ジスプロシウム(Dy)-磁性材料に欠かせない元素

 ジスプロシウムは原子番号66の元素です。その単体は銀色の光沢を有する金属(25℃での密度8.6g/㎤,融点1412℃,沸点2562℃)で,様々の稀土類鉱物として産出します。元素としては1886年にフランスの化学者P.ボアボードランにより発見されましたが,1950年代にイオン交換法による分離技術が確立するまでは,単体の金属を純粋な形で大規模につくることはできませんでした。

ジスプロシウムの発見

1878年にエルビア(下図で下線のないエルビア)からイッテルビアが分離され,その翌年にはエルビア(下図で下線のあるエルビア)に,エルビウムの酸化物(⇒エルビウムについてはココをクリック),ツリウムの酸化物(⇒ツリウムについてはココをクリック)と共に,更なる未知の酸化物の混合物(ホルミア)が含まれることが分かりました。

1886年,P.ボアボードランは,ホルミアを酸化ジスプロシウム(Ⅲ)(DyO)と酸化ホルミウム(Ⅲ)(HoO)に分離しました(⇒ホルミウムについてはココをクリック)。このとき彼は,ホルミアを酸に溶かしてから,アンモニア水を加えてジスプロシウムの水酸化物を沈澱させる操作を30回以上行いました。ボアボードランは,苦労の末に得られた新元素の名前を,ギリシア語の「近づき得る」を意味するπροσιτοςプロシトスに「困難,不快」を表す接頭辞δυςデュス-を付けたジスプロシウム(Dysprosium)としました。接頭辞δυς-(dys-)から始まる語にはdyspepsia(消化不良)などがあります。
さらに純度の高いジスプロシウムは,1906年,G.ユルバンが数百回に及ぶ分別沈澱を行って初めてつくられました。

 

ジスプロシウムの利用

鉄・ジスプロシウム・テルビウム合金は,磁力によって伸び縮みする性質(磁歪じわい)が大きく,その性質を利用してプリンター印字ヘッドなどに使われています。磁歪は,強磁性体に外部磁場を加えて磁化するときに外形が変形する現象で,磁気ジュール効果とも呼ばれます。
イギリスの物理学者J.ジュールは,1830年代後半から,自宅の一室を改造した実験室でボルタ電池を使って電気,磁気に関する実験を始めました。1847年,ジュールは,長いニッケル棒に巻いたコイルに電流を流したときの,ニッケル棒の長さのわずかな変化を見出したのです。

強磁性体の内部では,大きさが10μm(=0.01㎜)程度の磁区と呼ばれる領域が磁壁を境界として接しています。磁区内では原子が同じ向きに整列していて自発磁化の状態にありますが,着磁前には各々の磁化の向きはランダムで,全体としては打ち消し合って消磁状態にあります。強磁性体を磁界内に置いて着磁することで各磁区が磁界と同じ方向に磁化されます。このとき,各磁区の自発磁化が回転し,全体として外形が変形して磁歪が生じるのです。

外部磁場(上向き)内に置かれた磁区の自発磁化の変化(左→右)
出典:MikeRunによる”Growing magnetic domains”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 フェライト磁石の磁歪は最大で0.004%ほどですが,1970年以降,稀土類金属を含む材料の研究が進展する過程で,大きな磁歪をもつものが発見されました。特に注目されたのが鉄・テルビウム合金(TbFe)で,最大で0.3%もの磁歪を示します。しかし,この磁歪を得るためには大きな磁力が必要で,重量が1㌧もある電磁石が使用されていました。
その後,更に研究が進み,ジスプロシウムを鉄・テルビウム合金に混ぜると,より小さな磁力でも大きな磁歪が得られることが判ってきました。例えば,FeDy0.7Tb0.3では,手の平ほどの大きさの電磁石でも,大きな磁歪を得ることができるのです。

 

 

 

 

初期のカラープリンター印字ヘッド(1980年代)
(手前に色別の印字ヘッドと電磁石が見える)
出典:Hannes Grobeによる”Head of early ink printer, late 1980th”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

稀土類元素の資源と生産

18世紀末にスウェーデンのイッテルビーの採石場でガドリン石が発見された後,バストネス鉱山で新たな鉱物が見付かりました(⇒ガドリン石についてはココをクリック)。1873年には,アメリカ・ノースカロライナ州の雲母鉱山で,それ以前にロシアのウラルで発見されサマルスキー石(主成分は稀土類を含むニオブタンタル酸塩)と名付けられていたのと同じ鉱物が大規模に発見され,1877年から利用されるようになりました。

稀土類金属の製錬工程は次のⅰ~ⅳの四段階に大別されます。
ⅰ 鉱石処理  ⅱ 分離  ⅲ 金属への還元
ⅳ 精製(蒸溜,昇華,帯域融解(ゾーンメルティング)など)

