新型コロナウイルスの高感度検出

新型コロナウイルスが次々と変異して、収束に向かうという期待もある一方、収束には何年もかかるという見方もあります。感染拡大を防ぐ手段の一つとして、PCR検査や抗原検査などが比較的気軽に受けられるようになってきましたが、いずれの方法にもデメリットがあり、素早く確実、簡単かつ高感度なウイルスの検出法が求められています。今回は新たなウイルスの検出法についての研究を紹介します。
電界効果型トランジスタ(Field-Effect Transistor;FET)という半導体素子があります。オーディオから、スマホやPC のチップ内で膨大な数が使われている素子です。これを応用した生体分子のセンサの研究が進んでいますが、まずFETについて簡単にご紹介いたしましょう。FETはトランジスタの一種として1950年代に発明された素子です。図1のような構造をしています。ソースとドレインと呼ばれる2つの電極の間を流れる電流の大きさが、3つめの電極であるゲートにかける電圧によって制御されるものです。

図1 FETの模式図。ソース、ドレイン、ゲートと呼ばれる3つの電極がある。ソースからドレインに向かってチャネル中を電流が流れるが、ゲートに電圧を掛けることでその流れる電流を変えることができる。

 FETを生体分子のセンサに使う研究は、実はかなり昔から行われています1。例えば1997年にLawrenceらは、FETの原理を使ってDNAを検知できる素子を発表しています2。DNAは2重らせん構造で、2本の鎖の1本があれば残りが複製されることはご存じですね。FETをDNAセンサにするには、ゲートの代わりに1本鎖DNA(2重らせんのうちの1本)の断片をチャネルの近傍に結合させます。するとその断片とちょうど組み合わさって結合する1本鎖DNAが来たときに、チャネルにかかる電位が変化し、それによってFETに流れる電流に変化が生じることで、検知ができるという仕組みです。
その後FETの原理を使った様々な生体分子センサが研究されてきました。特に高感度なセンサとするために、ソースとドレインを結ぶ部分に、カーボンナノチューブとか、グラフェンとかの先端炭素材料を使うことが試みられてきました。カーボンナノチューブは多数の炭素原子が筒状に結合したもの3で、グラフェンは炭素原子が蜂の巣状に結合した1枚のシート状の分子です4
2007年に前橋らは、カーボンナノチューブを利用したタンパク質FETセンサを発表しました5。図2のような構造で、ソースとドレイン間にカーボンナノチューブが使われており、ここに特定のタンパク質と結合する性質を持ったアプタマーと呼ばれる核酸分子が接続されています。検体溶液中に当該のタンパク質が存在すると、それがアプタマーに結合し、それによってソースとドレイン間に流れる電流が変化するという仕組みです。

図2 タンパク質検出FETの模式図。ソースからドレインに向かって電流が流れるチャネルとしてカーボンナノチューブが使われており、そこに特定のタンパク質と結合するDNAが接続されている。検体溶液中にターゲットのタンパク質があるとアプタマーに結合し、ソースとドレイン間を流れる電流が変化する。

 2020年には新型コロナウイルスを検出するFETも発表されています6。Kimらは、グラフェンをソースとドレイン間を結合させる媒体として用いるFETを作り、ウイルスを検知するために、コロナウイルスのまわりの突起状のタンパク質に結合する抗体を用いました。この抗体をグラフェンと強く引き合うピレンという分子に結合させ、これによってグラフェンのそばに抗体を繋ぎ止めておくようにしたのです(図3)。コロナウイルスの周りの突起状のタンパク質が抗体に結合すると、グラフェンを流れる電流が変化することでウイルスの検知ができます。実際に患者の検体サンプルをかなり薄めた溶液でも、ウイルスの検知に成功したと報告されています。

図3 (A) グラフェンを用いるコロナウイルス検出FETの模式図。ソースからドレインに向かってグラフェンを通じて電流が流れる。グラフェンにはウイルスタンパク質またはウイルスのRNAと結合する検知分子(BまたはC)が接続されている。検体溶液中にコロナウイルスがあるとソースとドレイン間を流れる電流が変化する。
(B) Kimらの研究で使われた検知分子。ピレン(ベンゼン環が4つつながった分子)の先に、コロナウイルスの周りのタンパク質に結合する抗体分子(赤色)が接続されている。ピレンはグラフェンに吸い付き、検知分子が溶液中に突き出た形となる。
(C) Weiらの研究では、同様にピレンをグラフェンに接続する部分とし、Y字型のDNA検知分子(赤と紫と青)を用いている。緑や薄緑色で示したコロナウイルスの核酸分子RNAが、そこに結合する。

 さらにごく最近、新型コロナウイルス中のRNAを検出するFETが発表されました7。WeiらはDNAを3本組み合わせたY字構造の分子をウイルスのRNAを検知する部分に用いました(図3 C)。こうしてできたFETセンサは、1分以内にウイルスを検知し、現在のPCR法の20倍の感度があると報告されています。また著者らは、これを持ち運びできるシステムとすることで、駅や町の医院、さらには家庭でもテストが可能になるであろうと述べています。
このような方法が普及して、これまでよりも短時間で確実な診断ができるようになると、いいですね。一日も早く、新型コロナから社会が解放される日が来るのが早く来るように祈ります。ではまた次回。

 

1)高村禅、「電界効果トランジスタ(FET)によるバイオセ ンシング」応用物理学会特別webコラム、2022年1月1日参照。https://www.jsap.or.jp/docs/columns-covid19/covid19_4-3-1.pdf
2)E. Souteyrand, J. P. Cloarec, J. R. Martin, C. Wilson, I. Lawrence, S. Mikkelsen and M. F. Lawrence, J. Phys. Chem. B, 1997, 101, 2980–2985.
3)本ブログ2019年5月7日「新しい炭素材料がつくられた!」参照
4)本ブログ2019年1月7日「水から酸素を発生させる触媒」参照
5)K. Maehashi, T. Katsura, K. Kerman, Y. Takamura, K. Matsumoto and E. Tamiya, Anal. Chem., 2007, 79, 782–787.
6)G. Seo, G. Lee, M. J. Kim, S.-H. Baek, M. Choi, K. B. Ku, C.-S. Lee, S. Jun, D. Park, H. G. Kim, S.-J. Kim, J.-O. Lee, B. T. Kim, E. C. Park and S. I. Kim, ACS Nano, 2020, 14, 5135–5142.
7)D. Kong, X. Wang, C. Gu, M. Guo, Y. Wang, Z. Ai, S. Zhang, Y. Chen, W. Liu, Y. Wu, C. Dai, Q. Guo, D. Qu, Z. Zhu, Y. Xie, Y. Liu and D. Wei, J. Am. Chem. Soc., 2021, 143, 17004–17014.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。