新しい炭素材料がつくられた!

フラーレンとカーボンナノチューブ

皆さんこんにちは。
フラーレンという物質は1985年に発見されました。今ではその存在はよく知られていますが、当時まず最初にサッカーボール型のC60分子(図1)[1]が実在することが見つかったときは世界中が驚きました。それまで高校の化学で炭素の同素体はダイヤモンドと黒鉛と無定形炭素の3つだと習ってきた私もそのニュースにはびっくりしたのを覚えています。ちなみに正多面体の球状の建物を考案した建築家バックミンスター・フラーの名を取ってフラーレンと名付けられたということです。この分子はご覧の通り炭素原子からなる六角形と五角形が交互に組み合わさって球形となっています。さらに少し長丸の形をしたC70やC84などの分子も見つけられていったのです。

図1 サッカーボール型分子C60

図2 円筒型分子カーボンナノチューブ。これは一例で様々な大きさのものがある。

それからほどなくして1991年にカーボンナノチューブが発見されました[2]。こちらは炭素原子からなる蜂の巣状のシートがまるまって円筒形となっている分子です(図2)。まさに以前ご紹介したグラフェンをぐるっと巻いたような構造になっています。(参考:グラフェンに関するブログ「水から酸素を発生させる触媒」はコチラから」)六角形の編み目がきれいに並んでいることが分かりますね。このカーボンナノチューブは半導体の性質を持つことから新しい材料として着目され、非常に多くの研究が行われています。

新しい炭材料とその合成法

ごく最近東京大学の磯部寛之先生らのグループはカーボンナノチューブに似た化合物を合成しました[3]。これは実際には炭素のみからなる分子ではなく、炭素と水素が含まれているのですが、一見カーボンナノチューブに似た構造となっています。カーボンナノチューブが、それぞれの炭素から手が3本出て結合した六角形構造を基本としているのに対し、今回の化合物はもともと六角形のベンゼン骨格を持つ部品(C6H3フェニンという)をもとに、これを6つ六角形状に配し、それが連なった構造をしているので、フェニンナノチューブpNTと彼らは呼んでいます。(図3)。

図3 新たに作られたフェニンナノチューブpNT

このpNTは、きわめて精密な有機合成の手法を用いて作られました。図4に示すようにまず臭素が2つついたベンゼンを原料にして、そこにベンゼンを2つ結合します。こうして図4bの化合物ができます。ベンゼン環同士を結合させる方法は、2010年の鈴木章先生のノーベル賞受賞の研究を始め近年非常に進歩しているのです。それらの手法を駆使して、さらにbの化合物を2つ合体させて化合物cができます。これを4つつなげて筒状にしたものが化合物dです。このdからいくつかの工程を経てさらにベンゼン環をつないで図のeに示すpNTを作ることができました。

図4 pNTの合成法。aを原料にして順番に六角形のベンゼンをつなげていく。この図では水素は省略してある。オレンジ色や赤色の原子は分子同士結合させるために導入された臭素などの原子。

pNTの性質とこれから

このpNTは所々に穴が空いているカーボンナノチューブと見なすこともできます。カーボンナノチューブは半導体材料として期待されていると書きましたが、このように穴が存在する材料は普通のカーボンナノチューブと異なる性質を持つことが期待されます。今回作られた分子は筒の長さが限られていますが、もし筒の長さが無限に続いているような構造の分子ができたとすると実際にカーボンナノチューブとは異なる半導体の性質を示すことも彼らによって理論計算で示されました。

また、フラーレンの一種であるC70(冒頭でも記しました)とこのpNTが共存する結晶も得ることができ、その構造を調べると、C70分子がこのpNTの内部と外部に並んでいるようになっていることも分かりました。まるでサヤエンドウのように複数のC70分子がこのpNTの空孔の中に並んでいることも判明したのです(図5)。フラーレンが中に入ることで、pNTの性質が変化し、さらに新たな材料になり得ることも期待されます。

図5 C70入りpNTの構造。規則正しく並んだ筒状のpNT分子の内外にC70分子が存在していることが分かる。一例で様々な大きさのものがある。白、赤、緑の枠は結晶の単位格子を表している。

30年近く前に発見されたカーボンナノチューブの研究は、さらに新しいタイプのものも含めて大きく広がろうとしています。これらが半導体など新たな電子材料として広範囲に使われる日も近いかもしれません。ではまた次回お会いしましょう。

 

参考資料:
[1] ハロルド・クロトー、リチャード・スモーリー、ロバート・カールらによってC60が発見され、彼ら3人は、1996年度のノーベル化学賞を受賞した。
[2] 当時NECの研究員だった飯島澄男氏によって発見された。
[3] Z. Sun, K. Ikemoto, T. M. Fukunaga, T. Koretsune, R. Arita, S. Tato, and H. Isobe Science, 2019, 363, 151-155.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。