酸素(O)-重水素重水と重酸素重水

 天然に存在する酸素には3種類の同位体(16O,17O,18O)があります。水の分子1個に含まれる水素原子の組合せ方には,三重水素(H)を除くとH,H,Hの3通りがあるので,水の分子には全部で9種類の同位体構成が存在します。今回は,16O(重水素重水)と18O(重酸素重水)のお話です。

原子量の基準を変更に導いた酸素の同位体の発見

燃焼は物質が酸素と化合する反応ですが,燃素説の時代(⇒燃素説についてはココをクリック)には,燃焼の過程で物質から燃素(フロギストン)が放出されると考えられ,酸素は「脱燃素空気」と呼ばれていました。1777年,フランスのA.ラヴォアジェは,燃焼の仕組みを解明し,酸素を元素の一つと位置付けました。このことは近代化学の出発点とされます。

ラヴォアジェから1世紀半,酸素原子の同位体がアメリカのW.ジオークとH.ジョンストンによって発見されました。
オランダのH.カマーリン・オネスらによって硫酸ガドリニウム(Gd(SO))が極低温でも常磁性を保つことが示されると,ジオークは,この物質を用いて断熱消磁冷却(磁場中に置かれた磁性体で,断熱的に磁場の値を下げることによって冷却する方法)を行えば,それまでに実現されていた約1ケルビンの極低温を0K(絶対零度)付近にまで下げられると考えました。
ジオークは,いくつかの気体を冷却して液化し,それらの熱力学的性質を調べる過程で,1929年,大気中の酸素のスペクトル解析から,ジョンストンと共に17Oと18Oの存在を明らかにしました。彼らの成果は,H.ユーリーによる水素の同位体の発見(1932年)にも影響しました。

物理学では,1961年まで,原子量の基準を16Oの質量とし,化学では自然界と同じ同位体比の酸素の質量としていましたが,17Oと18Oの発見は,原子量の基準が炭素(12C)へと変更される契機になりました。

 

同位体組成が最も平均的な水(標準水)とは

水の同位体濃度の分析は,質量分析によって行われるようになるまでは,水の密度を測定することによって行われていました。水の密度は,20世紀半ば頃までは浮標法で測定され,この方法では,石英製の浮きを水に浮かべ,水温を変化させて水の密度が浮きのそれと等しくなる温度を測定します。

浮標法では密度を比較しているので,密度の標準を適切に決めることが重要でした。自然界の物質は全て,構成元素が等しい同位体比を保って循環していると仮定されますが,厳密には同位体効果(同位体の違いによる物理的・化学的過程への影響)で同位体の分別が起きている可能性があります。水については,極地での水の融解・凝固,赤道付近での盛んな蒸発・凝縮などでは分別が起きやすいと考えられます。
そこで,複数の水源から水を採取して調べた結果,ロンドンの首都水道局から供給される水道水が実験精度内で一定の密度を与えることが分かり,それが「標準水」として採用されました。動植物,鉱物資源からの水は,それぞれに標準水からのずれがあり,同位体効果がうかがえることから,同位体分布の偏りは生物の進化や地球科学の研究に必要な情報でもあります。

ロンドンの首都水道局
出典:Lionel Allorgeによる”Metropolitan Water Board”ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

1960年代までは,平準化された海水と融雪水が標準とされていましたが,現在では,水の同位体標準の一つとしてウィーン標準平均海水(Vienna Standard Mean Ocean Water,VSMOW)が知られています。これは,オーストリアのウィーンに本部がある国際原子力機関(IAEA)によって1968年に決められ,VSMOWの同位体比は次のとおりです。

H/H≒1/6420   H/H≒0
17O/16O≒1/2632  18O/16O≒1/499

 これらは原子数の比であり,分子数の比ではありません。一例として,水の分子101個から成る次の①,②の混合物では,原子数の比(H/H)はどちらも1/100ですが,分子の内訳は異なります。

①:16O100個と16O1個の混合物
②:16O99個と16O2個の混合物

 

重水素重水とその用途

ジオークらとユーリーらによって酸素と水素の同位体が発見された頃に時間を戻します。
彼らの発見後しばらくは,重水素重水(16O)には実用的な価値が見出されず,科学的な関心が集まることはありませんでした。重水が注目されるようになった契機は,ウランの核分裂によってエネルギーが得られると分かったことでした。
水を原子炉の減速材として見た場合,中性子と水素(H)の原子核はほぼ同じ質量で,核分裂の際に放出された高速中性子は,Hと衝突するとエネルギーの大部分を失います。これをビリヤード(撞球)に喩えると,手球を止まっている的球に当てたときに,手球のエネルギーの多くが的球に与えられるのに相当します。
しかし中性子の場合は,ビリヤードとは異なり,衝突したH(陽子)にしばしば獲得されてH(重水素)の原子核を生じます。一方,重水素を多く含む水では中性子の獲得は少なく,エネルギーはよく吸収します。ここに原子炉での重水素重水の重要性が生じました。

