紙から3D構造の半導体を作る

皆さんこんにちは。今回は紙を原料に様々な構造や形の電子材料を自在に作る研究成果をご紹介します。大阪大学の古賀大尚先生と東京大学の長島一樹先生(いずれも若手の研究者です)らのグループは、紙を原料にして新しいデバイスを作ることができることを見いだしました[1]。紙は木材を原料にして製造されるパルプから作られます。パルプを特殊な方法で処理すると幅が20 nm程度にそろったセルロースの微小な繊維(セルロースナノファイバー)を作ることができます(1 nmは10-9 m)。今回はそのセルロースナノファイバーから紙をつくり、それが様々な微細な三次元(3D)構造を持つように加工ができること、さらにその紙に特別な処理をすることで半導体の性質を持った材料となることが分かったというお話です。
セルロースナノファイバーは、水の中に分散された形で得られるのですが、これを”すく”ことで、セルロースナノファイバー紙(CNP)ができます。乾燥させてCNPをつくる際にフリーズドライの方法を用いると蜂の巣状の微細な穴の開いた(穴の直径は5μm = 5×10-6 m)特殊な構造のCNPもできるそうです。また、型押しの方法でCNPにマイクロメートルサイズの凸凹をつけることもできます。こうしてできたCNPは、見かけは普通の紙なので、折り紙を折ったり、切り紙細工をしたりすることができます。この手法を用いれば、ナノメートルサイズの構造を持つ繊維から、マイクロメートルサイズの微細構造を持つ紙をつくり、それによって我々が扱えるサイズ(マクロ)の様々な3D構造体をつくることができます。著者らはこのことをnano-micro-macro trans-scalabilityと呼んでいます(図1左)。

図1 今回取り上げた論文中の図。(左)ナノメートルサイズのファイバーから作った紙にマイクロメートルサイズの構造をもたせ、さらに目に見える(マクロな大きさ)の構造体とする様子を表している。 (右) CNPの熱分解により、電気抵抗が変化していく様子。高温で処理するほど電気抵抗が下がっていく。最初は絶縁体(insulator)であった紙が次第に半導体(semiconductor)となり、電気伝導体(conductor)に近づく。 
(CC BY 4.0, credit: 2022 Koga et al. Nanocellulose paper semiconductor with a 3D network structure and its nano−micro−macro trans-scale design. ACS Nano)

 ここからがCNPの最大の特徴なの・・ですが、CNPに特別な熱処理をすることで電気伝導性が出てくるのです。紙ですから単に加熱していくともちろん燃えてしまいます。燃えないように酸素がない条件(窒素ガス内)で加熱するのですが、それでも数百℃に加熱するとせっかくのナノメートルサイズのファイバー構造が壊れてしまうそうです。そこでヨウ素(I2)で事前に処理を行うということが考えられました。ヨウ素は固体ですが、常温でも少しずつ昇華する物質です。CNPに100-240℃でヨウ素の蒸気をさらして事前に処理を行ってから熱処理を行うと、ナノファイバーの繊維の構造(先ほどの蜂の巣の構造も含めて)を保ったまま全体が青黒い色に変化します。なんとこのとき絶縁体であるはずの紙が加熱によって次第に電気抵抗が下がっていき、半導体に変わっていくとのことです(図1右)。
こうして作られたCNPには様々な応用が期待されます。600℃で加熱処理したCNPは半導体となりますが、この素材は水蒸気にさらすと電気抵抗が大きく変わることが分かりました。著者らはこれを水蒸気センサに応用することを考えました。例えば図2に示すようなセンサを作ります。このセンサに息を吹きかけると電気抵抗が大きく減少することが観測されます。また、ヒトの指を近づけるだけでも湿気に反応して電気抵抗の減少が観測されるそうです。このCNP素材自身は多少引き延ばすことが可能なので、生体に貼り付けて使うようなことも考えられます。図2の右はマスクにこのセンサを取り付けたものです。これを使うと例えばマスクをどのくらい水蒸気が通過するかなどを簡単に調べることができます。また、近年糖分などを燃料とするバイオ燃料電池[2]というものが研究されていますが、この燃料電池の電極材料として、CNPを1100℃で加熱処理したものを用いると高性能な燃料電池を作ることができることも今回確認されました。

図2 CNPで作成した水蒸気センサとその応用
(左)焼成CNP素材にリード線(これ自体も切り紙でできている)を接続したセンサ。水蒸気に触れると電気抵抗が下がる。 (右)センサをマスクに貼り付けたもの。電気抵抗を図ることでマスクを通過する水蒸気量を測ることができる。

 身近な紙が最先端の電子材料になるというのは面白いですね。身の回りの材料は工夫を重ねることでまだまだ多くの可能性があるようです。今回の話はSDGsの時代にも合っているようにも感じました。それではまた次回。

 

なお図1は古賀大尚先生からご提供いただきました。お礼申し上げます。

[1] H. Koga, K. Nagashima, K. Suematsu, T. Takahashi, L. Zhu, D. Fukushima, Y. Huang, R. Nakagawa, J. Liu, K. Uetani, M. Nogi, T. Yanagida and Y. Nishina, ACS Nano, 2022, 16, 8630–8640. 本論文はオープンアクセスなので誰でも無料で読むことができます。https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.1c10728
[2] 美川 務「バイオ燃料電池入門」理化学研究所、https://www2.riken.jp/bio-spra/mikawa/biofuelcell/biofuelcell.html 2022年9月2日閲覧

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。