白金(Pt)-懐炉とトーチを燃やし続ける元素

 12月1日は,日本カイロ工業会が1991(平成3)年に同会の設立10年(設立時の名称は日本使いすてカイロ同業界)を機に制定した「カイロの日」です。白金の二回目は,酸化触媒作用を応用した懐炉かいろに関する歴史です。

文学にみる懐炉のうつりかわり

懐中に入れて暖をとる道具には,古くは焼き石や温石おんじゃくがありました。
平安初期の『落窪おちくぼ物語』には,落窪の君に仕えるあこぎ(阿漕)が,胸が痛いと訴える女君めぎみに「御焼き石当てさせたまはんとや」(お焼き石を当てあそばしては?)と勧める場面があります。焼き石は,焼いてから箱に入れて包み,それを懐中に入れました。
温石は滑石かっせきなどを火鉢で加熱してから布に包んで使われました。塩あるいは塩にぬかを混ぜたものをって布に包んで使う塩温石も使われました。こうした温熱用具は,布団の中に入れて足を温めたり,患部に当てて腹痛や神経痛をやしたりするのに使われたようです。

宮本百合子の『余録』には,菅原道真みちざね讒言ざんげんして大宰権帥だざいのごんのそちにした左大臣藤原時平ときひらについて次のように書かれています。-彼の住居は八条にあった。内裏だいりまでかなり遠い。冬だと、彼はその道中に、餅の大きなの一つ、小さいのを二つ焼いて、温石のように体につけて持って行った。京の風に、焼いた餅はいくばくもなくさめる。ぬるくなると、彼は、小さい餅なら一つずつ、大きなのは半分にして、車のれん越しに投げ与えて通った。当時有名であったらしい。彼の性格の一面が現れ、私には非常に面白く感じられた。(『余録(一九二四年より)』の〈余録〉より引用)

江戸時代の元禄初期には,保温力が強いとされるイヌタデ(犬蓼)の茎の灰,ナス(茄子)の茎の灰,桐灰などを木炭末に混ぜたものを,孔のある金属製容器に入れて燃焼させる懐炉も使われました。
明治期に入ると,麻殻あさがら胡麻ごま殻・稲わら・ヨモギ(蓬)などの灰も使われるようになり,更に改良され,岩綿がんめん(ロックウール)を灰の保持体として金属製容器に入れた懐炉が普及しました。岩綿は,マンガンやニッケルなどの鉱滓(スラグ),安山岩,玄武岩などに石灰石を混ぜ,熱して熔融させてから繊維状に加工した耐火材です。下野しもつけ国(栃木県)は以前から野州やしゅう麻の産地で,明治10年代頃から栽培が大規模化し,麻殻を原料にした懐炉灰の生産が盛んになりました。麻殻(麻幹あさがら苧殻おがらとも)は皮をいだ後の麻の茎で,盂蘭盆会うらぼんえの飾り物に使われたり,迎え火でかれたりします。また,麻幹はしは精霊祭の供物に添えられます。

明治半ばに書かれた小説『たけくらべ』には,深まりゆく秋の風情が次のように表現されています。-赤蜻蛉とんぼう 田圃たんぼに乱るれば横堀にうづらなく頃も近づきぬ、朝夕の秋風身にしみ渡りて上淸じゃうせいが店の蚊遣かやこう 懷爐灰くわいろばいに座をゆづり、石橋の田村屋が粉うすの音さびしく、角海老かどゑびが時計の響きもそゞろ哀れのを傳へるやうになれば、(『たけくらべ』(十)より引用)-懐炉に火が入り,季節が冬へと移りゆくのです。
大正期にかけて,懐炉灰に助燃剤を加えて棒状に整形し紙で包装した固形燃料が作られるようになると,懐炉灰は持ち運びと着火が容易になりました。この頃には石炭末を粘着材で固めた豆炭を使う行火あんか炬燵こたつがありましたが,懐炉は小型で,より手軽に暖をとることができました。

 

白金を酸化触媒として用いる

白金触媒式の小型懐炉は大正時代に登場しました。ハクキンカイロ㈱の創業者である的場仁市まとばにいちは,白金触媒式のライターをイギリスで知りました。それは,気化した燃料で満たされた筒の中に白金線を差し込むだけで着火することができました。
その原理は,気化した燃料と空気中の酸素との反応が白金によって促進されるからで,ドイツの化学者J.デベライナーが1823年に発明した,白金片に水素を吹き付けて点火させる装置がもとになっています。

的場はこのライターを応用し,気化した石油ベンジンが白金触媒に触れるとゆっくり酸化して発熱する反応を懐炉に応用し,1923(大正12)年に「ハクキンカイロ」の商品名で発売しました。沸点が150℃以下程度の炭化水素の混合物で,ナフサを精製して得られます。
白金触媒式の懐炉では,炭化水素が大気中で通常に燃焼するよりも低い300~400℃程度で酸化分解され,その反応熱が熱源となります。白金微粒子をガラス繊維に付着させたものが触媒となり,緩和な条件ながら効率的に反応が進行するのです。ハクキンカイロは,蓋に開けられた通気孔の形が孔雀が羽根を広げたように見えることから,ピーコック・ポケット・ウォーマー(Peacock Pocket Warmer)などとも呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

白金触媒式懐炉の市販品
(右が燃料容器で,触媒部分を外したところ)

現在の携帯用懐炉の主流は,鉄粉の酸化熱を利用する使い捨て懐炉です。鉄粉を酸化する方式の携帯用懐炉はかなり前からあったようですが,1970年代になり,不織布や紙の袋に入れた使い捨て方式(内容物は,鉄粉のほかに,高分子吸水体に保持された食塩(触媒),酸素を取り込むための活性炭,保水材としてのバーミキュライトなど)が普及しました。しかし発熱量では白金触媒式懐炉の方が優れています。

白金触媒による発熱体では燃料が炎をあげて燃えることがないので,火気厳禁の条件でも使うことができることから,揮発性燃料を用いる内燃機関の予熱にも使われました。戦前,寒冷地の満州(中国東北部)で日本陸軍が使用していたトラックでは,厳冬期にはエンジンの下に練炭コンロを置いてオイルを暖め,気化器(キャブレター)にはハクキンカイロをくくり付けて予熱しました。また,極寒地で飛行機を始動するときにエンジンを予熱するのにも使われました。

アジアで最初に開催された1964(昭和39)年の第18回夏季オリンピック東京大会の際の聖火リレーでは,輸送中にトーチの炎が消えた場合の予備として,特製の大型懐炉が準備されました。
ところで,聖火トーチの燃料は従来LPガスが一般的でしたが,2020(令和2)年から延期された東京2020オリンピック・パラリンピックでは,聖火台と一部の聖火リレー(福島県,愛知県,東京都)で使われるトーチで,大会史上初めて水素が使われます。この水素は,福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R,福島県双葉郡浪江町)で太陽光を使って製造され,選手村の宿泊棟などでも使われます。

 
聖火トーチ(左)とランタン(右)
(令和3年2月・岐阜県巡回展にて撮影)

 

参考文献
「宮本百合子全集 第二十巻」宮本百合子著(新日本出版社,2002年)
「特集 野州麻を守る」鹿沼市役所総務部編(広報かぬま,2012年10月号)
「明治文學全集30 樋口一葉集」樋口一葉著(岩波書店,2013年)
「落窪物語」藤井貞和校注(岩波書店,2014年)
ハクキンカイロ資料館(同社のホームページ,http://www.hakukin.co.jp)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。非常勤講師として2019年に名古屋工業大学「科学史」(工学部二部),2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」(全学部共通)を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。