銀(Ag)~美しいだけじゃない、安全にも叶っているあこがれの銀食器

写真1:古い銀食器(Depositphotos.com)

美味しく食べるための銀食器

食の欧米化が進んだと言われてずいぶん経ちました。その中で伝統的な日本食が見直され、食の昔がえりを勧めるテレビや文章などを見ることもありますが、欧米の食事が入ってきたことで私たちの食生活がより豊かで楽しいものになったことは間違いありません。それならば「これは食べていい、あればダメ」などとあまりプレッシャーに感じず、いろいろバランスよく食べればいいのではないでしょうか。

新しい食べものが入ってくると、それに伴って食べ方や調理法、食器なども入ってきて、これがまた面白い。洋食器といえば、まず、ナイフとフォークでしょうか(写真1)。ハンバーグでも箸で食べてしまう私ですから、そうしょっちゅう使うわけではありません。そのためコース料理をナイフとフォークを使って食べるシチュエーションでは緊張します。しかし同時に、非日常の体験をするワクワク感があり、それも悪くありません。年齢とともに楽しめるようになってきたと感じます。

それはさて置き、ここでは元素の話をしなくてはならないのでした。今回はナイフやフォークの素材について考えてみましょう。最近は、ステンレスでできているものもあります。“錆びない”という意味の“ステンレス(stainless)”と名付けられたこの金属は、錆びやすい鉄を主成分(50%以上)に、クロムを10.5%以上加えることで錆びにくくした合金です。食器の素材としては最適のようですが、ステンレスはハリー・ブレアリーによって1913年に発明された素材ですから、使われるようになって、まだ100年ほどしか経っていません。それまでは何でできていたのでしょう。知っている方も多いと思いまが、“銀”です。今でも、たくさんの銀食器が使われていますし、ナイフやフォークがシルバーと呼ばれるのはそのためです。

ナイフやフォークが銀でできているのは、銀という素材が食器に求められる“性能”を実現できるからです(図1)。では、どんな“性能”が求められるのでしょうか。まずは、「口当たりの良さ」です。表面がザラザラしていたり、鉄のような味がしたりしたら料理が美味しくなくなってしまいます。「持ちやすさ」も重要です。大き過ぎたり重過ぎたり、逆に軽すぎたりバランスが悪かったりしたら、使いにくいでしょう。

図1:銀食器に求められる性能(イラスト:Depositphotos.com)

そして「熱伝導率の良さ」、つまり熱が伝わるのが速いことです。「そんなこと食事に関係あるのかしら?」と思ってしまいますが、それが大アリなのです。熱伝導率が良い素材でつくられた食器は、すぐに食べものと同じ温度になるので、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食べることができます。

銀食器で毒物が入っていないか確かめた、時の権力者たち

もう一つ、現在では重要ではなくなってしまいましたが(もし重要だという方がいたら、どのような生活をされているか心配です・・・・)、銀食器には、食事に毒物を盛られていないかを確かめる役割がありました。命を狙われる危険のある、時の権力者たちにとっては、どんな性能よりも重要だったかもしれません。

皆さんも、“銀の食器やアクセサリーなどが黒ずんでしまった”という経験があるのではないでしょうか。同じように見える黒ずみですが、その原因は3つあるとされています。銀は空気や酸素ぐらいでは酸化されませんが、強力な酸化力をもつオゾンには敵わず、黒い酸化銀になってしまいます。また、硫黄(S)の入った化合物と出合うとできる硫化銀や、塩素との接触で生じる塩化銀も銀の黒ずみの原因です。

前者は、銀のアクセサリーをして温泉に入ると黒くなってしまう現象として知られています。また、空気中には硫化水素(H2S)や亜硫酸ガス(SO2)が少量含まれているので、硫化銀ができるのを完全に防ぐことはできません。一方、後者は「銀食器に塩素系漂白剤を使ってはいけない」といわれる理由です。塩化銀は特に硬くて簡単にはとれないので、付いてしまったら研磨などが必要です。映画などで、貴族の家で銀食器をコシコシこすって磨く使用人が出てきますが、あんな風にして銀が黒ずむのを懸命に防いでいるのです。

この黒ずみが、毒物の検出に使われていました。古くから使われていた毒物といえば、ヒ素(As)です。ヒ素には硫黄の入った化合物が不純物として含まれており、この硫黄が銀と反応して黒ずみを生じました。銀は食の安全・安心にも関わっていたのです(図2)。

