リン~P パワーの源・リン酸結合

人体とリン

リンは人体に含まれる元素の中で6番目に、無機物の栄養素としてはカルシウムについで2番目に多い元素である。リンは、成人の体内に780g程度含まれ、その85%が骨組織に、14%が軟組織や細胞膜に、1%が細胞外液に存在する。リンは、塩またはイオン状態の無機リンと、有機物と結合した有機リンがある。
無機リンは骨組織に最も多く、ヒドロキシアパタイト( Ca5(PO4)3(OH) )の状態で骨の強度を保つのに働いている。血漿など細胞外液の無機リンは、リン酸イオンとして浸透圧やpHの維持に寄与している。このように無機リンは身体状態の維持に「静的な」役割を果たしているといえよう。

 

筋肉を動かすATP

これに対して有機リンには、様々な有機物と結合した分子があり、それらは体内で多様な機能を果たしている。その一つが、生化学過程におけるエネルギーの供給である。
私たちは、常に呼吸をし、心臓を動かして血液を循環させ、さらに身体のあちこちを動かしながら生きている。呼吸は胸の筋肉の、心臓の拍動は心臓の筋肉の、身体を動かすことは骨格筋の伸び縮みによってなされている。筋肉を伸縮する(仕事をする)ためには、当然エネルギーが必要であるが、このエネルギー源は核酸の塩基アデニンにリボースとリン酸3分子が結合したアデノシン三リン酸(ATP)である。ATPのリン酸エステル結合が一つ加水分解されてアデノシン二リン酸(ADP)とリン酸に分かれる時、大きなエネルギーが放出される。筋肉の収縮・弛緩は、ATPがADPとリン酸に分かれる時のエネルギーでまかなわれているのである。

 

酸素の要らないATPの産生

ところが、筋肉中のATPはわずかなので、消費されると枯渇してしまう。そのため、ATPの消費と同時に絶えず補充をする必要があり、他のエネルギー源を使ってADPとリン酸からATPに戻さなければならない。休息中の筋肉ではATPを使ってクレアチンにリン酸を結合したクレアチンリン酸が作られている。このクレアチンリン酸は、容易にADPにリンを移してATPに戻すことができ、瞬発的な動きに使われる。ウサイン・ボルトは世界記録9.58秒の100mをほぼクレアチンリン酸とATPだけで走りきったとみられる。しかし、もっと長く運動を続けるには栄養素を分解・燃焼してATPを作らなければならない。

エネルギー源となる栄養素にまず、炭水化物のグルコース(ブドウ糖)があげられる。グルコースが分解して乳酸になる時、グルコース1分子から2分子のATPが作られる。この変化は分子式でみれば分かるように、グルコース(C6H12O6)が二つに分かれて2分子の乳酸(C3H6O3)になっただけで、酸素は使われていない。そのため、これもそれほど多くのATPを作り続けることができない。グルコースから乳酸への経路は速やかに進むので、400m走のような激しいけれども短時間の運動の時に主に働いている。

 

酸素の必要なATPの産生

一方、酸素を使ってグルコースを二酸化炭素と水まで燃焼する場合は、グルコース1分子当たり32分子のATPが作られる。こちらは乳酸になる経路ほど速くないが、多くのATPを作ることができるので長く運動を続けられるようになる。脂質(脂肪酸)も筋肉のエネルギー源となるが、その燃焼には酸素が必要で多くのATP分子を作ることができる。だから、この酸素を使う栄養素の燃焼によって作られるATPが、マラソンなど長時間の運動には使われているのである。
ここまで筋肉収縮について述べてきたが、ATPにあるリン酸結合のエネルギーは糖、脂肪酸、たんぱく質等の体内で必要な物質を作る時、細胞膜を通して物質を通す時など様々な場面で使われている。栄養素の炭水化物、脂質、たんぱく質が燃焼するのは、このリン酸結合を作るためといってよい。有機リンの一つATPは無機リンとは異なり、体内で「動的な」役割を果たしているのである。
リンは、エネルギーを必要とする代謝過程で必須の機能を担う元素であり、まさしくパワーの源となる栄養素といえる。

 

リンの栄養状態

この重要なリンの栄養状態は、どうなっているのだろうか。国民健康・栄養調査によれば一日リン摂取量の中央値は2013年~2017年の5年平均939mgで成人男性の摂取基準目安量1000mgに近い。ところで、加工食品の中にはハムやソーセージの結着補強剤等のように食品添加物としてリン酸塩が使われるものがある。国民健康・調査のリン摂取量は食品成分表のリン含量からの計算値なので、食品添加物由来のリンすべてが加算されていない。しかし、高齢女性の食事で実測されたリンの量は平均1,019mgで、国民健康・調査と大きな違いがみられない。したがって、食品添加物によるリンの影響は大きくないと思われる。こうしてみると、私たちのリンの栄養状態は、不足のリスクも過剰のリスクも小さいといえよう。

 

参考書等
内藤博他(1987)『新栄養化学』朝倉書店
田中桂子・爲房恭子編(2009)『応用栄養学』朝倉書店
厚生労働省(2014)『「日本人の食事摂取基準(2015)」作成検討会報告書』
厚生労働省『国民健康・栄養調査』:
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450171&tstat=000001041744

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馬路 泰藏

現職時には、主に動物実験による栄養学研究、食生活に関する調査研究に携わり、今も食生活のあり方について関心を持っている。著書に『ミルクを食べる 肉を食べる』、『床下からみた白川郷』(風媒社)『食生活論』(有斐閣)等。趣味はテニス、写真撮影。