マグネシウム(Mg)を表す漢字

元素のマグネシウム(元素記号はMg)が最近よく話題になっている。
NHKのテレビ放送だけでも、例えばことばの由来についての番組で、滑り止めに使う白い粉は、「炭酸マグネシウム」を略して「タンマ」と言うと体操選手が話していた。

また、「ガッテン」では、マグネシウムは、漢字では「鎂」と書くと紹介され、画面に大きくその字がマグネシウムとルビを付けて映し出された。これは、NHKが発行する雑誌にも載った。この字に訴求力があることの表れであろう。

BSプレミアムでは、美と若さについての番組で、金偏に美しいって書く漢字は、マグネシウムで、カラダに必要不可欠なミネラルであり、最新の研究ではまさに漢字の通り「美」を作り出すミネラルだと分かってきたと、その漢字が意味合いまで強調して紹介された。

「美」というパーツから意味を思い浮かべることは、日常生活の中でもあり、この字を見て「確かにある状態では美しい」と納得する声や、「炎色反応がきれいだからか」と推測する意見も聞いた。

「しつけ」と読む「躾」のように、旁の「美」が意味を持っているのだろうか。実は「しつけ」は中国語にはない概念だ。この字は、室町時代に日本人が作った字(国字)であった。身を美しくするという発想から字を作る、逆にその字体からそういう発想を読み取るという行為は、日本ならではのことなのである。

もっと単純化してはっきり言ってしまうと、中国の人は、この字を見れば、mei(メイ)と読みそうな金属系の何かだろうと思う。それが元素の名だと類推できたり習って知っていたりすれば、メイと呼ぶあのミネラルを含む元素のことだと瞬時に認識する。

一方、日本人は、金属に関係のある美しいものだろう、とまず意味を想像する。元素名だと何かから想像できたり知っていたりすれば、あのマグネシウムだ、美しいからな、と字の意味を直感したり、字面から分析したりする。

これは他にも「晴」などの形声文字を見たときにも起こりうる、日中の漢字の捉え方の本質的な差と言える。

 

マグネシウムは産地のギリシャのマグニシア県による名称である。ラテン語でmagnesiumであり、これを英語で発音すると[mægníːziəm]となる。英語では、語頭が「マ」と「メ」の中間、あるいは「メ」に近いような発音である。中国で、その英語の響きの近い発音を持つ漢字を探した結果、メイのように読む「美」(mei)が選ばれたのであった。もしかしたら、元素の中でも美しいものなので、この字がちょうどいいという後押しが意識の中であったのかもしれないが、少なくとも今の中国の人たちからはそのような意識はまず聞かれない。

1872年に刊行された、マガウアン(Daniel Jerome Macgowan 瑪高温)口訳、華蘅芳筆述『金石識別』(James Dwight Dana(代那)撰)では巻1などに「美合尼西恩」「美合尼西」と当てられており、1字目は一旦措くとして2字め以降の字を見ると、発音だけで選ばれたことが歴然としている。

なお、ロブシャイドの『英華字典』も、マグネシウムに対しては、「行」を用いた造字(例えばウランは「行」の間に「天」を入れたことはすでに述べた)をしなかった。そこでは、「蜜尼沙」(広東語でマッネイサー)の3字のそれぞれに「口」へんを付けることで、蜜、尼、沙(すな)の意味はなく、マグネシウムの音訳であることを示したうえで、4字目に「金」を加えた訳語を載せるだけだった。

相前後して、カー(Kerr)・何瞭然による『化学初階』(1870年刊)ではその頭文字「美」を取って、そこに金偏を加えて「鎂」としたのである。『化学鑑原』はその前年からフライヤー(Fryer)・徐寿によって編集が始められており、彼らが先に考案した字であった。これが広く使われるようになって、公的な表現として定められた。このように元素名を漢字1字にしておけば、組成式や化合物なども端的に表現できるのである。

「鎂」(マグネシウム)は、「mei」と読むため、後に発見されて命名された「鋂」(Am アメリシウム)も同じ発音となってしまった。このアメリシウムはアメリカが語源だが、中国でアメリカを指す「美」はもう上に述べたようにマグネシウムで使われる習慣と規則ができてしまっていたため、旁にはそれを避けて「毎」が選ばれた。

中国語はもともと単音節の言語なので、子音や母音の種類が多く、また組み合わせが複雑であり、アクセントが複数あっても同音語が生まれやすい(一方、日本語は音の種類が100余りしかない代わりに2音節以上の単語が多い)。そのため、どうしても文脈や視覚に頼る面が残されているのだ。

