キセノン(Xe)~小惑星探査機「はやぶさ」を駆動する気体

キセノンは周期表第五周期の稀ガス元素ですが、完全に不活性ではなく、1962年以降にフッ化物や酸化物が合成されました。小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンについてもご紹介します。

稀ガス元素発見のラッシュ

ヘリウム(He)は1868年にイギリスの天文学者J.ロッキヤーらによって太陽光の輝線スペクトル中に発見され、イギリスの化学者W.ラムジーが1895年にウラン鉱から単離しました。また、アルゴン(Ar)は、レイリーとラムジーよって1894年に発見され、その後も周期表18族にある未知元素の空所を埋めるべく、更なる追究が続けられました。

1898年の初夏のこと、ラムジーと彼の助手でガラス細工職人のM.トラバースは、次の三つの稀ガス元素を立て続けに発見しました。

5月30日:クリプトン(Kr)
6月12日:ネオン(Ne)
7月12日:キセノン(Xe)

彼らは大型の空気液化装置を使ってアルゴンを取り出した後、更に潜む未知物質を順次単離し、スペクトルの輝線で新たな稀ガス元素であることを確認したのです。
1904年のノーベル賞は、ラムジーと共にアルゴン(Ar)を発見したレイリーに物理学賞、ラムジーには化学賞が与えられました。

キセノンの名は、ギリシア語で「見知らぬ,異種の」を表す ξενοςクセノス に、アルゴンにならって語尾に-onを付けてxenonとされました。元素記号は、同じ文字で始まる元素が他に無い場合は一文字が慣例ですが、Xでは未知数や未知物質の意味と紛らわしいことから、例外的に二文字のXeになりました。

ξενοςがもとになってできた単語としては、このほかに,「外国(人)の好き/嫌い」を表すxenophile/xenophobeやxenology(地球外生物学)が挙げられます。また、「余所者よそもの,敵」の意味では、guest(客)、客を迎えるhostやhotel、更にはhostile(敵の)などの語も派生しました。

キセノンの用途

キセノンガスには1946年に麻酔作用が見出され、導入と覚醒が早いことや鎮痛作用を有することも報告されました。しかし、高価なことや副作用などから一般的にはあまり普及していません。また、断熱性能が空気より高いことから、キセノンを封入した複層ガラスも作られています。

自動車用キセノンランプ

キセノンランプ(ディスチャージヘッドランプなどとも)は放電式のランプです。キセノンを封入した放電管でアーク放電を行わせる方式のランプで、高輝度で発光スペクトルが自然昼光に近いことが特徴です。

白熱型ランプは金属線(フィラメント)への通電による発熱で点灯しますが、放電式ランプでは、気体中での電極間の放電で点灯します。原理は蛍光管やネオン管と同じですが、キセノンランプは白熱型ランプに較べて明るく、消費電力が少なく長寿命であることから、スタジオ照明、カメラ用ストロボ、映写機用光源、航空機用誘導灯などに使われ、自動車や鉄道車両の前照灯としてもよく知られています。

小惑星探査機はやぶさとイオンエンジン

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機はやぶさは、2003(平成15)年5月に打ち上げられ、2005(平成17)年11月に小惑星イトカワに降下した後、イオンエンジンの故障を克服して2010(平成22)年6月に地球に帰還しました。探査機の重さは510㎏、本体は大きめの冷蔵庫ぐらいで、長さ5.7mの太陽電池パネル(表面積12㎡)を備えています。

はやぶさの推進剤はキセノンで、約60㎏が搭載されました。イオンエンジンの原理は、燃料と酸化剤による化学推進エンジンと異なり、イオンを後方に放出する反動で推力を得ます。はやぶさには4基のイオンエンジンがあり、通常の運転に使うのは3基です(1基は予備)。はやぶさのイオンエンジンでは,化学推進エンジンによる最高速度の約10倍(秒速30㎞)が得られ、燃費と耐久性が良いのが特徴です。

イオンエンジンの原寸大模型
(岐阜かかみがはら航空宇宙博物館,平成30年12月撮影)

イオンエンジンは、イオン発生部・加速部・放出部から成ります。先ず、キセノン原子から電子を1個取り去って陽イオンとします。このイオンを電極間で加速してから放出するのですが、放出を続けると探査機に電子が貯まり、イオンガスとの間に引力が働いて推力が弱まります。それを解消するために、イオンの放出直後に電子を供給する中和器が備えられています。

イオンエンジン3基で得られる推力は20mN(ミリニュートン)で、その大きさを身近な物で例えれば1円玉2個にかかる重力(約2㌘重)ほどのわずかな推力ですが、宇宙空間では1日の連続運転で毎秒約4mの加速ができ、時間をかければ高速度に達します。

初代はやぶさの後継機である探査機はやぶさ2は、2014(平成26)年12月に打ち上げられ、2018(平成30)年6月には,はるか3億㎞余のかなた、小惑星リュウグウの上空に達しました。そしてついに、2019(平成31)年2月22日、着陸と小惑星表面からの岩石採取に成功したのです。今後も岩石採取が予定されているとのことですが、2020年後半とされる地球への帰還が今から待ち遠しいです。そして回収された岩石試料からは、地球の生命の起源に関わる知見が得られることが期待されます。

探査機はやぶさ2の機体(原寸大模型)
写真右に見える四つの丸い部分がイオンエンジン放出部
(岐阜かかみがはら航空宇宙博物館,平成30年12月撮影)

 

参考文献:
「元素発見の歴史3」M.ウィークス,H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「独日英 科学用語語源辞典・ギリシア語篇」大槻真一郎著(同学社,1997年)
「元素大百科事典」渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「小惑星探査機はやぶさ 「玉手箱」は開かれた」川口淳一郎著(中央公論新社,2010年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)

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園部利彦

園部利彦

2017年3月まで岐阜県立高等学校で化学を教え退職。化学(科学)の歴史と科学者に興味があり、趣味は鉱山の旅とフランス語。