新しいセメントの製造法

セメント工業と二酸化炭素

皆さんこんにちは。
セメント(ポルトランドセメント)は最も多く作られている工業製品で、世界で毎年40億トンが製造されているそうです。セメントは図1に示すように、石灰石(主成分は炭酸カルシウムCaCO3)と硅石(主成分はSiO2)をロータリーキルンと呼ばれる回転式の炉で加熱して作られます。実際には石炭灰などの産業廃棄物も一緒に混ぜられているそうです。セメントの製造は、世界で最も多く二酸化炭素が発生する工業プロセスでもあり、農業由来を除くと世界中の人類の二酸化炭素発生量の8%を占めているとのことです。

図1 ロータリーキルンによるセメントの製造
ゆっくり回転する円筒形の炉が斜めに設置されていて、上側から原料を投入すると下側からセメントが出てきます。

発電所など大量の二酸化炭素を発生する場所から排出される二酸化炭素を再利用する研究はあちこちで行われていますが、セメント工場からの排ガスは二酸化炭素だけではなく、原料を燃やした際に発生する他のガスが多量に混じっており、そのために二酸化炭素だけをより分けて、有効利用することが現状では難しいのだそうです。そこで今回紹介する研究では、電気化学反応を用いる全く新しい製造法の可能性を調べています[1]

 

新しい製造法 電気化学製造法

今回の報告では、従来の方法と同様に炭酸カルシウムを原料にしますが、電気分解の手法で、まず水酸化カルシウムを作ることが新しい点です。

図2 電気化学反応による水酸化カルシウムの合成
図中の色はpHを表していて、黄色部分は中性から酸性、青い部分はアルカリ性を示しています。

図2に示すように電解槽に2本の白金電極を立て、左側の電極のそばには炭酸カルシウムの固体を置きます。全体の水槽は対流が起こらないように、濾紙のような紙で3つに仕切られています。水槽には硝酸ナトリウムが、電流を流すための電解質として溶かされています。この状態で2.5V程度の電圧を両方の電極にかけると、結局以下の化学反応式が左右の電極付近で起こります。

CaCO3 → ½O2 + CO2 + Ca2+ + 2e       (左側)
2H2O + 2e → H2 + 2OH-                                   (右側)

左側で生成したカルシウムイオンCa2+は、拡散によって陰極の方に移動し、また、OHイオンは陽極の方に移動して両者が反応することで水酸化カルシウムが水槽の中央付近で沈殿します(Ca2+ + 2OH-    →  Ca(OH)2)。

同時に左側の電極からは二酸化炭素と酸素が、右側の電極では水素が発生します。詳しく調べたところ、加えた電気エネルギーの利用効率は85%程度に達したということです。著者らが撮った動画[2]で、反応の進み具合を見ることができます。こうしてできた水酸化カルシウムを原料として硅石と高温で反応させるとセメントができるというわけです。

 

セメント製造としての効率

電気化学合成法と加熱炉を組み合わせたセメント製造法の全体図を図3に示します。この方法はなぜ有利なのでしょうか。

図3 電気化学を用いる新しいセメント製造の過程

まず、直接炭酸カルシウムと硅石からセメントを作るのに比べて、水酸化カルシウムから作る場合は少ないエネルギーで作ることができます。また、電気化学反応の際に水素と酸素が出てくるので、もしこれを加熱炉の燃料として使えば加熱のために必要な燃料が不要または大幅に節約できます。このこともあってうまく全体を設計すれば従来の方法に比べると二酸化炭素発生を少なくすることができるのです。また、この方法では二酸化炭素は酸素と混ざって出てくるのみであるため、純粋な二酸化炭素を選別して得ることが容易です。そのためさらにこの二酸化炭素を化学工業の原料として利用することがやり易くなります。

 

終わりに

この方法は大量の電気を必要とします。筆者はたとえば風力発電などの自然電気エネルギーを用いると十分コスト面で見合うと考え、細かくコストを見積もっています。実際にこの方法が従来の方法に取って代わり、経済的に成り立つかどうかについては、セメントの価格や、二酸化炭素と酸素の分離のコストなど多くの要素が絡んで来るので簡単な問題ではありません。でもこのようなセメント工場での製造法がこのようなクリーンな方法に代われば素敵ですね。それではまた次回お会いしましょう。

 

参考資料:
[1] L. D. Ellis, A. F. Badel, M. L. Chiang, R. J.-Y. Park, and Y.-M, Chiang, Proc, Nat. Acd. Sci., Sep 2019, 201821673; DOI: 10.1073/pnas.1821673116.
[2] https://www.pnas.org/content/early/2019/09/10/1821673116/tab-figures-data このページの下の方に動画があります。水槽を仕切る紙がないときとあるときを比べています。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。