菌類が毒性水銀化合物を解毒

みなさんこんにちは。今日は菌類の驚くべき働きについての話です。水銀の化合物には、きわめて毒性の強いものが知られています。特にメチル水銀と呼ばれるものは、水俣病などの悲惨な公害の原因としてよく知られていますし、化学の世界では有能な化学者がこの毒性のために命を落とすといった痛ましい事故[1]も知られています。メチル水銀は水銀に有機基であるメチル基(CH3−)がついた化合物で、一般にはXで表されるハロゲンなどがさらに結合したCH3-Hg-Xの形の化合物をさしますが、ジメチル水銀(CH3-Hg-CH3)のように有機基が2つついた化合物も含まれます。
さて、菌類とはカビや酵母、キノコ類のことで、細菌とは違い細胞に核を持っている真核生物に属しているものです。菌類は植物と共生していることがよくあります。例えばブナ科やマツ科の樹木の根には部分的に太く膨らんで分枝したところが見ることができますが、これは、菌類が植物根を取り巻いて変形したもので、「外生菌根」と呼ばれる構造[2]とのことです。菌類と共生することで、植物は窒素やリンなどの成長に必要な栄養を土壌から得やすくしていると同時に、菌類は植物が光合成で作った物質をもらい、相互に利を得ているのです。
最近中国と英国の研究者のチームが、メタリジウム(Metarhizium)という菌の一種による水銀の解毒作用を研究しました[3]。メタリジウムという菌類は昆虫に対して毒性があり、生物農薬としてはすでに使われているとのことです[4]。今回はその菌類の中のMetarhizium robertsii(M. robertsii)という菌に着目した研究が行われました。この菌はメチル水銀デメチラーゼ(Mmd)と、Hg2+リダクターゼ(MIR)という2つの酵素を産出することができます。前者は毒性の強いメチル水銀を毒性の弱い無機の水銀イオンにまで分解し、後者はさらにそれを還元して元素単体の水銀にします。元素単体の水銀(液体)は毒性があまりないと考えられています。この実験では、天然のM. robertsiiだけでなく、遺伝子操作を行って、MmdとMIRのいずれか、さらに両方を産生できなくした菌、さらにこれらの酵素を通常の菌より多く産生できる(過剰発現させる)菌を作って研究を行いました。まず、これらの菌を培養して、それぞれにメチル水銀やHg2+イオンを加える実験を行いました。その結果、メチル水銀を0.2mg/L培地に加えたとき、Mmdを産生しない菌は明らかに生育しなくなったのに対して、Mmdを過剰に産生させる菌は他と比べて倍の大きさに生育したのです。また、Hg2+イオンを加えた場合は、MmdとMIRのいずれかを産生しない菌では生育度合いが悪くなったなどの結果が得られました。
また、実際の植物を育てる実験を行いました。トウモロコシの苗をメチル水銀(15mg/kg)やHg2+イオン(30mg/kg)を添加した土に植えた場合に、上記の菌のどれを加えたかによって生育度合いがどのように異なるかを詳しく調べました。10日後の生育状態を調べると、この菌M. robertsiiを全く含まない土では、メチル水銀を含む土で育てた場合はメチル水銀がない場合と比べて背の高さが1/3位になってしまいました。これに対しM. robertsiiを加えると生育が良くなり、さらに過剰にMmdを産生する菌を加えるとメチル水銀を含まない土の場合に近い程度に生育が良くなりました。一方Mmdを産生できなくした菌を加えた場合は生育が悪いという結果でした(図1)。同様にHg2+を加えた場合においては、MIRを産生しない菌を加えた場合に生育が悪く、MIRを多く産生する菌を加えると生育が良くなりました。これらの結果からこの菌M. robertsiiは共生する植物が水銀に犯されることを防ぐ作用があることが分かったのです。

図1 トウモロコシの苗での実験結果のイメージ図
10日間の育成での成長具合を表している。「菌」は本文中のM. robertsii菌を表す。本来の菌以外にも遺伝子操作によってMmd酵素を多く産生する菌や産生しない菌も用いて実験を行った。

 研究者は、水中の水銀化合物の濃度をこの菌を使って減らせないかという研究も行っており、メチル水銀を2mg/L含む水(これは米国環境基準の1000倍)からメチル水銀を48時間で約60%減少させること、Hg2+イオンを1mg/L含む水(同500倍)から完全にHg2+イオンを取り除くことができたと報告しています。
アメリカ化学会機関誌の記事において、ラマイア工科大学のPriyadarshini Deys博士は、この菌は素晴らしいバイオ環境浄化体(bioremediator)であると評価していますが、実際にこのような人工的な菌を用いることは倫理上の問題等をはらむ可能性があるとも言っています[5]。様々な解決すべき問題はあるでしょうが、ともかく植物とその共生菌の働きで環境浄化ができるようになれば素晴らしいことですね。それではまた次回。

 

[1] 25 years after Karen Wetterhahn died of dimethylmercury poisoning, her influence persists, https://cen.acs.org/safety/lab-safety/25-years-Karen-Wetterhahn-died-dimethylmercury-poisoning/100/i21, (accessed January 2, 2023).
[2] 菌類がつなぐ生物共生ネットワーク | SciencePortal China, https://spc.jst.go.jp/hottopics/1102plant_science/r1102_hosoya.html, (accessed January 2, 2023).
[3] C. Wu, D. Tang, J. Dai, X. Tang, Y. Bao, J. Ning, Q. Zhen, H. Song, R. J. St. Leger and W. Fang, Proc. Nat. Acad. Sci., 2022, 119, e2214513119.
[4] 進清水, 蚕糸・昆虫バイオテック, 2014, 83, 2_153-2_158.  https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/83/2/83_2_153/_article/-char/ja/, (accessed January 2, 2023).
[5] Metal-tolerant fungus cleans up mercury, https://cen.acs.org/environment/pollution/Metal-tolerant-fungus-cleans-mercury/100/i42 (accessed January 2, 2023).

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。