地獄から湧いてくるのか!? 物質の特徴を決めるキー元素 硫黄(S、原子番号16)

 

図1:硫黄鉱山(左)。活火山の噴気孔の周囲に黄色く硫黄が蓄積している。硫黄の単体(一種類の元素から成る物質。この場合の一種類の元素はもちろん硫黄のことです)の一つであるS8(右)。硫黄には30種類以上の同素体(同じ一種類元素からできていながら性質の異なる単体同士のこと。ダイヤモンドと黒鉛など)があるが、通常、天然にみられるのは環状のS8硫黄である。

 

硫黄は地獄から湧いてくるクサイ元素なのか?

「その昔、“地獄から湧いてくる”と考えられていた元素がありました」と言えば、それが“硫黄”だとわかる方は結構いることでしょう。その方たちはおそらく図1のような光景を見たことがあって、地下から噴き出して、火山の噴気孔の周りに黄色く蓄積しているものが“硫黄”だと知っているのです。この自然の光景は、昔の人たちも見ていました。そしてここにある硫黄がほぼ純粋な単体であったために、硫黄には“発見者”や“発見の物語”などという気の利いたものはありません。ちなみに硫黄とは、「溶けて流れやすい黄色い鉱物」という意味です。

図1のような場所では、玉子が腐ったようなニオイがします。その正体は硫化水素(H2S)です。単体の硫黄にニオイはありませんが、硫化水素のような化合物になると、私たちがよく「硫黄のニオイ」と表現する悪臭がするのです。硫黄の研究者に聞いたところ、「実験は悪臭との戦い。分子量が小さいものはニオイが強いものが多く、硫化水素は温泉の想定内ですが、エタンチオールやベンゼンチオールなどはこの世のものとは思えない」なのだそうです。

硫黄化合物は少量であれば無害、それでもしっかり嫌なニオイがするので、ガス漏れの際に気付くことができるようにと都市ガスのニオイ付けに使われています。逆に、この種のニオイを好む虫がいて、この虫を硫黄化合物特有のニオイでおびき寄せ、受粉してもらっている植物があるのだとか。「蓼食う虫も好き好き」ということなのでしょう。

 

硫黄化合物がつくり出す美味しそうな匂い

「硫黄化合物=嫌なニオイ」というイメージは実は正しくありません。ニオイ物質はその濃度や他の物質との混合によって印象が変わります。私たちが大好きなパッションフルーツやトマト、トリュフ、コーヒー、パン、キャベツなどの匂いの成分の中にはそれぞれ図2のような硫黄化合物が含まれています。

図2:食品中の揮発性硫黄化合物(香料)。揮発することで、鼻の嗅覚細胞に届き、ニオイとして認識される。少々込み合っているが構造式の炭素(C)と水素(H)を省略しない表記とした。分子の中のたった一つか二つの硫黄(赤丸で囲った)がニオイの特徴を決めていることに驚かされる。化学反応式は『現代有機硫黄化学』(化学同人2014年)を参考に筆者作成。

ほかには、ニンニクやタマネギ、長ネギなどネギ科ネギ属植物に特有のツンとしたニオイも、硫黄化合物によるものです。ただし、刻まないとにおわないのは、ニオイ物質が元からあるものではないからです。例えばニンニクにはもともとアリインというアミノ酸が含まれていますが、これは無臭です。刻むと、アリインとそれとは別の部分にあったアリナーゼという酵素が出合い化学反応が起こります。その結果、ニンニク特有のニオイ物質であるアリシンが生成します(図3)。アリシンは、ニンニクが外敵の攻撃から身を守るためにつくられる抗菌物質です。包丁がニンニクを刻むやいなや化学反応が起こっているんだという“不思議”に驚くと同時に、それはニンニクの痛い痛いという叫びに思えてちょっと身につまされます。

 

図3:ニンニクとニンニクのニオイ物質が作られるプロセス(右)。化学反応式は『現代有機硫黄化学』(化学同人2014年)を参考に筆者作成。

 

原油から取れる豊富な資源

かつて地獄から湧いてきたと考えられていた硫黄ですが、自然界にほぼ純粋な単体で存在することもあり、昔から使われてきました。例えば、古代ギリシャの頃にはすでに硫黄を燻して家屋の消毒や殺菌、殺鼠を行っていたそうです。また、干し柿や干しイチジクは今でも硫黄で燻して、漂白、殺菌しています(硫黄燻蒸くんじょうという)。9世紀頃、中国で硝酸カリウムと硫黄(着火燃焼剤)、木炭の粉末を混ぜ合わせてつくる火薬が発明されると、硫黄の使用量は一気に増えました。日本にも多くの硫黄鉱山があって、硫黄を輸出していました。

しかし、もう硫黄鉱山はありません。というのも、必要な硫黄は、原油を精製する際の副生成物として十分手に入るからです。原油中の硫黄分が二酸化硫黄(SO2)となって大気中に放出されると、ぜんそくなどの公害病や酸性雨の原因になります。それを防ぐために脱硫装置が開発され、原油の硫黄分は回収されるようになりました。こうして回収された硫黄は需要に対して有り余るほどあるので、とても安価に取引されています。

