一人ぼっちが苦手な元素アンチモン

元素記号Sb、元素番号51の元素、アンチモン。アンチモンは銀白色の金属光沢を有するが、脆性、低い熱伝導性、半導体性などを示すことから「半金属」に位置づけられる。名前の語源はギリシャ語のanti-monos「単体ではめったに見られない」の意味にあるといわれており、11世紀ごろからこの名前で呼ばれていたとされる。名前の由来は、書物によっては「孤独嫌い」の意、と書いている場合もある。アンチモンの歴史は長く、紀元前3千年ごろにアンチモン製の壺が作られていて、紀元前9世紀ごろにはアンチモンを含む黄色系の顔料が建築物や化粧品にも使われていた。旧約聖書には遊女がアイシャドウにアンチモン系の顔料を用いた記述がある。

輝安鉱 Stibnite(ルーマニアマラムレシュ県バイア・マレ、バイユート産) 写真提供ご協力:鉱物たちの庭ホームページ管理人 https://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/gallery/071stibn.html

アンチモンは私たちの生活に不可欠な元素でもある。長年、活版印刷用の活字合金や、社寺の鐘の合金材料としても利用されてきた。ペルチェ素子という熱電冷却素子にもアンチモンは使われる。フランスのペルチェが、アンチモンとビスマスなど特定の異なる種類の金属を用いて、直流電流を流すと、接合部で表面を加熱や冷却でき、また電流によってその加熱と冷却を切り替えられるしくみを発見したのが始まりだ。ペルチェ素子は今や便利な温度制御装置として小型クーラーやパソコンなどの冷却装置に応用されている。

アンチモンの主な原料は、天然に採掘される輝安鉱(アンチモン硫化物)である。よく利用されるアンチモン材料としては三酸化アンチモン、金属アンチモン、三硫化アンチモンがある(写真参考)。アンチモンの最大の用途はプラスチックに添加される難燃助剤の三酸化アンチモンである。三酸化アンチモンはポリエチレンテレフタラートなどポリエステルの重合触媒としての需要もある。その他、三酸化アンチモンは顔料、ブレーキ用摩擦材、電子部品、高級ガラスの清澄剤などにも使われる。

上から、三酸化アンチモン、三硫化アンチモン、五硫化アンチモン(写真提供ご協力:日本精鉱株式会社)https://www.nihonseiko.co.jp/products/antimony/

金属アンチモンは鉛電池、半導体材料などに使用されていて、硫化アンチモンは花火など火薬の原料として利用されている。

アンチモンの最大の採掘国は中国であるが、近年は自国の資源流出防止のため輸出量を減らす傾向にある。その他、ロシア、南アフリカ、タジキスタン、ミャンマーなどからも採掘されている。

 

実験1 アンチモン触媒によるポリエステルの重合反応

PET(ポリエチレンテレフタラート)は日常の飲料品のボトル材料として使わたり、ポリエステル繊維としてシャツなど衣服材料の原料となったりする。そのポリエステルの重合にアンチモン触媒が活躍している。PETはテレフタル酸(TPA)とエチレングリコール(EG)が重合した高分子化合物であり、この共重合反応は酸またはアルカリで反応が促進される。しかしPETの融点が約260℃で、300℃では逆反応の分解反応を引き起こしてしまうため、熱的に安定で逆反応を起こさない適切な触媒を選ばなければならない。PET重合用の触媒として、反応性が良く、着色性がなく、反応中に副反応や余分や沈殿を作らない、などの条件を満たすことができるのは、酸化アンチモンや、酸化ゲルマニウムに限られている。日本では環境や健康への配慮から酸化ゲルマニウムも多く採用されているが、海外生産のPETボトルは酸化アンチモンを触媒とするものがほとんどである。三酸化アンチモンは、ポリエステル製造時の重合速度を促進する優れた触媒である。実際に触媒として利用する際には、三酸化アンチモンに酢酸塩や有機リンなどの成分が配合されている。アンチモン系触媒はエチレングリコール(液体)と最初に反応させて、アルコキシド化される。下の反応式のオリゴマーからポリマーに重合が進む段階で、約280℃の反応温度で重合反応の触媒としてアンチモンが活躍する。

