二酸化炭素削減のための吸収剤の開発

大気中の二酸化炭素濃度の増大が、地球上の大きな問題になっていることはいうまでもありません。2050年までに温室効果ガスの排出を実質0にするという目標 (実質排出量0とはCO2などの温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と、森林等の吸収源による除去量との間の均衡を達成することをいいます)が日本でも立てられました[1]が、その目標達成には相当な努力が必要とされています。そのための方策の一つが二酸化炭素を回収して、様々に利用したり地中に埋め込んで貯留したりすることです。実際にそのような試みは世界中でなされています。日本でも例えば佐賀市の清掃工場では排気ガスに含まれている二酸化炭層を回収し、それを藻類や植物工場に供給して利用するという事業が既に稼働しています[2]。工場や発電所などの排気ガスには高濃度の二酸化炭素が含まれており、それらから回収剤を用いて二酸化炭素を回収することは比較的容易に行うことができます。
それに対して、大気中には二酸化炭素は0.04%しか含まれていないため、大気から直接二酸化炭素を効率よく回収することはかなり困難です。しかし欧米ではすでに大気中から直接二酸化炭素を分離する試験的なプラントが18カ所で稼働しているそうです[3]。従来二酸化炭素を回収するための吸収剤としては有機アミン系のものが用いられてきました。有機アミンというのは、アミノ基(NH2)またはNHを含む有機物のことで、これらは二酸化炭素と結合することができます。二酸化炭素と結合したアミンは加熱することで二酸化炭素を放出します。この性質を利用すれば二酸化炭素を分離回収することができます。
従来の回収剤の大きな問題の一つは、二酸化炭素の吸収能力が低いことでした。多くの研究者が新しい回収剤の研究を行ってきていますが、最近米国リーハイ大学(Lehigh University)の研究者らは大気中の二酸化炭素の新たな回収剤を見いだしました[4]。これはアミノ基を含む陰イオン交換樹脂と呼ばれる高分子材料に銅(II)イオンを添加したものです(図1参照)。従来から二酸化炭素吸収剤として陰イオン交換樹脂は用いられてきましたが、銅(II)イオンを添加すると、二酸化炭素の吸収能力が3倍に増加することが分かりました。銅が+2価の陽イオンであるため、二酸化炭素から水中で生じる陰イオンの炭酸水素イオンと強く結合することがその理由と研究者は考えています。

図1 (左)アミノ基NH2を含む陰イオン交換樹脂(灰色の部分)が二酸化炭素と結合する様式
(右) 陰イオン交換樹脂に銅(II)イオンを添加した材料が二酸化炭素から生成する炭酸水素イオンと結合する様式

 この新しい銅を含む回収剤のもう一つの大きな特徴は、樹脂に結合した二酸化炭素を放出させる過程が簡単なことです。従来は、例えば二酸化炭素が結合した回収剤を加熱することで吸収した二酸化炭素を放出させていました。これには相当なエネルギーが必要です。ところが今回の材料は食塩水(例えば海水)を作用させるだけで、炭酸水素ナトリウムNaHCO3の形で放出されることが分かりました。これは大きな利点です。論文では特に日本を取り上げて、日本のような海洋にアクセスしやすく、また二酸化炭素を地中に埋めるに適した場所が少ない国では、海水が使えるメリットが大きいと書いてあります。炭酸水素ナトリウムはそのまま海に放出すれば二酸化炭素を海中に固定することができることになります。イオン交換樹脂に海水を流すと、樹脂には塩化物イオンが結合しますが、ここに希アルカリ水溶液(2%程度の水酸化ナトリウム水溶液など)を加えることで元のイオン交換樹脂に戻すことができます(図2)。

図2 銅イオンを含む陰イオン交換樹脂の詰まった管(カラム)を用いて二酸化炭素を分離回収する工程
(左)イオン交換樹脂(OHが結合)に二酸化炭素をとかした水を通過させることで炭酸水素イオンとして結合する。(中)海水を流すと吸着していた炭酸水素イオンが炭酸水素ナトリウムとして流出する。(右)希アルカリ水溶液を流すと最初の状態に戻る。

 この樹脂の二酸化炭素吸収能力は素晴らしいですが、実際に用いるときに問題となる点もあると考えられます。1つは元の樹脂に戻すためにアルカリ水溶液が(吸着した二酸化炭素の物質量と同量)必要なことです。水酸化ナトリウムを従来の方法で製造するためには多量の電力を必要とします。最近開発されたバイポーラ膜という膜を用いる方法では従来法の1/3の電力で製造できると論文では指摘していますが、それでも結構なエネルギーが必要な気がします。もう1つCO2を吸収する速度 の問題です。今回の材料では樹脂が最大量の二酸化炭素を吸収するまでにほぼ24時間を必要としており、実用にはもっと速くなければならないと指摘されています[3]
このような新しい素材がきっとこれから数多く報告されるようになると私は期待しています。分離回収した二酸化炭素を有効に利用する方策も同時に求められています。我々は高度に発達した文明を大いに利用して快適に暮らしているわけですが、そもそもなるべくエネルギーを使わないように暮らしていくことを皆が考えていかねばならない時代となっていると思います。それではまた次回。

 

[1] 例えば以下を参照してください、
https://www.kcfca.or.jp/project/topic2020/045japanzero/ 2023年7月1日閲覧
[2] https://www.city.saga.lg.jp/main/44494.html 佐賀市「二酸化炭素分離改修事業について」2023年7月1日閲覧
[3] “New sorbent captures 3 times as much CO₂” Chem. Eng. News March 20, 2023. https://cen.acs.org/environment/greenhouse-gases/New-sorbent-captures-3-times/101/web/2023/03
[4] H. Chen, H. Dong, Z. Shi and A. K. SenGupta, Science Advances, 2023, 9, eadg1956.

The following two tabs change content below.

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。