亜鉛~Zn 亜鉛不足は多様な症状の病因

亜鉛の体内分布

亜鉛は、必須微量元素としては鉄に次いで多い元素で、体内に約2,000mg含まれる。亜鉛を多く含む臓器は骨格筋(60%)、骨(20~30%)、皮膚・毛髪(8%)、肝臓(4~6%)、消化管・膵臓(2.8%)、脾臓(1.6%)で、他の臓器に含まれているのは1%未満である。亜鉛は、300種類以上の酵素が働くのに必要であり、多様な代謝過程に関与している。

 

日本人に不足がちな亜鉛摂取量

私たちはどれくらい亜鉛を摂取しているのだろうか。下表に2017年国民健康・栄養調査に示されている亜鉛摂取量の中央値と摂取基準にある推奨量・推定平均必要量を示したが、どの年齢・性別も亜鉛摂取量の中央値は推奨量に達しておらず、推定平均必要量と推奨量の間にある。

平均必要量は半数の人が必要量を満たす量、裏返せば半数の人が摂取不足となる量である。そこで、食事摂取基準ではほとんどの人が必要量を満たすことのできる推奨量が定められている。一方、摂取量の中央値は半数の人が達していない摂取量を意味する。したがって、亜鉛摂取量の中央値が平均必要量と推奨量との間にあることは、亜鉛摂取不足の人が少なからずいることを示している。

 

亜鉛欠乏による健康障害

亜鉛欠乏の症状は、皮膚炎、味覚障害、慢性下痢、低アルブミン血症、赤血球・白血球・血小板が同時に減少する汎血球減少、成長遅延、性腺発育障害・精子の減少の他、免疫機能・神経感覚・認知機能の障害など多岐にわたっている。これまで日本における亜鉛欠乏症は、亜鉛を含まない輸液による栄養や吸収障害のある患者への経腸栄養など治療時での発生に着目され、通常の食事で亜鉛欠乏のおそれは小さいと考えられてきた。
近年、味覚障害患者が増加する傾向にあり、高齢者と女性に多い。これらの味覚障害の多くが亜鉛欠乏性とされ、食生活の変化が関与していると考えられている。さらに、過度の食事制限のような「誤ったダイエット」が亜鉛欠乏による味覚障害を引き起こすことが懸念されている。
高齢者の介護現場では、ベッド上の生活が長いと褥瘡(床ずれ)が起こりやすい。倉澤隆平らは、褥瘡が亜鉛投与によって治癒することから、亜鉛欠乏であることを示した。さらに、高齢者によくみられる食欲不振が味覚障害や舌痛などの亜鉛欠乏と関連が深いことを指摘している。高齢者の割合がこれからも増えていく日本では、亜鉛の栄養がますます重要になると思われる。

 

体内での亜鉛の働き

上述のように、亜鉛は300種以上の酵素が働くのに必要な元素であり、たんぱく質や糖質の代謝をはじめとして多様な物質代謝に関与する酵素が含まれている。リボ核酸(RNA)合成酵素やDNAと結合している亜鉛を含むたんぱく質(Znフィンガーモチーフ)は、遺伝子をもとにたんぱく質を作る過程の調節に関与している。このように亜鉛は多様な生命現象の調節に関わっている。

 

亜鉛を摂取するには

私たちは何から亜鉛を摂取しているのだろうか。国民健康・栄養調査によると、穀類からの亜鉛摂取量が最も多く、肉類、魚介類、乳類、豆類、野菜類、卵類の順になっている。下表に示すように穀類の米飯も食パンも亜鉛含量が多い方ではないが、摂取量が多いので亜鉛摂取量も多くなっている。

表には、亜鉛の摂取に適した食品を中心に亜鉛含量を示してある。肉類は亜鉛が多い食品であるが、日本食品標準成分表では、肉類は動物の違い(牛肉:和牛・乳用牛・交雑牛・輸入牛、豚:大型種・中型種、鶏肉:若鶏・成鶏)や脂身(牛肉・豚肉)・皮(鶏肉)の有無によって詳細に区分されているため、部位による違いが分かりにくい。そこで、表には肉の部位別に亜鉛含量を最小値と最大値の範囲で示している。大まかにみると、亜鉛は牛肉、豚肉、鶏肉の順に多く、脂肪の多い肉に少ないので、亜鉛摂取には赤身の牛肉が最も適している。
魚類は亜鉛が目立って多い食品は加工食品ばかりで、生魚ではきびなごが最も多い。あんこうの肝が牛・豚・鶏レバーと同様に亜鉛が多いことから類推すると、きびなごに亜鉛の多いのは内臓を含めて食べる小魚であるからと思われる。貝類では牡蠣(かき)の亜鉛含量が際だって多いが、この濃度はすべての生鮮食品の中でも最も高い。他の魚介類ではかに類が亜鉛の多い食品である。
植物性食品では大豆に亜鉛が多いが、その加工食品である納豆、醤油、味噌の亜鉛も少なくない。なお、醤油・味噌は種類別の、大豆は品種・産地別の成分値が記載されているので、肉類と同様に亜鉛含量を表記している。亜鉛摂取量が豆類に次ぐ野菜類では、亜鉛の多い食品は少ないが、野菜類に分類される枝豆・グリーンピースなど未熟豆に亜鉛が比較的多い。
小腸での亜鉛の吸収率は20~40%とされるが、植物性食品に含まれるフィチン酸は亜鉛の吸収を阻害する。こうしてみると、肉類、魚介類が亜鉛の摂取に適した食品である。
亜鉛を過剰に摂取すると銅欠乏が起こるが、亜鉛をサプリメントで大量に摂取しなければ亜鉛過剰症は起こらないと考えられている。

 

参考書等

厚生労働省『「日本人の食事摂取基準(2015)」作成検討会報告書』(2014)
日本臨床栄養学会(2016)『亜鉛欠乏症の診療指針2016』
愛場庸雅(2011)「味覚障害患者の動向」『日本口腔・咽頭科学会誌』24巻2号
倉澤隆平、久堀周治郎、奥泉広康(2010)「亜鉛基礎研究の最前線と亜鉛欠乏症の臨床」”Biomedical Research on Trace Element ”21巻1号
深田俊幸(2015)「亜鉛生物学と亜鉛シグナルの基礎知識」”Biomedical Research on Trace Element” 26巻1号
上代淑人監訳(2002)『ハーパー・生化学 25版』
中村桂子・松原謙一監訳(2017)『細胞の分子生物学』
文部科学省(2015)『日本食品標準成分表2015年版(七訂)』

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馬路 泰藏

現職時には、主に動物実験による栄養学研究、食生活に関する調査研究に携わり、今も食生活のあり方について関心を持っている。著書に『ミルクを食べる 肉を食べる』、『床下からみた白川郷』(風媒社)『食生活論』(有斐閣)等。趣味はテニス、写真撮影。