韓国、ベトナム、そして中国での酸素の変遷

前回述べたように酸素の「酸」は一種の誤訳であるのに、漢字の画数が多くて書くのに面倒ではなかっただろうか。他の国々の状況を見ていこう。
酸素のことをお隣の韓国では、ハングルで、
산소
と表記するのが普通である。「サンソ」と読む。かつて日本から入って定着した語で、戦後もしばらくの間は漢字で書く人が多かったのだが、国策として簡易な民族の表音文字であるハングルに切り替えられた。この場合は漢字の音読みまで類似し、カタカナでは区別できないし、耳で聞いたら互いに通じてしまうだろう。
ハングルは表音文字なのですでに、「スソ」(水素)の「ス」や「ソ」の意味さえも忘れられていると指摘する人がいる。実際に留学生は、この「ス」が水の意味(音読み)とは思わなかったと話した。語感から漢字語つまり音読みの単語なのだろうと想像する人もいるが、あたかも、私たちが「ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド」のそれぞれの意味を知らないことと同様に、「サン」「ス」「ソ」などの個々の意味までは思い至らないのだ。
成績の「秀優美良可」(スウミヤンガ)は漢語だが、同じように意味が薄れて、通知表から消えつつある。彼らも惑星については「水金地火木…」を唱えるが、音としての認識が中心であって、日本人・中国人のそれとはやはり違いがあるのだろう。
しかし、日本から入ったサンソは、漢字の意味が忘れられてよかった。「酸化」と「酸性」という語も日本から早くに取り込んで、「산성」(サンソン)、「산화」(サンファ)と用いている。しかし、韓国から来た留学生たちは、音が同じケースはいくらでもあるので、酸素、酸化と酸性とをつなげて考えることはなかった、と口を揃えて語る。
「サンソ」のほか、「チルソ」(窒素)、「プルソ」(フッ素 前回参照)なども分析して意味を考えることなどなかったそうだ。一まとまりの語として覚えているに過ぎないのだ。日本人にだってそういうことを考えない人はいる。しかし、表記される漢字に大なり小なり、意識的であれ無意識であれ助けられ、また引きずられることが多い。
むしろ日本語を学んで「酸素」という漢字を知ってから、酸性と関係があったのかと考えてしまうという人が現れた。誤解するくらいならば、何も考えずに発音だけで丸覚えした方が良かったのかもしれない。ただ、そうすると覚えにくいかもしれないし、潜在意識の底で、やはり誤解を生む可能性がある。
このように韓国は、日本語から用語を取り入れ、その後、漢字を廃止したため、酸素の化学的な性質に関する誤解が生じなくなっていたのだ。国語醇化運動の中で、こうした日常語となった専門用語をどうするのか、注目される。
漢字は意味を持っているので、主な特徴を捉えて訳語にできて素晴らしいと手放しで賛美する声が多い。しかし、おのおのの語について考えることも必要だ。酸素については、本質的な意味の正確な理解のためには、このようにむしろ字義など切り捨てて無色にした方が良いのではなかろうか。いや、それではやはり覚えにくいものなのではないかといった様々な問題まで考えさせられてくれる。

韓国のほか、ベトナムも表音文字に切り替えてから久しいが、問題はないのか。
第二次世界大戦の後までは紙幣に漢字を併記していたベトナムでは、元素の銅はそのまま「銅」(ドン 貨幣・紙幣の単位にもなった)を用いた。そのほか、民族の文字チュノム(字喃)として、銀を「鉑」(bạc)、アルミニウムを部分的に音訳して銋(nhôm)などと、形声の方法で字を作ることがあった。
漢字文化圏の南端に位置する国としての面目躍如たるところである。
現在では、フランスが定着させ、民族の新たな文字として積極的に受け入れたクオクグウ(国語ローマ字)が公用されている。
酸素はOxy ないし O^-xi (発音はオースィー)
酸化はOxy hóa
酸性はTính axit ないし a-xít
というように酸素・酸化と酸性とは全く別の語(形態素)からできている。つまり日本式の混乱をしないようになっている。ちなみに、このhóaは「化」、tínhは「性」の漢字音であり、近代における日中の接辞である。ベトナム語では修飾成分が後ろに置かれるので、「オキシ化」「アシト性」などと言っていると理解すればよい。アシトはフランス語のacideからきている。

