新型コロナウイルス治療薬の状況は

皆さんこんにちは。
これを書いているのは4月1日ですが、新型コロナウイルスによる疾患はますます勢いを増している状況です。会社も学校もあらゆるところに影響が及んでおり、とても心配ですね。
この状況を何とかするために、様々な研究機関や会社でこの新型疾患に効く薬の開発が行われています。全く新しい化合物を試すには長期間がかかるので、これまでに知られている薬の中から候補となる薬を探そうという試みが多くなされています。

 

ウイルスはどういうものか

今回はそれらの薬がどのようにして効くのかをお伝えします。そのためにはそもそもウイルスがどのようなものかを知らなければなりません。ウイルスは前回も書きましたが、DNAやRNAといった遺伝情報を伝えるゲノムを感染する宿主のなかに注入してそこで増殖します。ウイルスはそれ自身では何もできない単なる分子のあつまりなのです。コロナウイルスではRNAが遺伝情報として使われます。ウイルスの中では非常に大きな(情報量が多い)RNAを持っているそうです。RNAはリボ核酸ribonucleic acidの略で図1 1のように核酸塩基と呼ばれる窒素を含む分子に糖(リボース)が結合したもの(ヌクレオシド)が多数リン酸を介してつながっている鎖状の分子です。核酸塩基は四種類あり、RNAの場合A、U、C、Gという4つの記号で表されることは高校の生物でも習うでしょう(核酸塩基については図3も参照)。この4つの組合せで遺伝情報を伝えるのです。

図1 RNAの例(Thermus flavus 5S rRNAとよばれるもの)1 左はRNAの構造を模式的に表したもの、右は各原子を示したもの。核酸塩基(左図では平たく示されている部分、右図では青い原子を含み6角形と5角形がつながったもの、あるいは6角形だけのもの)とリボースという糖(5角形で赤い酸素原子がその中に含まれる)が、リン酸(オレンジ色のリンのまわりに4つ赤い酸素原子)を介してつながっていることが分かる。ここで表したものはコロナウイルスと同じ1本鎖のRNAである。

 

コロナウイルスの増殖方法

コロナウイルスはRNAをタンパク質の殻で囲い、さらにそのまわりに細胞膜のような膜があり、そこにスパイクと呼ばれるタンパク質が多数突き出ている構造となっています。では、コロナウイルスはどのように増殖していくのでしょうか。その状況は図2に簡単に示したので見て下さい。実際にはもっと複雑なことが起こっているのですが、図では簡略化して示しました。図でおわかりの通り、ウイルスは宿主の仕組みを利用して自分自身を作っていくのですが、その際にプロテアーゼとポリメラーゼという酵素を作って使っていることに注意して下さい。

図2 コロナウイルスの増殖過程の模式図
①ウイルス内部のRNAが宿主の細胞内に侵入する。②-1 RNAの情報を使って大きなタンパク質が合成される。タンパク質の合成はリボソームという宿主細胞がもともと持っている器官で行われる。②-2 RNAの情報からウイルスを構成する部品のタンパク質も合成される。③大きなタンパク質にはプロテアーゼと呼ばれるタンパク質を切る酵素があり、それが大きなタンパク質自身を切り取り、ポリメラーゼと呼ばれる酵素ができる。④-1ポリメラーゼによってRNAの複製が多数合成される。④-2 ポリメラーゼはまたもとのRNAの断片を多数作り出すこともできる。⑤-1と2 RNA断片からさらに様々なタンパク質も合成され、これらはウイルスの部品を作る過程などで使われる。⑥一部のウイルスの部品は宿主の細胞の材料が利用される。⑦こうしてできた部品群(灰色地の部分)を使ってウイルスが細胞内で多数作られる。これらはそののち細胞外に放出される。

 

有望な薬とウイルス増殖防止の機構

新聞等でも報道されましたが、現在いくつかの薬(アビガン、レムデシビル、カレトラ、オルベスコなど)が有望とされ、研究が行われています。これらのうち一部はRNAの部分構造に似せた構造をもっていて、ポリメラーゼの働きを止めようとするものです。現在最も研究が進んでいるのがレムデシビルremdesivir(もともとエボラ出血熱の薬として開発された)とEIDD-2801とよばれているものです。以前大きな問題となったSARSやMERSもコロナウイルスの仕業です。これらの薬として多くの研究が行われましたが、コロナウイルスは賢いウイルスでなかなかうまく効く薬が見つからず、この2つだけがこの6年間にコロナウイルスに効くものとして見つかったものだそうです 2。remdesivirは、今回のコロナウイルスに対する薬としては現在世界5箇所で第Ⅲ相(つまり最後)の臨床試験が行われているものです。また、特に日本でしばしば報道されているものにアビガン(一般名favipiravir)があります。これは比較的簡単な構造の分子で、これも治験が始まると報道されていますね。図3を見ていただくと分かるようにご紹介した3つの薬(remdesivir、EIDD-2801、favipiravir)はいずれもRNAの4つの核酸塩基(またはそれに糖が結合したもの)のどれかに似た構造となっているのです。わかりますか?これらを投与することによって、ウイルスのポリメラーゼなどが自分のRNAと間違えてこれらと結合することで、ウイルスの増殖過程を止めてしまおうというのがその戦略です。

図3 RNAを構成する分子と、これらに似た構造を持つ3つのコロナウイルス治療薬

 いかがでしょうか。抗ウイルス薬には全く違う作用様式のものもたくさんありますが、今回ご紹介した薬剤の仕組みの一端でもご理解いただければ幸いです。
何はともあれ次回お会いするときには、多くの皆さんの努力でこの状況が収まっていることを祈っております。

 

 

1)A. Ruszkowska, M. Ruszkowski, J. P Hulewicz, Z. Dauter, J. A Brown, Nucleic Acids Research, 2020, 48, 3304-3314. 構造はhttp://www.rcsb.org/structure/361D

2)Chem. Eng. News, 2020 March 27. “What can initial remdesivir data tell us about tackling COVID-19?” https://cen.acs.org/biological-chemistry/infectious-disease/initial-remdesivir-data-tell-us/98/i13

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坪村太郎

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。