1942年,イギリスはノルウェーに侵攻し,それまでドイツが占領していた重水製造用電解プラントを奪還しました。ノルウェーでは,潤沢な水力発電を背景に重水が生産されており,連合軍の懸念はそれをドイツが利用することだったのです。
重水炉は,安価な天然ウランを燃料として使用できることから核兵器の製造に適していましたし,1960年代には,天然ウランが豊富なカナダにおいて実用化されました。なお,現在日本にある商業用の原子炉は全て軽水炉(沸騰水型と加圧水型)です。

 

水の蒸溜と重酸素重水の濃縮

Hを含む重水素重水は,水の電気分解での方がよりも発生しやすいことを利用して,水の電気分解を繰り返すことによって純粋に近いまでに濃縮され,大量に製造することができます。例えば重水素化率99%超の重水素重水などが試薬として市販されています。
重水素重水の製造がこのように比較的容易であるのに対して,17Oや18Oを含む重酸素重水の場合は,16Oを含む水と完全に分離することが難しく,主に蒸溜による濃縮で得られますが,純度を上げるのは容易ではありません。
ここからは,水の蒸溜で重酸素重水をつくる過程について,奈良女子大学理学部化学科元教授の奥村晶子氏の資料と写真をもとにご紹介します。奥村氏は重水素及び重酸素を用いて化学反応や化学平衡について研究されました。重酸素重水は,化合物中の酸素の同位体交換反応の研究のほかに,気象観測や医療分野の検査などに利用されます。

奈良女子大学理学部化学科では,奥村氏が助手になられた1956(昭和31)年に蒸溜法による重酸素重水の濃縮が始まりました。同学科の蒸溜塔はガラス製で,中心にディクソン・パッキング(ディクソン・リングとも呼ばれます)を充塡した内径4.5㎜の内管があり,周囲に電熱線を巻いた中管と外套がいとう管で覆われた構造でした。ディクソン・パッキングとは小さな充塡物で,その形状は円筒型の金網の中央部がS字状の仕切りで二分割されています。気液接触を促進し,元々は同位体の精溜用に開発されましたが,様々な物質の蒸溜・精溜にも用いられるようになりました。

 

 

 

 

ディクソン・パッキング
(断面にS字状の仕切りが見える)
出典:Joeravoによる”Lots of Dixon rings”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

蒸溜塔は,2m足らずの試作塔から始まり,それが天井に達するまで伸びて4mとなり,更に屋根裏に届き,8年目には屋根を突き抜けて10m以上の規模となりました。パッキング充塡部の長さは約10m。直径50㎜,長さ1.5mのガラス管にディクソン・パッキングを詰め,全部で7本の管が下部から順に接合されていったのです。

 

 

 

 

 

 

屋根から突き出ている蒸溜塔の建屋(白い壁の部分)
奈良女子大学理学部の旧校舎(1972(昭和47)年より前)
(奥村晶子氏提供)

ディクソン・パッキングも手製で,100メッシュのステンレス製金網を3㎜幅の短冊状に切り,S字型断面をもつように丸めて作られました。(メッシュは1㌅(25.4㎜)当たりの網目の数を示しており,100メッシュは1㌅当たり100の網目があることを示します)
水の濃縮は回分式(*)で行われました。ボイラー(フラスコ)に水を入れて加熱すると,水蒸気はパッキングの隙間を通って上昇し,主冷却器で凝結して塔の上部の水溜め(50㍑)に入ります。水溜めには水が満たされていて,追加分だけの水が押し出されて滴下し,その液滴と上昇してくる蒸気がパッキング表面で接触し,ここで気液間の酸素同位体交換平衡が成り立つのです。
*回分式(バッチ式とも): 反応容器への原料投入と生成物回収の方法は「回分式」と「連続式」に大別されます。回分式とは,投入・反応・回収の工程を順に行う方法で,フラスコやビーカーなどがこれにあたります。これに対して連続式とは,投入・反応・回収を全て同時並行で行う方法です。

 
学部新校舎(1972年以後)の蒸溜塔(奥村晶子氏提供)
〔左〕ボイラー(蒸溜塔の最下部にある)
〔右〕蒸溜塔を下部から見上げる(手前がボイラー)

天然の水の18O含有率は0.2040%であり,1回の蒸溜で18O含有率は1.004倍に濃縮されて0.2048%に増加します。蒸溜塔の運転を約半年間続けると,重酸素重水を5.5%含む水が1㍑得られたとのことです。

 

参考文献
The Isotopic Ratio in Hydrogen: A General Survey by Precise Density Comparisons upon Water from Various Sources, H.J.Emelèus et.al.,J.Chem.Soc.,1207-1219(1934)
「水の伝記 水にまつわる科学の話」K.デイヴィス・J.デイ著,戸田盛和・小暮陽三訳(河出書房新社,1971年)
「くりすたる・第9号」奈良女子大学化学教室同窓会(1997年)
「物理学辞典」物理学辞典編集委員会編(培風館,2002年)
「ノーベル賞受賞者業績事典」ノーベル賞人名事典編集委員会編(日外アソシエーツ,2003年)
「奈良女子大学百年史」奈良女子大学百年史編纂委員会編(2010年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。