さて、漢字の本場である中国では、酸素をどう書き表しているのだろうか。
中国語圏では現在、酸素には「酸」という字を用いていない。酸素は「氧」(ヤン ピンインではyang)であり、新聞や雑誌、テレビニュースの字幕でも、二酸化炭素は「二氧化碳」(Èryanghuàtàn)のように、「氧」という字を普通に使っている。
中国では、
酸素は、氧(气)(香港、台湾では氧(氣))
酸化は、氧化(作用)
酸性は、酸性(的)
となっており、ベトナムと同様に酸素、酸化と酸性とは明確に区別されている。
留学生たちによると中国人は、酸素、酸化と酸性とを全く関係のないものとして捉えている。用語やその漢字はやはり認識にとって大切なのだ。そして日本語の「酸素」という名称に対して、元素としての性質と合わないとして疑問を表明する人も現れた。
ただ、「气」と「羊」という組み合わせについて、なぜ「羊」があるのかという由来を知る人はいなかった。「羊」なのに「氧」は「羊」と声調も違っている。繁体字を用いている台湾の人も、かつてはそれが「養」だったからその声調を維持しているという事実を知らなかった。

「水素」「窒素」などの名称は、日本と同じであるのに、どうして中国は酸素については別の道を歩んだのだろうか。その歴史を追っていこう。
中国では、これまでも引いてきた洋務運動によって編述された『化学初階』などにおいて、ラボアジェらが「酸母」と命名した、と説明している。化学史をきちんと認識していたため、このように酸素の訳語として「酸」という字を選ぶ契機自体はあったのだ。

それに先だって、マカオ、香港、上海などで活動したイギリス人の医療宣教師Hobson(ベンジャミン・ホブソン 中国名は合信で広東語ではホブソンに発音が近い)が著した科学書『博物新編』(1855年刊行 上海の墨海書館)では、元素を「元質」と訳したうえで、気体の性質などを説明する。酸素は、
養気
生気
と訳した。これらはすでに彼の1851年刊の『全体新論』巻8-53オ、54オ(海山仙館叢書本巻8-9ウ、11オ)などで使われている。実に素朴な発想で、万物を養う、万物を生かすという性質に着目した命名である。
水素は「軽気」(最も軽いことから。英語の語源を元に訳したらしい「水母気」も示す)、窒素は「淡気」(養気を淡くする、薄くすることから)と訳した。常温・常圧で気体である元素なので「○気」としたのである。
この「養気」の初出ではと目されるのが(荒川2018)、1849年に広州で刊行されたホブソンの『天文略論』である。
ホブソンは、医学用語も中国語に訳しているが、たとえば膵臓は英語から直訳して「甜肉(経)」とするなど、後世に廃れたものもある(笹原1997)。
酸素は、きわめて基本的な元素なので、このように中国での翻訳もわりと早かった。ただし、日本よりは遅れ、しかも素朴な訳語を生み出した。こうした直感的な訳が残っていき、直訳が定着しなかったことは結果として人々の理解のために幸いした。

清朝政府は、近代の欧米の科学を取り込む「洋務運動」に力を入れ、北京に京師(京都)同文館、上海に江南製造局を設立して、洋書の翻訳と最新の教育に励んだ。
1868年に北京の京都同文館で刊行されたアメリカ人宣教師Martin(マーチン 中国名は丁韙(い)良)による『格物入門』の巻6は「化学」という表題をもつ。そこで原素は「原質」と訳し、酸素の「華名」は
養気
と訳された。化合物の名称では「養銅」のように「養」という1字だけとなる。
塩素は「塩気」(日本語の「しおけ」ではない)。その色から「緑」「緑気」ともある。

この「養気」という新しい熟語は、『金石識別』(「燐酸」「硫酸鉛」なども用いる)、『化学初階』、続けてFryer(フライヤー)らの『化学鑑原』(1871年成立 江南製造局)「華字命名」へと引き継がれた。金属の元素には造字をしていたフライヤーたち(この頃の実際の造字者については、誰が最初だったか異説もある。フライヤー文庫には、『康熙字典』や『萬字典』、方言の教科書などの蔵書があることが千葉謙悟氏の調査で分かっている)も、気体の元素に造字をしようとは試みなかった。
後者では、二酸化炭素は「炭養二(小書き)」のように表現されている。この時点で、「溴」(氵に臭。ブロム 臭素)、「硒」(石に西。セレン。「硫」や「燐」は古来の字)など、常温で気体の元素以外には、部首を添えた造字が用いられていた。
これらが「酸母」を受け継がなかったことは、後に大きな影響を及ぼすことになる。これらは、さまざまな媒体に継承、使用され、1908年には清朝政府も認めるところとなった。

こうした中国の書籍は、明治維新直後の日本に伝えられ、明治初期までの日本社会に一定の影響を与えた。
近代においては、化学や科学技術は日本の方が進んでいたとしても、漢字の用語は中国のものを用いるべきだという意識がそうさせたのであろう。文明は高い方から低い方へと伝播すると習ったと、韓国の学生たちから言われたことがあるが、文化のレベルでは個別には種々の要因から上記のように相互に交流が起こるなど例外も多々生まれてきた。
ちなみに元素に関する「○化○」式の表現は日本から伝わった。「~化」という接尾語自体も、『解体新書』などからの和製の用法とされている。
石黒忠悳『増訂化学訓蒙』(1870年自序 1872年刊行 官板御用所)巻1では、「酸素」としているが、その4年後の第3版(1876年刊行)では、「オキシゲニユーム」に対する「漢音」による音訳「阿幾西傑紐母」、「訳名 酸素」に加えて、「漢名」(中国では新字も製していると説く)「養 又 養気」も、化学を学ぶ者への参考として示している。