 

物質にさまざまな機能を加える硫黄

硫黄は工業的に重要な元素です。覚えておきたいのは、まず、さまざまなゴムの“加硫”に使われていることです。天然ゴムの原料は、ポリイソプレンというゴムの木から採取された高分子です。このままでは弾力が無く、夏にはべたつき冬には硬くなってひび割れします。それが硫黄を加えて熱をかけると、あら不思議!こうした不都合は解消され、伸び縮みするようになるのです。弾力は、ポリイソプレン同士を硫黄が橋渡しする(架橋という)ことで生まれる性質です(図4)。この加硫は、1839年にチャールズ・グッドイヤーによって発明され、ゴムの性質を大きく改善しました。高い性能を求められるゴム製品と言えば、特にタイヤです。ですからタイヤメーカーのグッドイヤー社は彼にちなんで命名されたのですが、グッドイヤー本人や一族との関係はないそうです。

 

 

 

図4:天然ゴムの硫黄による架橋のイメージ。ポリイソプレン分子を硫黄が橋渡ししている。Sの個数はさまざま(筆者作成)。

 

硫黄を含む代表的な酸と言えば、硫酸(H2SO4)です。学校の理科の実験で使ったことのある人は多いことでしょう。大気中の二酸化硫黄が水に溶けてできるので、酸性雨の成分の一つとして厄介ですが、その酸化力・脱水力・吸湿性は肥料や化学繊維、合成洗剤、医薬品などの製造に欠かせません。

硫黄は、製造過程で重要な役割を果たすだけではありません。『硫黄の有効利用と将来展望』(シーエムシー出版)に、医薬品約1600品目中、260品目が硫黄原子を含んでいると書かれているように、多くの医薬品が硫黄を含んでいます。これは硫黄が、医薬品の効果に関係しているということです。一例として、世界初のサルファ剤であるプロントジルについて考えてみましょう(図5)。サルファ剤とは、スルホンアミドをもつ化学的に合成された医薬品の総称です。一部に硫黄(sulfar:サルファ-)を含んでいることからこのように名付けられました。プロントジルは体内で、4-アミノベンゼンスルホンアミドとなって抗菌作用を発揮することがわかっています。大事なのは、スルホンアミドの中央の硫黄原子から6本の結合の手が出ている構造で、これが、細菌が葉酸をつくるのを妨げ、抗菌効果を発揮しているのです。

図5:世界初のサルファ剤のプロントジル(左)と、抗菌作用を示す4-アミノベンゼンスルホンアミド(右)。サルファ剤とは、スルホンアミド(赤丸)をもつ薬の総称。1935年、開発者のゲルハルト・ドーマクが、医薬品として使っていいものか確信がもてない中、自分の娘に使って連鎖球菌の感染から救ったというエピソードが残る。プロントジルは体内で4-アミノベンゼンスルホンアミドに変換され、薬効を示す。

 

人体と硫黄

人の体にも硫黄は少量ですが含まれています。特に皮膚や髪、爪をつくるケラチンというタンパク質には硫黄が豊富で、硫黄同士の結合によって強くなります。髪にパーマをかけることができるのは、この硫黄同士の結合を組み替えているからです(図6)。

 

図6:パーマの施術による毛髪内のシスチン結合(S-S結合)の変化。組み換えが起こって、パーマがかかる。何だかゴムの架橋に似ている(筆者作成)。

 

硫黄もずいぶんいろいろなところで重要な役割を果たしているとわかったので、この辺りで終わることにしましょう。そうそう。いちばん身近なものを忘れていました。“おなら”です。大部分が空気ですから、窒素、酸素が主成分です。それに大腸で発生した水素、二酸化炭素、メタンといったガスが加わりますが、これらは無臭です。その中に硫化水素や二酸化硫黄が含まれているので、におうのでした(笑)。

 

【参考資料】
② 『元素の事典』朝倉書店、2011年
③ 『スプーンと元素周期表』早川書房、2015年
④ 『硫黄と私たちの生活』化学と教育 62巻1号、2014年
⑤ 『需給拡大する硫酸工業の現状と未来』化学と教育
⑥ 『現代有機硫黄化学-基礎から応用まで』化学同人、2014年
⑦ 『硫黄の有効利用の将来展望』シーエムシー出版、2014年
⑧ 『元素の事典―どこにも出ていないその歴史と秘話』みみずく舎、2009年
⑨ 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』河出書房新社、2015年
⑩ 酸性雨に関する基礎的な知識(気象庁):https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/acid/info_acid.html
⑪ あんぽ柿の作り方:http://www2s.biglobe.ne.jp/~shin-1oh/manpo.htm
⑫ おなら(公立長生病院HP):http://www.chouseihp.jp/onepoint14.php
⑬ 髪と頭皮の基礎理論『ケミカル講座 vol.1「パーマのしくみ・基礎知識(1)」』(デミ コスメティクス):https://www.demi.nicca.co.jp/salonsupport/beauty3_detail_01.html
*ウェブサイトはいずれも2019年7月現在、筆者作成以外の図並びに写真はdepositphotosより。

 

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。