 国内に輸入される原料はⅰでつくられた塩化物や水酸化物です。ⅱは,以前は分別晶出や分別沈澱を繰り返す方法で行われていましたが,イオン交換法や溶媒抽出法(液液抽出法)が開発されると,状況は一変しました。

分離(ⅱ)の工程は,先ず原料から稀土類以外の金属元素を除去した後に,稀土類塩の水溶液(主に+Ⅲ価イオン)を得てから行われます。イオン交換法で使われるイオン交換樹脂は,ポリスチレンなどの高分子化合物に官能基を導入したもので,陽イオン(または陰イオン)と強固に結合する性質があります。次式は,陽イオン交換樹脂(スルホン化ポリスチレン樹脂,R-は高分子鎖)の一例で,スルホ基の水素イオンがナトリウムイオンと交換する反応のイオン反応式です。

R-SOH + Na → R-SONa + H

 陽イオン交換樹脂のビーズをガラス管に充塡してカラムとし,ここへ金属イオンの水溶液を流し込むと,金属イオンとスルホ基の水素イオンが交換して金属イオンは吸着され,カラムからは吸着されない稀土類塩の陰イオンとスルホ基の水素イオンが流出します。
続いてカラムに溶離液を流すと,樹脂に吸着された金属イオンが流出します。このとき,溶離液の濃度を次第に大きくしていくと,樹指との結合が弱い金属イオンから順に溶離されるので,吸着された金属イオンを順次取り出すことができます。溶離液にEDTA(エチレンジアミン四酢酸,(HOOCCH)N-CHCH-N(CHCOOH))などのキレート剤を添加すると,分離能が向上します。
1950年代には,99.99%(4ナインズ,4N)の純度でキログラム単位での分離が可能になりました。1960年代になると溶媒抽出法に代わっていきましたが,6ナインズ(6N)またはそれ以上の高い純度が必要な場合にはイオン交換法が用いられます。

 

 

 

医療検査用キレート剤としてのEDTA
(写真中の3と5)
出典:Pflegewiki-User Würfelによる”verschiedene Blutröhrchen – Farbcodierung nach EN 14820”ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

次は溶媒抽出法です。水と混ざり合わない有機溶媒に金属イオンの配位子を溶かし,ここへ金属イオンの水溶液を加えると,金属イオンは配位子と結合して錯体を形成します。生成した金属イオン錯体が水よりも有機溶媒に溶けやすいような配位子を用い,水溶液のpHを変えたり,有機溶媒を変えたりして,特定の金属イオンだけを有機相に移すことができれば,種々の稀土類金属イオンの分離を行うことができます。抽出溶媒には,ビス(2-エチルヘキシル)リン酸(D2EHPA),2-エチルヘキシルリン酸-2-エチルヘキシルエステル(EHEHPA)などが使われます。溶媒抽出法は,一般に大規模な分離に適し,複数の装置を用いることによって連続分離も可能になるので,工業的規模での分離法として優れています。

金属への還元(ⅲ)は,融解塩電解法や金属還元法で行われます。融解塩電解法には,塩化物浴での塩化物の電解とフッ化物浴での酸化物の電解などがあり,ミッシュメタルやランタン,セリウム,ネオジムがつくられます。ミッシュメタルとは,複数の稀土類金属の合金のことで,鉱石中の稀土類金属が一括して還元された合金です。稀土類金属の分離用原料のほかに,金属還元法の還元剤としても使用されます。
金属還元法では,軽稀土類の場合は無水塩化物,重稀土類の場合は無水フッ化物のカルシウムなどで還元されます。サマリウム,ユウロピウム,ツリウムの場合はフッ化物が安定で還元されにくいので,これらのフッ化物の蒸気圧が高いことを利用して,酸化物をランタノイド中で最も揮発性が低い(蒸気圧が低い)ランタンで還元し,生じた蒸気を捉えて金属単体を得ます。

稀土類の産地と生産国は偏在しており,貿易制限や供給不足になると,価格が上昇します。最近では,新たな鉱床の探査と共に,持続可能性のために稀土類金属の使用量を減らす研究も行われています。例えばモーターなどに使われるネオジム磁石(主な組成はNdFe14B)には,高温での保磁力低下を防ぐためにジスプロシウムが添加されますが,ジスプロシウム不使用で同等の保磁力を発揮する永久磁石の開発が進められています。

 

参考文献
希土類元素の探求(4),奥野久輝,現代化学・1972年4月(東京化学同人)
「ヘスロップ・ジョーンズ無機化学(下)」R.ヘスロップ・K.ジョーンズ著,齊藤喜彦訳(東京化学同人,1978年)
希土類元素の製錬と物性 最近の研究開発の動向,長谷川良佑,鉄と鋼,第16号(1985)
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「磁気と材料」岡本祥一著(共立出版,1991年)
「希土類物語 先端材料の魔術師」足立吟也監修,足立研究室編著(産業図書,1991年)
「独-日-英 科学用語語源辞典 ギリシア語篇」大槻真一郎編著(同学社,1997年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。