なお、簡体字では金偏を一律に省略したので、「镁」となっており、中国大陸のほか、シンガポールやマレーシアなどでも、この略した字がよく使われている。

 

中国教育協会が1904年に刊行した『Technical terms, English and Chinese』では、マグネシウムは「鎂,鏀」と2つの漢字が併記された。1908年に刊行された『東中大辞典』(作新社)p1389には、「マグネシウム」に「麻格涅(旁は臼のしたに工)休謨」という音訳が示され、「中名」つまり中国語での名称として「南方での名は鎂 北方での名は鏀(金へんに鹵)」と記されている。

旁の「鹵」は、音読みでロと読み、岩塩などの塩(しお)、塩分の多い土地(しおち)を表す。マグネシウムは広義のアルカリ土類金属、中国では「鹼土金属」(簡体字では碱土金属)と訳されたものに含まれている。この「鹵」を部首とする「鹼」という字も、塩分の多い土に含まれるアルカリ性の塩基を指す。なお、酸化マグネシウムやオキソ酸塩の成分としてのマグネシウムは、苦土(くど)と称するほど苦い味がする。

この「鏀」は、『化学初階』ではナトリウム(Na ソジウム)を表した字であったので、この「北名」は、ビルカン(ビユカン 畢利幹 Billequin)・聯子振による造字「●(金へんに滷)」の「氵」を付け損ねた誤植なのであろう。

ビルカンらは、『化学指南』においてマグネシウムには「金へん」に「滷」(塩、塩辛い水)を加えた「●(金へんに滷)」という造字を用いていた(これは鄭州大学の牛振氏提供の北京大学所蔵本写真により確認した)。

このようにマグネシウムの造字において、意味を表す部分は「美」ではなく、「氵」すなわち「水」と「鹵」であった。しかしそれは廃れていって、金偏に、旁の「美」という発音を示す字のみが公的に使われるようになって現在に至るのである。陸貫一は「●(金へんにMg)」を作って提案したが、広まらなかった。

 

ひるがえって、日本の状況はいかがであったのだろう。
江戸時代には、『植学啓原』巻3に「苦土 酸化麻倔涅叟母(マグネシウム)」のような音訳がなされ、幕末には「マグネシウム」と表記する人も現れた。それが主流となっていくわけだが、明治に入ると、読み書きしやすいようにと、マグネシウムは「マク」と略すとの提案も1880年になされた。

しかし、漢字で書こうとする動きはすぐには収まらなかった。先の『化学初階』や『化学鑑原』の造字の使用を部分的に受け継いだ磯野徳三郎は、著書の『中学化学書』(1883年刊)で、マグネシウムには「鏌(金へんに莫)」という既存の漢字(莫耶という名剣の名前に、剣であるために金偏を付したもの)を使うことにした。「莫」が先の略称「マク」や「マグネシウム」に発音が近い「マク・バク」という字音をもっているためであり、これは中国の造字の原則にのっとった表音の方法によるものだった。

ただこれも広まることはなかった。日本人は、元素漢字に対する意識が見事に反転している。前回記したように、「銪(金へんに有)」(ウラン)を見せると、旁が同じ「鮪」を類推し、マグロという訓読みからマグネシウムと推測してしまう人さえもいた。清水卯三郎は、『ものわり の はしご』(1874年刊)で、元素のことを「おおね」(大きい根の意)と言い換え、マグネシウムを苦土から平仮名で「にがつちね」と書き、またそう呼ぶことにした。かな表記ではあるが、これも発音よりも意味を重視した結果であったともいえる。

平成の時代には、その軽合金材料や葉緑素の核となる特徴からマグネシウムに対して、「●(金へんに軽)」「●(金へんに葉)」という字を作る試みもネット上で見られた。やはりここでも、日本の人たちは意味をもとに造字をするのである。仮名、とくにカタカナが意味を感じさせないことと対照的と言えるだろう。

主要文献
笹原宏之『日本の漢字』 岩波書店 2006
菅原国香・板倉聖宣「東京化学会における元素名の統一過程」Ⅱ29『科学史研究』2-19 1990

 

The following two tabs change content below.

笹原 宏之

早稲田大学社会科学部教授。漢字圏の言語と文字の変遷と変容を研究し、文献探索、実地調査に明け暮れる日々。かわいい兎を飼っている。

最新記事 by 笹原 宏之 (全て見る)