PETの重合反応の反応式

 

PET重合プロセスの概略図(図面および情報提供ご協力:日本精鉱株式会社)
EG:エチレングリコール、TPA:テレフタル酸、CAT:三酸化アンチモン系触媒

 

実験2 アンチモン(V)錯体の活用 フタロシアニンの“変人”:アンチモン化合物

フタロシアニンはほとんど全ての金属元素と化合物を作ることができ、様々な有用な物質の原料となっている。アンチモンとのフタロシアニン錯体については他の金属とのフタロシアニン錯体とはかなり違った特性を持つことが砂金らによって発見されている。よくフタロシアニンの化合物はある領域の可視光を吸収するため青や緑の顔料として使用されているが、アンチモン化合物は可視光よりも波長の長い近赤外光領域の光を強く吸収するのだ。今後は、光通信の分野やガン治療等の分野でますます重要性が高まることが期待されている。

フタロシアニンとよく似たテトラフェニルポルフィリンのアンチモン錯体も合成されていて、可視光応答型の脱塩素化触媒や、殺菌触媒として働くことも見出されている。

アンチモンのフタロシアニン錯体の構造

図面および情報提供ご協力:国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)砂金宏明氏

図はアンチモンのフタロシアニン錯体の構造の例を示したものである。国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の研究者である砂金らは、Rで示される置換基として、tert-butyl基や、水酸基、スルホニン酸基、カルボキシル基を有するピリジンなどを有する錯体を合成し、高能率な増感された感光性素子を提供することに成功している。対イオンとしては三ヨウ化物イオン(I3-)が一般的である。微粒子酸化チタンにこのフタロシアニン色素を吸着させることで太陽電池や光触媒に活用できる。

アンチモン(以下Sb)ーフタロシアニン錯体の合成方法の基本は、ヨウ化アンチモンとフタロニトリル(IUPAC名 1,2-ジシアノベンゼン)誘導体の混合物をフタロニトリルの融点より少し上で加熱することである。

水溶性のSbーフタロシアニン錯体合成のレシピ:

1.ヨウ化アンチモンとフタロニトリルから三価Sbのフタロシアニン錯体を得る。

2.三価Sbのフタロシアニン錯体を適当な酸化剤を用いて五価Sbのフタロシアニン錯体を得る。この際、有機過酸化物を酸化剤として用いると、軸配位子にOHを有する錯体が得られる。

3.テトラ−2,6−ジメチルフェノキシ置換フタロシアニンの錯体を濃硫酸で処理すると、水溶性のSbーフタロシアニン錯体が得られる。この方法で作ったSbーフタロシアニン錯体は水に溶けても会合しない。一般的にフタロシアニン錯体は水中で強く会合し、界面活性剤やアルコール等がないと会合したままで水に溶かすことができない(合成方法のより詳細な情報は特許、例えば特開5586010などで紹介されている)。

 

さまざまな分野での応用が期待されているスーパーマン的なフタロシアニン化合物

図面および情報提供ご協力:国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)砂金宏明氏

 

 

実験3 酸化アンチモンとハロゲン系材料の組み合わせによる樹脂の難燃化

いわゆるプラスチックや樹脂類は化石燃料を原料の主体とすることからも燃えやすい材料である。しかし、建築物や自動車など、その用途によっては燃えにくいつまり難燃性であることが強く求められる。プラスチック用には、ハロゲン系の難燃剤がよく知られていて、燃焼反応の過程でまず有機物から水素を引き抜いてハロゲン化水素HX(例えば臭化水素HBrや塩化水素HClなど)を形成する。これが有機物から発生する反応性の高い可燃性のラジカルを補足することで難燃化を実現できている。これに三酸化アンチモンを添加することでより高い難燃性を実現することができることがわかっている。三酸化アンチモンを添加すると、ラジカルトラップ剤として活躍するHBrなどのハロゲン化水素を幅広い温度範囲で発生することが可能になり、燃焼の開始温度から燃焼の終了温度まで可燃性のラジカルをトラップできるわけだ(反応式参照)。またアンチモンの存在によってプラスチック表面が炭化するため、燃焼場への燃料供給を断つことができ、効果的に燃焼連鎖反応を停止させられる。

