鉄~Fe 女性と高齢者に心配な鉄欠乏性貧血

鉄欠乏性貧血とは

貧血というと立ちくらみを思い浮かべる人もいるが、これはここでいう貧血とは異なるものである。立ちくらみは、急に立ち上がった時などにめまいや時には失神などが起こることを指す言葉で、重力の影響で脳の血液が少なくなって起こるため脳貧血とも呼ばれることから貧血と混同されやすい。
これに対して、貧血は血液中のヘモグロビン濃度が低い病気である。ヘモグロビンは赤血球にある赤い色のたんぱく質で、酸素を運ぶ役割を持っている。ヘモグロビンには鉄が含まれていることから、鉄欠乏性貧血と呼ばれる。

 

女性と高齢者に多い鉄欠乏性貧血

国民健康・栄養調査から性別・年齢別の鉄欠乏性貧血者の割合を、血液中のヘモグロビン濃度が女性12g/dl未満、男性13g/dl未満とするWHO(世界保健機構)の基準にしたがって図に示した

女性の鉄欠乏性貧血者の割合は、30歳代、40歳代に20%超と多い。50歳代になると閉経によって月経時の出血がなくなることもあって一旦減少するが、高齢になると再度増加している。男性の貧血者は40歳代までほとんど見られないが、高齢になるにしたがって増加している。しかも、男女とも日本人間ドック学会が示す異常区分(男性12g/dl、女性11g/dl)の人が含まれている。このように、日本人の鉄欠乏性貧血は、軽視できない状況である。

 

鉄摂取不足の若い女性

下表左に示す鉄の性別・年齢別の摂取量の中央値は、20~40歳代女性の摂取量は他の年齢層に比べても最も少ない。この年齢の女性は月経のある人が大部分なので、鉄摂取量は表右に示す月経あり女性の推奨量より40%以上少ない。この年齢層の女性に鉄欠乏性貧血が多いのは、鉄摂取量の少ないことによると考えられる。

 

鉄の主な供給源は、豆類、肉類、魚介類、卵類

私たちはどのような食品から鉄を摂取しているのだろうか。国民健康・栄養調査から食品群別の鉄摂取量を図に示した。

鉄摂取量は、豆類、野菜類、穀類、調味料・香辛料、肉類、魚介類、卵類の順に多い、野菜類と穀類は鉄を多く含む食品ではないが、食べる量が多いので鉄摂取量も多くなっている。これに対し、豆類(特に大豆とその加工品)、肉類、魚介類、卵類は、鉄を多く含んでいるので、鉄摂取量も多い。なお、調味料・香辛料からの鉄摂取量が多いのは、大豆を主な原料とする味噌・醤油による部分が大きい。

 

鉄の吸収に関与する多くの要因

日本人の食事摂取基準では、鉄の吸収率を15%と見積もっているが、食品の種類によって鉄の吸収率が異なることはよく知られている。肉や魚に多く含まれるヘム鉄(二価鉄とポルフィリンの錯体)はそのままの形で吸収される。一方、非ヘム鉄の場合、三価鉄(Fe3+)では吸収されないが、アスコルビン酸(ビタミンC)等によって二価鉄(Fe2+)に還元されると吸収される。鉄の吸収は食品成分によって影響され、たんぱく質、アミノ酸、アスコルビン酸は吸収を促進し、植物性食品に含まれるフィチン酸、タンニン、シュウ酸は吸収を抑制する。また、卵黄は鉄を多く含むが、鉄の吸収を抑制するたんぱく質ホスビチンも含んでいる。このようなことから、肉類と魚類が鉄の補給に適した食品である。

 

若い女性の鉄欠乏性貧血は肉類の摂取不足

国民健康・栄養調査では、男女別に食品群別の栄養素摂取量が示されていないので、食品群別摂取量について男女を比べてみよう。摂取量の男女差が最も大きい食品群は肉類で、特に15~59歳では、女性の摂取量は男性の70%前後と著しく少ない。したがって、若い女性に貧血者が多いのは、肉類の摂取が少ないことによると思われる。

 

高齢者も肉類が摂取不足

鉄欠乏性貧血は、鉄の摂取不足だけでなく、エネルギー、たんぱく質も同じように摂取不足になっている場合が多い。しかし、国民健康・栄養調査結果では、高齢になっても80歳以上を除けばエネルギーとたんぱく質の摂取量は必ずしも少なくない。

図に示すように、鉄摂取量は80歳以上を除けば年齢が高いほど多いが、この鉄摂取量の増加は吸収のよくない豆類と野菜類からの鉄によるところが大きい。これに対して、ヘム鉄を多く含む肉類からの鉄摂取は、高齢になるほど少なくなっている。高齢期の鉄欠乏性貧血の増加は消化管のポリープなど出血を伴う疾病の増加なども考えられるが、食生活に原因を求めると肉類の摂取量の少ないことが考えられる。したがって、高齢期の貧血予防には肉を多く食べることが必要である。
高齢期に肉を多く食べると、心疾患のリスクが増すと思われがちである。ところで、高齢になるとたんぱく質不足を示す血中アルブミンの少ない人が著しく増加する。しかも、血中アルブミンが少ないと心疾患のリスクが大きい。肉の摂取は血中アルブミンを増加させるので、高齢期の日本人には心疾患のリスクをむしろ減らすのである。
貧血をはじめとする鉄欠乏状態は、運動機能や認知機能の低下によって高齢者のQOL(生活の質)を大きく低下させる。高齢者は野菜を中心とするあっさりした食べ物が好むという「常識」にとらわれず、肉類も積極的に食べることが望まれる。

 

参考書等

厚生労働省(2019)『国民健康・栄養調査(平成29年)』
厚生労働省(2014)『「日本人の食事摂取基準(2015)」作成検討会報告書』
浦部晶夫(2011)『貧血と血液の病気』
内藤博他(1987)『新栄養化学』朝倉書店
健康長寿ネット(2019)『長生きしている高齢者は何を食べているか?』
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/koureisha-shokuji/nagaiki-koreisha
– naniotaberu.html
高田和子(2013)『超高齢化社会を見据えて、高齢者がよりよく生きるための日本人の食事を考える』(厚生労働省第2回日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会資料)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/ 0000015824.pdf
熊谷修(2003)「高齢期に求められる食生活のあり方」『Kellogg’s Update No72』

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馬路 泰藏

現職時には、主に動物実験による栄養学研究、食生活に関する調査研究に携わり、今も食生活のあり方について関心を持っている。著書に『ミルクを食べる 肉を食べる』、『床下からみた白川郷』(風媒社)『食生活論』(有斐閣)等。趣味はテニス、写真撮影。