人工元素テクネチウムの実験

元素記号Tc、原子番号43の元素、テクネチウム。テクネチウムは天然の安定同位体の存在しない元素で、世界初の人工元素である。20世紀初頭に、東北大学の小川正孝が空白の原子番号43の未知元素を発見しようとしたが、実際のテクネチウムの発見には至らなかった。

2022年現在の周期表を見てみると118番目まで名前のついた元素を見ることができる。この中で原子番号92のウランまでの元素のうち、テクネチウム43Tc、プロメチウム61Pm、アスタチン85Atをのぞく89元素は20世紀中ごろまでに人類が天然から発見していた。つまりテクネチウム43Tc、プロメチウム61Pm、アスタチン85At、ネプツニウム93Np、プルトニウム94Puは人工元素であるわけだが、実際には天然由来のウランの放射性同位体の233Uや235Uが崩壊して行く過程でほんのわずかに生成されるため、極微量、天然に存在する。このあたりが天然元素と呼ぶべきか人工元素と呼ぶべきかで議論になる点であろう。テクネチウムは、イタリアのセグレによって、サイクロトロンで加速した重陽子線が衝突したモリブデンの一部から発見された(1936年)。その後、宇宙の恒星群から届くスペクトル観測の結果から宇宙にも存在することが発見されている(1957年)。

テクネチウムは、天然に存在する元素たちの原子番号でいうとその真ん中あたりの43番目に位置するので、不思議な感じがする方もいるであろう。テクネチウムの同位体は全て放射性同位体である。現在、人類はこの放射性のテクネチウムを積極的に作り出して色々な分野で利用している。とくに医療用アイソトープとしての用途は重要であろう。テクネチウムの同位体のうち、99mTcは、99Tc(半減期21万年)の核異性体で準安定な意味のmetastableのmをつけて呼ばれる。β(ベータ)線を放出せずγ線のみを放出する。γ線を出す能力が2分の1になる時間(半減期)が約6時間と短いので、静脈注射などで体内に投与しても被曝を最小限にできる。骨や腎臓、肺、肝臓などの特定の部位まで99mTcを届けて、そこからのγ線の量を測定することで各臓器の働きを知る目印となるため、積極的に利用される。

 

 

実験1 医療用テクネチウムのつくり方

医療用の99mTcを合成するには親核種となる99Moが必要である。99Moがβ-崩壊することにより99mTcが得られる。日本で医療用に用いられる99Moは主に海外の原子炉を利用して製造されていて、ほとんどを輸入に頼っている状況である。これは2011年の東京電力福島第一原発事故の影響で、国内の原子炉のほとんどが停止したことが原因となっている。

図:100Moに加速器からの中性子を照射して99Moを生成する反応式

 

実際に医療用アイソトープが足りない昨今、日本では「テクネチウム危機」が起きているともいわれている。99mTcは短い半減期のため長期保存ができないため、国内での製造が望まれている。親核種の99Moから高純度の99mTcを分離して抽出するため、下図のように固体の酸化モリブデン(MoO3)と酸化テクネチウム(Tc2O7)が気体になる時の昇華温度の違い(それぞれ795℃と310℃)を利用して行われる。加速器で照射した99Moを含む試料を電気炉に封入して、温度を上げて99mTcを分離抽出することができる技術が開発されている。

図:電気炉に内挿した石英管中の試料部からテクネチウムの回収部に向かって、温度勾配(高いから低い方向)をかけ、99mTcを分離回収する装置の概略図

 

日本国内の共同研究グループが、国内加速器設備と国産化学分離装置を組み合わせて99Mo・99mTc を製造できる「電子線形加速器・活性炭法」を 2015 年に提案した。その後、最も一般的に使われるテクネチウム製剤である「過テクネチウム酸ナトリウム」を電子線形加速器・活性炭法を用いて製造し、それが薬理効果を有することを明らかにし2022年4月に論文発表している。

現在、病院などで利用されている99mTcの多くは、99Moの崩壊によって生成され、化学的に抽出して得られている。水溶性モリブデン酸塩 MoO42-の形の99Moが、酸性アルミナ(Al2O3)に吸着させられたカラムクロマトグラフィーで原料として利用されている。99Moが崩壊して過テクネチウム酸TcO4が生成するが、これが単電荷であるのでアルミナとの結合力が弱いことを原理としている。99MoO42-が固定化されたカラムに通常の生理食塩水を通すと、可溶性の99mTcO4のみが溶出し、過テクネチウム酸ナトリウムとして99mTcを含む生理食塩水が得られるというわけだる。僅か数マイクログラムの99Moを含む1台の99mTc製造機が、1週間以上をかけて99mTcを生成し、うまくいけば約1万人の患者を診断できる量に相当するという。