清末の状況に戻ろう。ビリカンらの『化学指南』では、元素名の「華字」(実物では「字華」と右から左に進む横書きで印刷されている)には、バランスの悪い新規の造字が目立つ中、酸素については
養気
を受け継いで用いている。
ロブシャイドの『英華字典』では、Oxgenの項目に、
●(彳養亍 行の間に養)
という五行の「行」を用いた造字の一つを収める。この「行」は天に順って気を運行させるものであり、すべての物質を構成すると考えられた木火土金水という元素的な存在を指す。ここに「火」「土(石に近い)」「金」「水」という元素の漢字の部首がほぼ包含されていることに注目すべきであろう。「Oxygen gas」には「●(行の間に養)気 酸気」という訳を示す。ここには、「酸」という字も現れている。

常温で気体の元素の名称を表すために、部首に「气」を用いたのは、19世紀の末のことで、新たな漢字が作られ始めた。
たとえば、発見されて間もないアルゴン(Argon Ar)に対して、発音を表す「亞(亜)」と状態・性質を表す「气」を組み合わせた「氬」という造字を、すでに思想など幅広い分野で活躍した杜亜泉が使っていた。
杜は酸素には「養」、ヘリウムには日本の音訳「歇謨」を使う一方で、この「氬」を考案したといわれ、この字を気に入って、自ら出した中国人による初の科学雑誌「亜泉雑誌」2号(1900(光緒26年))の表紙に「氬線」と用い、自身の名前も「亜泉」と改名した。彼はその後、商務印書館に勤め、様々な分野の書籍の刊行に励んだ。
中国では古代より、水の三態を「气 水(氵) 冫(冰=氷のつくりで氷の象形)」と象形文字を使って書き表していたが、その約3千年ぶりの応用と位置付けることもできよう。

フライヤーなどの宣教師たちが作った益智書会は、1898年に酸素には「養」を用いた。しかし、少なくとも1901年には、気体の元素に対して「气」がまえを加えた字とすることを提案したとされる。
その後継団体である中国教育協会による『Technical terms, English and Chinese』(1904)では、酸素として、
●(气に養),養,養気
と、それらを合体させた画数の多い造字が先頭に掲げられた。1902年の『A Glossary of Chemical Terms in English and Chinese』からその字があったのだが、1910年版でも同様で、
●(气に養) yang3(声)
と、「養」と同じ発音ということも明示された。

主要文献(連載既出分も参照)
荒川清秀『日中漢語の生成と交流・受容』白帝社 2018
伊地智昭亘・宇月原貴光「日本の化学の父 宇田川榕菴のライフワーク」『函館工業高等専門学校紀要』51 pp.1-10 2017
坂出祥伸「清末民国化学史の一側面―元素漢訳名の定着過程」『東洋の科学と技術藪内清先生頌寿記念論文集』(藪内清先生頌寿記念論文集出版委員会編)pp.298-324 同朋舎出版
坂出祥伸「中国における近代的科学用語の形成と定着」『日本の科学と技術』164号 1974
笹原宏之『日本の漢字』 岩波書店 2006
島尾永康「日本におけるラヴォアジェ化学の受容 -宇田川榕庵手稿本にみる-」『科学史研究』Ⅱ10(100) 1971
島尾永康「Lavoisier化学命名法の日本における確立」『科学史研究』Ⅱ10(100) 1971
沈 国威 「西方新概念的容受与造新字为译词——— 以日本兰学家与来华传教士为例」『浙江大学学报(人文社会科学版)』40 2010
杉本つとむ『江戸時代蘭語学の成立とその展開』Ⅰ~Ⅴ 早稲田大学出版部 1976~1981
成 明珍『日中韓三国の専門用語における語彙・文字に関する研究 -医学・化学分野の漢字・漢語を中心に-』 早稲田大学博士学位論文 2015
張  澔「氧氢氮的翻译:1896-1944年」『自然科学史研究』2002年2期
马  莲・温 昌斌「从oxygen( 氧元素)中文译名的演变看科技译名被接受的条件」『中国科技术语』2012 年第5 期
劉 廣定「中文化學名詞的演變(上)」「中文化學名詞的演變(下)」『科学月刊』1985年10月、11月

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笹原 宏之

早稲田大学社会科学部教授。漢字圏の言語と文字の変遷と変容を研究し、文献探索、実地調査に明け暮れる日々。かわいい兎を飼っている。

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