2Ag+H2S→Ag2S + H2

図2:古い銀のコイン(上)と、銀と硫化水素(H2S)から硫化銀(Ag2S)と水素ができる反応。大気中の硫化水素などの影響で長い年月をかけてコインは黒ずんでしまう。(コインの写真:Depositphotos.com)

このことを知ってから世界の食器を見ると、例えば日本で使われている箸は木製で毒物センサとしての役割はないのに、韓国の箸は歴史的に銀でできていることに気付きます。昔から戦乱が絶えなかった朝鮮半島では、箸に毒物センサとしての役割が求められていたようです。その国の歴史が、食器の素材選びに一役買っているのです。

制汗スプレーに銀イオン

ここまで食器のことばかりでしたが、銀にはほかにもいろいろな使い道があります。エレクトロニクスをはじめとした科学技術における使い道は別の回に譲るとして、今回は銀イオンの殺菌作用についてご紹介します。

“銀”を取り上げようと考えた時、真っ先に思い出したのが「銀イオンの効果をうたった制汗スプレー」でした。某化粧品会社から発売されたのは2001年のことで、この夏もずいぶんお世話になりました。ニオイ鑑定人の女性が登場するCMがとても印象的です。当時、私は「銀に殺菌作用がある」ことに驚かされましたが、そのこと自体は1929年にはドイツのG.クラウスによって明らかにされていたそうです。それをどう使うかが長い間検討されてきました。最近では、制汗スプレーのほかにも、風呂にカビが生えないようにするくん煙剤(有効成分を煙として発散させ、殺虫・殺菌などを行う薬剤)に銀イオンの殺菌作用が応用されています。

重金属のすべてに、ある程度の殺菌作用が認められます。しかし、その多くの殺菌作用が弱い中で、ひときわ強いのが水銀と銀のイオンです。水銀は毒性が強く人体への影響が心配されるため、日用品に使われることはありません。一方で安全性の高い銀は、応用の幅を広げています。銀に殺菌作用を発揮させるには、土台となる物質に付着させて使う場合が多く、制汗スプレーにはアパタイトに付着させたものが、風呂の防カビくん煙剤には、銀をゼオライトに付着させたものがそれぞれ配合されています(図3)。

図3:銀を付着させたゼオライトが、殺菌作用を発現するイメージ。多孔質の天然鉱物であるゼオライトに銀が付着している(上)。この銀イオンの働きで、細胞膜や細胞壁にあるタンパク質が変性して、菌は死滅すると考えられている。
(銀ゼオライトの画像:Gavinbragg氏による”Clinoptilolite Zeolite Cage Structure”ライセンスはCC-BY-SA-4.0による) 銀ゼオライトの画像に銀イオン””を追加加工した

銀の弾丸といえば、欧米では古くからドラキュラや狼男などの魔物を寄せ付けないと信じられてきました。長い間、銀の食器は毒から身を守るために使われてきました。最近は、銀イオンの殺菌剤が快適な生活を送るために使われるようになっています。銀は形を変えながら、いつの時代も私たちを守ってくれているのです。

 

 

【参考資料】
『元素の事典』朝倉書店、2011年
『ヘルスケア用材料開発の新展開』株式会社東レリサーチセンター、2000年「ステンレス鋼の歴史」(ベンカン、2018年10月現在):http://www.benkan.co.jp/value/knowledge/690.html
「日中韓の箸とその文化」(大紀元時、2018年10月現在):https://www.epochtimes.jp/2015/08/24386.html
「カトラリーの材質/スプーンやフォークの選び方」(CRAFT STORE):https://www.craft-store.jp/features/cutlery-material
「砒素の有害性」(杏林予防医学ニュースより):http://www.anjuu.com/chie_hiso.htm
「銀の黒錆はなぜつくか」(「砥石」と「研削・研磨」の総合情報サイト):http://www.toishi.info/sozai/ag_sv/ag_kurosabi.html
「銀イオンの殺菌システム」(日本イオン株式会社):http://www.japan-ion.com/other/silver_system.pdf
「敵か味方か カビを知り、カビを制す」(『化学と工業』2013年6月)
*ウェブページはいずれも2018年10月現在のものを参照

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池田亜希子

池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。