ニオブ(Nb)~アメリカでは「コロンビウム」と呼ばれた元素

19世紀初頭、化学者たちは鉱物学に興味を抱きました。ニオブは、この時代に発見された元素の一つで、その経緯はバナジウムにとても似通っています。すなわち、両者はほぼ同時期に最初の発見者によって見出され、化学的な論争の過程で再発見されたのです(バナジウムについてはココをクリック)。ニオブの歴史をたどってみましょう。

ニオブの最初の発見

大英博物館を創設したH.スローン卿は王立協会会長で、名だたる収集家でもありました。スローン卿は同館に書籍、美術品、鉱物など自身の収集品を寄贈した一人で、アメリカに居る彼の知人のJ.ウィンスロップ二世もまた、600点を超す数の鉱物を同館に寄贈しました。

鉱物への興味が高まる中、ロンドンのC.ハチェットは、大英博物館が収蔵する鉱物標本を同定・整理し目録を作成する仕事をしていました。その過程で、クロム鉄鉱(組成は(Fe,Mg)Cr2O4)に外観が似ているもののクロムを含まない重くて黒い石に注目しました。

その鉱物はコルンブ石(columbite)(ニオブ石 (niobite) とも,組成は(Fe,Mn)Nb2O6)で、1801年にハチェットは、その質量の過半が未知金属の酸化物であることを見出し、予想される新元素の名前を、その鉱物の原産地アメリカの雅称コロンビア(Columbia)に因んでコロンビウム(columbium)としました(元素記号はCb)。実際には、ハチェットが発見したのはニオブ及びタンタルの酸化物の混合物であったと考えられています。

コルンブ石(秋田大学鉱業博物館所蔵)

ニオブの再発見

その翌年、スウェーデンのA.エーケベリは、タンタル石(組成は(Fe,Mn)(Ta,Nb)2O6)からニオブとよく似た性質の新元素を発見し、タンタル(tantalum)と名付けました(元素記号はTa)。彼は、この元素の発見までの幾多の困難を思い起こし、ギリシア神話の神タンタロス(Τανταλος)に因む名前としたのです。タンタロスはゼウスの息子で、神々の秘密を漏らしたために地獄の池に落とされて永劫えいごうの罰に苦しみました。英語でtantalizeは「じらして苦しめる」という意味です。

タンタルが発見されると、その直後からコロンビウムとの類似性が論議になりました。当事者のハチェットは家業が忙しくなって化学から離れ、エーケベリは1813年に病没したので、当時の化学者たちが代わって論争を繰り広げました。

ロジウム(45Rh)とパラジウム(46Pd)を発見(共に1803年)した業績のあるイングランドのW.ウラストンは、1809年、コルンブ石とタンタル石の密度をそれぞれ測定し、両者の値がかなり違うにもかかわらず、この二つの石は同じものであると結論しました。学界はウラストンの主張を受け入れましたが、そうなると、タンタルの発見に関する先取権がエーケベリからハチェットに移ることになります。その場合、コロンビウムとタンタルのどちらかの名前が採用されるべきですが、地名に基づく「コロンビウム」は鉱石の根拠が崩れれば不適切だとするJ.ベルセリウスの意見を受けて、「タンタル」が使われることになりました。

次いで、1840年から数年間かけて調べたドイツのH.ローゼは、各地の鉱山から産出されたコルンブ石とタンタル石について、それらには少なくとも二つ、可能性としては最大三つの元素が含まれているという結論を出しました。そこで彼は、最も重い元素を「タンタル」とし、それより軽い元素の一方にはタンタロスの娘ニオベー(Νιοβη)から「ニオブ」、もう一方にはその兄弟ペロプス(Πελοψ)から「ペロピウム」という名前を付けました。

やがて、軽い方の二つの元素は同一であることが判りました。分析に使われたのは共に塩素との化合物(塩化ニオブ(Ⅴ)(NbCl5),オキシ塩化ニオブ(Ⅴ)(NbOCl3))で、そのことが異なる元素とみなされる原因になったとはっきりしたからです。更にスイスのJ.マリニャックは、ヘプタフルオロタンタル酸カリウム(K2TaF7)がヘプタフルオロニオブ酸カリウム(K2NbF7)よりも稀塩酸に溶けにくいことを利用してニオブとタンタルを分離しました。

コロンビウムかニオブか

こうして19世紀半ばに同族元素のニオブとタンタルが明確に区別されたのですが、最後に命名問題が残りました。欧州の化学者たちはニオブの方を使っていましたが、アメリカではコロンビウムが根強く残り、英国では両方が併用されていたのです。

この状況に終止符を打つために、1949年に開かれた国際純正・応用化学連合(IUPAC)の会合において、41番元素の名前にはニオブ(niobium,元素記号はNb)が採択されました。このとき、歴史的には古くから使われてきたコロンビウムという元素名が結果として選ばれなかった背景には、ある種の妥協もあったとされます。すなわち、74番元素については、欧州圏で使用されているウォルフラムと北米圏で使用されているタングステンのうち後者を採用し、その代わりに41番元素については、北米圏で使用されてきたコロンビウムと欧州圏で使用されているニオブのうち後者を採用した、というわけです。

ニオブの用途

ニオブは、軟らかく延性のある金属で、鋼材・合金・超伝導体の重要な原料です。また、硬貨に使われていることでも知られています。

ニオブ合金の記念硬貨(オーストリア造幣局・2014年発行)
NobbiP による”2014 Evolutionary biology — Austria 25 Euro‚ niobium and silver, 9 g silver 900/1000 and 6,5 g pure niobium (bicolor), d=34 mm, release date 22. January 2014, volume 65.000, designer Helmut Andexlinger” ライセンスはCC BY-SA 3.0 出典:Wikimedia Commons

かつて、ハチェットはニオブの単体を酸化物から単離できず、ローゼも単体を得ていません。それはニオブと酸素との親和性が強いからです。ニオブの単体を手にしたのはスウェーデンのC.ブロムストランドでした。彼は1864年、塩化ニオブ(Ⅴ)を水素で還元して単体を初めて得ました。

金属ニオブの用途の始まりは白熱電球のフィラメントとしてで、それは20世紀初頭のことでしたが、すぐにタングステンに取って代わられました。(タングステンについてはココをクリック)

ニオブの単体(秋田大学鉱業博物館所蔵)

最近では、窒化ニオブ(Ⅲ)(NbN)などの窒化物超伝導体を用いた新たなタイプのジョセフソン素子(磁性ジョセフソン素子)が開発され、次世代の超伝導量子コンピュータの基本素子として注目されています。

 

参考文献:
「元素発見の歴史2」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「ギリシア・ローマ神話辞典」高津春繁著(岩波書店,1996年)
「元素大百科事典」P.エングハグ著,渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。