 

(図面、情報ご提供:国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門、高崎量子応用研究所 東海量子ビーム応用研究センター 加速器中性子利用 RI 生成研究プロジェクト、グループリーダ西中一朗氏)

 

 

実験2 発光するテクネチウム錯体の合成

大阪大学放射線科学基盤機構 附属ラジオアイソトープ総合センター吉村教授の研究室では、発光が期待できるテクネチウム ( I ) 錯体や、今までに全く知られていなかった +4 の酸化数を持つテクネチウム錯体の合成に成功している。 物質が外部からエネルギーを受け取って、より高いエネルギー状態になり、そのエネルギーの一部または全部を光として放出(発光)する現象をルミネッセンスという。ルミネッセンスを示すテクネチウム錯体は、放射線と可視光の両方を放出できるという興味深い性質をもつ。

テクネチウムはマンガンと周期表において同族なので、過テクネチウム酸イオンは過マンガン酸イオンと同形の構造をとっていることが知られている。酸化数が7価の過テクネチウム酸イオン(図の①)とアジ化ナトリウムを塩酸中で作用させると、テクネチウムが6価に還元されたテトラクロリドニトリドテクネチウム(VI)錯体(図の②)を得ることができる。さらにこの錯体にビス(2-ピリジルメチル)アミンを結合させるとテクネチウムがさらに還元されて、5価になる。最終的に、塩化物イオンが結合している部位をシアノ基に置換するとルミネッセンスを示すテクネチウム錯体(図の③)が生成する。この錯体は紫外光(355 nm)を照射すると、その光を吸収して666 nmの赤色の発光を示す。一方で、4つのシアノ基が結合した5価のテクネチウム錯体(図の④)では、紫外光を照射すると576 nmの黄色発光を示す。このようにテクネチウム錯体の分子構造を化学的に変えることで、異なる色の光を放出させることに成功している。

図 価数の異なるテクネチウム錯体の合成方法と分子構造

(図、情報提供ご協力: 大阪大学放射線科学基盤機構 附属ラジオアイソトープ総合センター吉村 崇教授)

 

 

 

参考文献

「医療用アイソトープが足りない テクネチウム危機」、日経サイエンス  2017年6月号、https://www.nikkei-science.com/201706_076.html

 

「医療用テクネチウムの国内製造に関する提言」、日本学術振興会産学協力連携委員会「放射線の利用と生体影響第第2、第3 195合同分科会2022年4月2 0日

http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/radioisotope/siryo07/2_sankou.pdf

 

若林文高、「人工元素の発見史―超ウラン元素を中心にして―」、化学と教育、65巻 3 号、p.112-115(2017 年)

 

加速器中性子で製造した医学診断用テクネチウム99mの実用化へ大きく前進(お知らせ)、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構・株式会社千代田テクノル、2015年6月

https://www.jaea.go.jp/02/press2015/p15062601/index.html

https://www.jaea.go.jp/02/press2015/p15062601/02.html

 

東京大学・埼玉医科大学・東北大学の共同研究のプレスリリース、「電子線形加速器・活性炭法由来テクネチウム製剤の薬効を証明~テクネチウム製剤原料の国産化に拍車をかける~」

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20220415_01web_technetium.pdf

 

Wikipedia Technetium-99m generator

https://en.wikipedia.org/wiki/Technetium-99m_generator

 

大阪大学大学院理学研究科化学専攻放射化学研究室のHPより、テクネチウム錯体の研究

https://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/shinohara/researches/Tcchem.html

 

  1. Yoshimura, K. Nagata, T. Shiroyama, Y. Kino, T. Takayama, T. Sekine, A. Shinohara, A Luminescent Dicyanidonitridotechnetium(V) Core with Tridentate Ligand Coordination Sites, Dalton Trans., 47, 16027 (2018).

 

  1. Ikeda, A. Ito, E. Sakuda, N. Kitamura, T. Takayama, T. Sekine, A. Shinohara, T. Yoishimura, Excited-State Characteristics of Tetracyanidonitridorhenium(V) and -technetium(V) Complexes with N-Heteroaromatic Ligands, Inorg. Chem., 52, 6319 (2013).
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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。