タンパク質から巨大立体を人工的に作ったお話し

みなさんこんにちは
変形立方体(snub cube)[1]とはどのような形がご存じでしょうか。何を隠そう私は今回初めて知りました。32枚の正三角形と6枚の正方形からなる多面体のことです(図1)。この多面体には24個の頂点があり、どの頂点にも4つの正三角形と1つの正方形が接しています。今回のお話しはこの複雑な形をタンパク質を用いて人工的に作ったという研究をご紹介します。

図1 変形立方体

 

我々に悪さをする病原体として球状の形をしたウィルスが多数知られています。これらのウィルスはタンパク質や核酸などの分子が集まってできています。ポーランドの研究者が率いるチームが、全く新しい形をした巨大分子をバイオテクノロジーの助けを借りて作りました[2]

細菌がつくるタンパク質の中にTRAPとして知られるリング状のタンパク質があるそうです。これは11本のタンパク質が輪の形に集まってできているものなのですが、バイオテクノロジーの手法によりこのタンパク質に少しだけ細工をして、一部のアミノ酸をイオウ原子を持つシステインに変換したタンパク質を作りました。実はイオウ原子は金原子と結合しやすい性質を持っています。このことを利用して研究者らは、TRAPタンパク質を繋げることを考えました(図2)。実際にこのリング状タンパク質と、ある種の金の化合物を混ぜると、なんとこれらが勝手に反応し、20分後には24個のリング状TRAPの間が金原子によってつながり、巨大立体ができたのです。

図2 TRAPと金の反応イメージ図。今回作成したTRAPにはイオウ原子が11個結合しているが、金と反応させることでTRAPの2箇所のイオウ原子同士をつなぐことができる。実際には24個のTRAPが120個の金原子を介してつながって、巨大な立体ができる。

 

できた立体の構造はかなり複雑なのですが、この構造は低温電子顕微鏡法[3]という最近急速に発展してきた手法により解明されました。この方法で近年多くのタンパク質の構造が明らかになってきています。今回できた巨大タンパク質は、変形立方体の24個の頂点の位置にリング状のTRAPが位置しているとみなすことができます。

隣り合う2個のTRAPはそれぞれ2個の金原子で結合しており(図3のピンク色の玉)、それぞれのTRAPは、リングから飛び出している11個のイオウのうち10個を使ってまわりの5つのTRAPに結合しています。立体の内部はがらんどうですが、結局全体で24個のTRAPと120個のイオウ原子を含んでいることになり、分子量は216万になるそうです。

TRAPと金化合物を混ぜるだけでこの巨大分子ができますが、この分子は極めて安定で多少加熱したり、pHを変えるくらいでは全く壊れないのだそうです。ただ、還元剤を加えるともとの金が外れてもとのTRAP分子に戻るそうです。

このような立体の形は天然のタンパク質には見つかっていないものですが、わずかに天然のタンパク質に手を加えるだけで、金属と反応して自発的にある立体のみができるというのは驚くべきことです。この立体は中に大きな空洞があり、自由にこの立体を作ったり壊したりできるということから、たとえば医薬品を体の中の望みの場所に届けるようなことができる可能性があると著者らは述べています。ではまた次回お会いしましょう。

図3 24個のTRAPタンパク質(黄色いリボンからできているリング状のもの)と120個の金原子(ピンク色の玉)から作られる巨大タンパク質の構造。それぞれのTRAPリングは隣の5つのTRAPと2つの金原子を介してつながっている。

 

参考資料:
[1] 以下のサイトに分かりやすい図があります。https://polyhedra.tessera.li/snub-cube/full
[2] J. G. HeddleらNature, 2019, 569, 438-442.この研究は日本を含む多くの国の21人もの研究者による共同研究です。
[3] この手法を開発した功績によって2017年にJacques Dubochet, Joachim Frank, and Richard Hendersonの3名の科学者がノーベル化学賞を受賞しています。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。