材料にどんな性質を加えるかを予測できるようにしました。こうして超合金は効率よく開発され、材料開発は新しい時代に入りました。

グリーンオパールに含まれていることから始まった、ニッケル元素を知る旅は、飛行機のジェットエンジン用の材料という最先端材料に行き着きました。今回の旅はこの辺りで終わりましょう。

 

【参考資料】
『図解入門 よくわかるステンレスの基本と仕組み』秀和システム、2010年
『図解入門 よくわかる最新 レアメタルの基本と仕組み』秀和システム、2011年
京セラジュエリー:
odolly:https://www.kyocera-jewelry.com/story/category/opal
『10月の誕生石:オパールについて知っておきたいこと』GIA:https://4cs.gia.edu/ja-jp/blog/10%E6%9C%88-%E8%AA%95%E7%94%9F%E7%9F%B3-%E3%82%AA%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB/
ステンレス協会:http://www.jssa.gr.jp/contents/
JOGMEC 金属情報:http://mric.jogmec.go.jp/reports/mr/20180628/87222/
ニッケル協会:http://www.nickel-japan.com/
NIMS材料のチカラ:http://www.nims.go.jp/chikara/column/superalloy.html

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。