RX → R・ + ・X
・X + RX → R・ + HX
HX + ・H → H2 + ・X
HX + ・OH → H2O + ・X

 

20世紀になってからアメリカ空軍が、酸化アンチモンと塩素化パラフィンの組み合わせを発見し、ナイロンに応用したのが始まりであり、いまだハロゲン/三酸化アンチモンの併用効果を超える難燃化を促進できる物質系はまだ見つかっていない。第二次世界大戦中、航空機パイロットが爆撃等を受けた際、高分子繊維でできた軍服の燃焼で焼け死ぬのをいかに防ぐか、というのにアンチモンが活躍したのだ。日本難燃剤協会によると、アンチモンの化学変化は次の化学式のようであると説明されている。

Sb2O3 + 2HX → 2SbOX + H2O
5SbOX → Sb4O5X2 + SbX 3
4Sb4O5X2 → 5Sb3O4X + SbX3
3Sb3O4X → 4Sb2O3 + SbX3

 

現在、PVC、PE、PP、PSなどあらゆる樹脂において用途によってはアンチモン系の難燃剤が使われている。実際のプラスチック中の三酸化アンチモンの含有量は2.5~13%程度である。同時に使われるハロゲン系の難燃剤としては、テトラブロモビスフェノール(TBBA)やデカブロモジフェニルオキサイド(DBDPO)が主流である。

三酸化アンチモンを難燃剤として添加されているプラスチックや衣類がいかに燃えにくいかは次の動画をご覧いただきたい。(動画提供ご協力:日本精鉱株式会社)

 

UL燃焼試験

 

エプロン燃焼実験

 

 

 

 

参考文献・参考資料

John Emsley (著)、山崎 昶 (翻訳)、「元素の百科事典」、丸善、2003年

JOGMEC金属資源情報 鉱物資源マテリアルフロー2019 アンチモンhttp://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2020/05/material_flow2019_Sb.pdf

日本精鉱株式会社のホームページより、製品情報、アンチモン製品https://www.nihonseiko.co.jp/products/antimony/

砂金宏明「15族金属フタロシアニン錯体の合成,構造,および物性に関する研究」東北大学、博士論文(博士 (理学))、2000年

独立行政法人物質・材料研究機構、「タロシアニン系近赤外色素および薄膜とその製造方法」、特開2004-244580、2004-9-2

独立行政法人物質・材料研究機構、「フタロシアニン系近赤外線吸収色素の製造方法」特開2005-060575、2005-3-10

独立行政法人物質・材料研究機構、「水溶性フタロシアニン」、特開2011-153166、2011-8-11

保田 昌秀「ポルフィリン型有機光触媒による可視光殺菌」、宮崎大學工學部紀要38号、2009年

https://www.chem.miyazaki-u.ac.jp/~yokoi/research/sbtpp.htm

大越 雅之、「酸化アンチモン及び臭素系難燃剤を用いた高分子材料の難燃化について」

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/sochi27_3_shiryou2-2-2.pdf

日本難燃協会のホームページより気相系1)ハロゲン化合物、ハロゲン化合物と酸化アンチモン、ラジカルトラップ効果による、活性OHラジカルの安定化 酸素遮断効果https://www.frcj.jp/flame-retardants/

大越雅之、「特集 プラスチック用添加剤の最前線、解説 プラスチックの難燃化」、成形加工、第29巻、第12号、2017年

山崎泰正, 小澤祥二, 小島義弘, 松田仁樹「臭素・アンチモン系難燃性プラスチックの熱分解挙動」廃棄物学会論文誌、16巻1号、p. 35-43、2005年

岡泰資, 高木晋洋, 内田剛史, 若倉正英, 足立文雄, 小川輝繁「難燃化プラスチックの処理に関する研究―ガス化燃焼法と湿式酸化法の比較―」廃棄物学会論文誌、10巻4号、p. 196-203、1999年

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。